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第5話

 枝を掴んで、ゆっくりとこっちへ持ってくる。甘い匂い、とりの香ばしい匂い。炭火の煙の匂い。お腹がギューッと締め付けられて、口中よだれでいっぱいになる。  この枝は絶対に離さない!  目を合わせたまま、ゆっくり後ずさりすると、背中がぶつかった。 「ひっ!」  全身が総毛立つ。  俺たちが声を出した途端、机の向こうから男たちが出てきて、たくさんの手が伸びてきた。 「ヤバイ、逃げるぞ!」  向きを変えて走り出した。とりの刺さった枝は口にくわえて、あいつの手を引いて走りだした。 「こらっ!」 「おい、待てっ!」  って何回も聞いたことある。止まってると、つかまって叩かれる言葉!  どんくさいニンゲンの隙間を抜けていつものねぐらに行こうと思ったのに、ニンゲンの身体は大きくて、あっちこっちぶつかりまくる。こんな日に限って、なんでニンゲンいっぱいで、しかももたもた歩いてるんだよ!  必死で走ってるのに、全然進まない。しかもよそ見してる女が腕を振り回してて、顔に当たった。 「に゛ゃっ!」  口を開けたらとりが落ちた。 「ああああっ! とりっ!」 「とりっ!」  地面に落ちた枝を拾おうと立ち止まった。手を伸ばしたのに、つかむ直前で俺たちの大切なとりは見えなくなった。大きな靴がある。その下にとりがある。ゆっくり見上げてゆくと、俺たちを上で男が笑っている。 「おー、にいちゃんたち。食い逃げはいかんなぁ、食い逃げは......ケーサツ行くか?」  逃げようと身を低くすると、髪を掴まれて地面に押し付けられた。 「みぎゃ!」  あああ、もう、猫同士だったらこんな奴にだって負けないのに。後ろにあいつの気配がする。馬鹿、早く逃げろって! 俺が捕まってる間にお前だけでも逃げろって! 「なー、何ひとんちで菓子もらって逃げたり、焼き鳥食い逃げしてんだよ。金ねぇのか? ん? なんだこの耳、特殊メイクか?」  髪を後ろに引っ張られた。背中がそって痛い。ニンゲンの身体は硬いから、髪を掴む手を引っ掻くけどそのままぐらぐら揺さぶられた。男の顔がすぐそばにある。口が、臭い! ニンゲンの身体なのに、めまいがするくらい臭い! 鼻を閉じて口を開くと、目を丸くされた。 「おー、靴下の匂い嗅いだ時の猫みてーだな? なに、お前ちょっと頭やばいやつ?」  威嚇したいのに声が出ない。ぶるぶる体が震えてちびりそうになった瞬間、尻に鋭い痛みを感じた。 「っ!」  ぐにゃりと視界がゆがんだ。身体がぐちゃぐちゃのドロドロになって、放り出されたみたいに気持ち悪くなったと思ったら何かに包まれて揺さぶれ始めた。 「まてっ、おいこら。このクソ猫!」  男の声が聞こえた。何がどうなっているのかわからない。真っ暗な中で上も下も分からずに目が回る。怖かった。でも近くにずっとあいつの匂いがしている。

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