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 聖南が言ってくれた通り、俺は以前より少しだけ変われていると思う。  なんでキツイ事ばっか言うんだよ。  俺だって頑張ってるんだから認めてよ。  片手間だなんて思ってないよ。  リスクを背負ってるのは俺なんだから、もう少し心を開いてよ。  こんな事を毎日グジグジと思い続けても、なんのプラスにもならない。  目の前の大きな課題をやり遂げるには、後ろ向きで居ちゃダメだ。  味方らしい味方が居ない此処では、ネガティブさも、卑屈さも、今回の任務では一切出しちゃいけない。  ───出すべきじゃない。  引き受けたのは俺で、頑張ると決めたのも俺。  そう自分に言い聞かせてないと、毎夜エッチの前に練習に付き合ってくれてる聖南に「実は…」なんて口を滑らせてしまいそうだった。 「………じゃあ俺、先に出るから」 「はい、……またお家で」  馴染みの楽屋でささやかな逢瀬の時間を作ってくれた聖南が、「ヒナタ」の姿の俺をきゅっと抱き締めて出て行った。  あれから一ヶ月。  ギスギスした雰囲気は少しも変わる事なく、俺のツラい猛特訓の日々は聖南との深夜レッスンによって保たれていた。  なんでレッスン用の素材を用意してくれないんだ、と聖南は怒り狂う手前まできてたけど、何とか誤魔化して今日の日を迎えた。  ヒナタが居る以上は生放送には出られない。  今回発売されるシングルのプロモーション活動は、今日も、明後日も、来週も、トークのない歌番組の収録のみだ。  シングル発売の度に呼んでもらえている生放送の音楽番組には出演しない事が告げられるや、メンバー間でまたギスギス感が増した。  その他は、夏と冬にドームで行われる多数のアーティストが次々と出演する大きな生放送番組(これもトーク無しだ)にしか出演機会がないなんて、連帯責任にしては重いような気もするけどしょうがない。  助っ人メンバーである「ヒナタ」に注目が集まらないようにするための策であると同時に、彼女らにペナルティの重さを理解してもらう狙いがあるんだとか。  恋愛は御法度、揉め事を起こすのも言語道断、……SHDの事務所の面々も、そうやって厳しい姿勢を見せておかなきゃ女性アイドル運営はやっていけないんだろう。 「………はぁ、……」  出て行く直前までこの手に在った、聖南の残り香ごと自分を抱き締める。  未だ俺へのあたりが強いリカをはじめ、軒並みつっけんどんなメンバー達との歩調もやっと合ってきたところだ。  曲の中でだけ、ね。  全然心が通わず、メンバー間の中にも派閥みたいなものがあると知ったこの一ヶ月は、まさしく苦行だった。  それでも練習には欠かさず参加するからか、唯一話をしてくれるミナミさんのおかげで、俺は心を折られなくて済んだ。  みんな必死だって分かったから。  三宅講師のスパルタ指導に付いていくみんなを見ていると、生半可な気持ちでLilyと向き合ってるわけじゃない。  額に滲む汗、練習量、曲との向き合い方、相談もなく代わりが入った事に納得いかない気持ちをそれらにすべてぶつけていた。  だから、俺も精一杯やれるだけの事はやった。  これからも、任務遂行中は気を抜かないでやり切るつもりだ。  「ヒナタ」は俺にしか出来ない。  鏡に写る自分を見てると、なんでまた女装なの…似合わないのに…って、思えないしね。  メイクの技術って凄いんだ。  今、倉田葉璃がどこにも居ない。  目尻の少し上がった瞳が印象的だと多方面から褒めてもらえるけど、アイラインを長めに引いて茶色のカラーコンタクトを入れると(すごく痛かった…)、それだけで別人になった。  お姉さんメイクを完成させて、髪はエクステで長くして、際どいミニスカートの衣装に着替えたら、「ヒナタ」の出来上がり。  本番まであと十五分。  ほんとの意味での俺の「ヒナタ」がはじまる。  ───頑張らなくちゃ。  緊張で指先が震えるけど、今日は抱き締めて落ち着かせてくれる恭也が居ない。  さっきまで包み込んでくれていた聖南も、もうここには居ない。  一人だけど、一人だからこそ手のひら文字を封印すると決めた。  俺は十回以上深呼吸して、扉のノブに触れた。  そして弾みをつけて勢い良くその扉を開く。 「うぉっ」 「────!」  あっ、ヤバイ!  えいっと開けた扉の向こうに人が居たみたいだ。  謝ろうと、慌てて出て行ってその姿を拝む。  ビックリしたぁ、と笑う男は、俺にとっては見上げなきゃいけないほど背が高かった。 …ケイタさんくらいかな?  現在の聖南より明るい、茶色の髪を肩まで伸ばしてふわふわと遊ばせている男の顔面は華やかで、とても素人とは思えない。  ───同業者だ。  そう判断した俺は、謝ろうとした口を噤んでペコッと頭を下げて、そそくさと立ち去ろうとした。  「ヒナタ」で声は出せないもん。  出番も控えてるし、と急いで踵を返したのに立ち去れなかったのは、男に腕を掴まれたからだ。 「うーわ! 自分めっちゃ可愛いやん! どこのグループなん? 名前は? 彼氏はおるん? 俺の事知っとる?」 「───っっ!」 「腕ほっそ! 背もちっさ! 可愛いな、自分!」 「───っっ!」  うわ、うわ、どうしよう。 どうしよう…!  痛いくらい腕を掴まれて、振り解こうと腕をブンブンと揺らしてみても無駄だった。 「お、遊びたいんか? ええよ、自分可愛いから付き合うたるよ!」 「………!?(違う! 遊んでなんかないよ!)」  妙な方言混じりの男は、尚もグイグイ近寄ってきて怖い。  まるで出会った頃の聖南を見ているようだった。  俺が何を言ってもしつこく追い掛け回してきた、あの懐かしい日々がフラッシュバックする。  掴まれた腕をブンブンと振り続けて遊んでると思わせておいて、俺は男の一瞬の隙をついてするりと抜け出し、逃げた。 「あっ! 待ってよ!」  後ろからそんな声がしたけど、誰がおとなしく言う事聞いて立ち止まるっていうの。  走ってLilyの楽屋に戻った俺は、メンバー達の痛い視線を浴びながら別の緊張と戦った。  あー怖い怖い。  強引な人ってほんと苦手だ。  ───二度と出くわしませんように。

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