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本番前にメイクが崩れたら泣いたのがバレてしまう。
心無い言葉に、強過ぎる視線に、負けましたって言ってるようなもんだ。
でも、聖南の温かく包み込むような雰囲気に呑まれて、堪えきれなかった涙がどんどん溢れてきた。
「俺は、誰からも必要とされてないんです。 ここは、俺なんかが居ていい世界じゃない……。 眩しくて眩しくて、今の俺には責任って言葉が重過ぎて、ぜんぶが怖くて、だって俺は何も出来ないし、根暗だし、……っ」
自分でも驚くくらい、堪えてたものが一気に堰を切ったように溢れ出ていた。
根暗なのも、ネガティブなのも、今さら治そうにもすぐには治せない。
俺に出来る事は全力でやってるつもりなのに、受け入れてもらえない冷たい壁が、僅かにあった自信を根こそぎ奪っていった。
俺がヒナタを頑張れば、Lilyも両方の事務所も対面を保てて、俺自身も一皮剥ける事が出来るのなら、頑張ろうって思ってた。
影武者は初めてじゃないから、どんなに難しい独特の振付けも必死に覚えれば何とか形になるって。
たくさん言いたい事はあったし、細かな振りを覚えたくてもロクに教えてもらえないジレンマもあった。
それでも何も言わなかったのは、Lilyのメンバーみんなの気持ちも分かるからだ。
男が、ETOILEのハルが、助っ人? そんなのバカげてる、とこの話を勝手に進めた事務所に不満を感じてるみんなの気持ちも、充分 分かるから……。
言いたい事を言わなかった俺が悪いのかな。
みんながあんなに俺を揶揄って馬鹿にするなら、俺はもう……居ない方がいいんじゃないかな。
そう思うのは何も、おかしな事じゃない……よね?
「───Lilyの奴らだろ」
次々と流れる涙を指先で拭ってくれながら、聖南は右目を細めた。
やっぱりな、みたいな口調に、そこまで言っていいのか分からなかった俺は見事にどもる。
「……っ、あ、いえ、あ、あの……」
「葉璃、初っ端から様子おかしかったもんな。 なんで今まで黙ってた? 我慢してたんだろ、一ヶ月も」
「………………」
……聖南、最初からそう思ってたの……?
俺がぐるぐるして打ち明けた時、そんな事一言も言わなかったのに。
あの時すでに薄々勘付いてたとしたら、聖南なら「まだ隠してる事あるだろ?」と詰め寄ってきてもおかしくなかった。
聖南は……俺が弱音を吐くまで待っててくれたって事……?
ここまでならなきゃ打ち明けないだろうって、そこまで見越して……?
「葉璃がツラい思いするくらいならやめろよ。 逃げていい。 俺なら何とかしてやれる」
「………………」
「葉璃、俺が成長途中だっつったの気にしてるのかもしんねぇけど、そんなに傷付いてまでやりたい仕事なのか? 「ヒナタ」の件は明らかにあっち都合で葉璃を振り回してる。 なのに、確実にやり遂げようとしてる葉璃の頑張りをアイツらが妨げるんなら、社長とSHDには俺が話通す」
「………………」
聖南が、俺の左右の目尻を親指で擦った。
いっぱい泣いちゃったから、メイクが落ちてきてるのかもしれない。
先輩であり恋人でもある聖南は、やっと吐露した俺の情けない本音を聞いても穏やかに微笑んでくれた。
「葉璃には笑っててほしい。 蝶みたいに綺麗に踊ってる姿を見ていたい。 何回も言ってるけど、華があるんだよ、葉璃には。 しかも踊ってる時の葉璃は最高に楽しそうなんだぞ」
「……え……?」
「曲中は無表情だけどな、俺にはそう見える」
「楽しそう、……ですか……?」
「あぁ。 ここが自分の居場所だって、ちゃんとそういう気持ち乗せて歌って、踊ってる。 「俺がETOILEのハルだ」ってな」
「………………」
まるで自覚はなかったけど、歌っている時、踊っている時、苦手なはずのいくつも人の目やカメラがあってもスイッチさえ入れば自分の世界に入っていられた。
こんなに楽しい世界はない。
こんなに眩しい世界はない。
俺がここで歌って踊ってるなんて信じられないけど、現実なんだ……!と。
聖南の紡いだメロディーに乗せて踊っていると、不思議と透明な聖南に背中を押してもらえているような気がしてた。
現場に聖南が居なくても、曲の中に居る。 俺を励ましてくれて、明るい世界を楽しめるように後押ししてくれる。
世間にも、それが伝わっていたらいいな……。
聖南の気持ちを聞いた俺は妙に嬉しくなって、弱音を吐いて泣いたばかりなのに、そんな風に思ってしまった。
「でもヒナタはそうじゃないだろ、やらされてるから。 Lilyのメンバーが葉璃を受け入れない、代役で入った葉璃を傷付けて自分達のウサを晴らしてるってんなら、そんなの時間の無駄だから今すぐやめちまえ」
「や、やめちまえって……」
「葉璃が逃げたいって言ったんだろ。 俺なら手を差し伸べられる。 何たってCROWNのセナだからな」
……今ので、聖南はやっぱり最初から全部知ってたんだと分かった。
俺が頑張るって言ったから……。 ギリギリまで見守ってくれていた聖南は、やっと話してくれたと目をキラキラさせて「な、やめちまえ」と悪魔の囁きをしてくる。
きっと聖南はやってしまえる。 何もかもを白紙に戻して、俺を傷付けたメンバー達に手痛い報復までしてしまえる。
俺はとてもそこまでは望まないけど、聖南はたぶん徹底的にやってしまう。
しかも、それをしてもらったら俺は……今度こそ本当に聖南の背中を追い掛ける資格がなくなっちゃうよ。
聖南の隣に居て恥ずかしくないよう、俺に出来る精一杯のやるべき事を頑張ろう、いつまでも卑屈野郎のままじゃ駄目だ、……そう思ってた俺だから、聖南の背中を押す事も出来たのに……。
「………い、…今やめたら、もう、聖南さんと一緒には居られない……」
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