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恭也が立ち止まっているそこは、二人が何度となく世話になっている小さな楽屋だった。
その時点で聖南は、何となく葉璃が身を隠した理由が分かった気がした。
それにしても素早く、音も無く隠れるとはつくづく葉璃は影武者に向いている。 いや影武者というより身軽な忍者か。
「先に楽屋戻ってて。 葉璃と話してくる」
「……話だけだろうな」
「セナ、獣になるなよ」
「ならねぇよ」
「セナさん、頼みますよ」
「何だよ、恭也まで。 俺そんなどこでも盛る奴だと思ってんの?」
「思ってる」
「思ってます」
「お前ら二人には前科があるだろ」
楽屋のノブに手を掛けた聖南の背後で、スタッフに気付かれぬよう小声の三人は失礼な同調を示した。
恋敵役が板に付きそうな、すっかり大人の男に成長した恭也からもジロ…と横目で見られた聖南だったが、アキラの一言に過去の逢瀬が蘇る。
「あー……あれは最高にドキドキしたんだよ、あん時かなりスタッフの人数多くてさぁ。 ひっきりなしに廊下で足音すんだぜ? 真っ最中にノックされたら中折れしちまうなーとか考えてたわ。 でもあの日初めて「バックもいいかも」って言ってくれたんだよ。 すげぇかわいーだろ?」
「……要らねぇ情報ありがとう」
「えっ、それでそれで?」
お馴染みのケイタの興味津々な声にフッと微笑んだ聖南は、気持ち上方を向きあの日を反芻する。
肩に携えた聖南のモフモフの飾りにちょんと触れて、「ふわふわ…」と言った葉璃はまさに清らかな天使だった。
しかしその清らかな天使は、聖南の衣装姿を見て興奮し「王子様みたい、ずっとその格好していてほしい」などと散々煽ったあげく、楽屋を出て行こうとした聖南を引き止め、うるうるの瞳で見上げてきたのだ。
淫らな誘いを仕掛けてきたのは他でもない葉璃のほうで、しかし愛しの葉璃から誘われれば聖南が獣になるのも致し方ない。 それだけ可愛かったし、拒む理由も無かった。
最終兵器を無自覚で使用される聖南の身にもなってほしい。
燃えてしまった聖南は、狭いソファの上で仕方なく後ろから葉璃を愛していたが、その体位を嫌うはずの葉璃も何故か燃えていた。
「ソファが狭くてほとんどバックで……」
「セナさん、ケイタさん。 葉璃は多分、中でこっちの会話聞いてますよ」
「あっ……!」
「あっ……!」
無表情の恭也の前で、聖南とケイタは「しまった」と顔を見合わせた。
咄嗟に楽屋に逃げ込んだ葉璃は、きっと何か理由があってひとまず冷静になりたいと思ったからだろう。
にも関わらず、楽屋の外では長身の男達が四人も扉の前で佇み、うち二人は葉璃の顔色がたちまち真っ赤に染まるような話題で盛り上がりかけた。
以前、聖南だけでなく遠慮の無くなったケイタにも葉璃がプンプンと怒っていた事を思い出し、二人して「ヤバイ」と呟いたがもう遅い。
他のアーティスト等も間もなくこの廊下を通るというのに、四人がここに居たら目立ってしょうがないと、アキラは中に居る葉璃にも聞こえるように二人を叱咤した。
「セナもケイタもいっぺんハルに頭ぶん殴ってもらえ。 そしたらその下ネタ脳が小さくなるんじゃね?」
「そうだぞ、ケイタ。 プライベートをそんなに聞きたがるなよ」
「セナもだろっ。 結局は話したがるじゃんっ」
「俺は聞かれたから答えてるまでだ」
「ったく……こんなとこで言い争うな。 セナ、俺ら先戻ってるからな」
ケイタの首根っこを捕まえたアキラは、恭也にも視線で合図をして踵を返す。
この二人の兄弟喧嘩のようなやり取りを放っておくと、難なく朝まで繰り広げられるだろう。
恐らく中で顔を火照らせている葉璃のため、アキラは率先して長男役を買って出た。
発端となった聖南は三人の背中を見送った後、キョロキョロと辺りを見回して素早く中へと入る。
薄暗く、この時期ならではの湿度の高いとても居心地が良いとは言えない楽屋内に、葉璃は俯いてポツンと立っていた。
「……葉璃」
「………………」
聖南が近寄っても、葉璃は微動だにしない。
まさに先程の、顔面がりんご色になる話題を聞いていたと思しき態度に、聖南はすかさず謝罪を入れた。
「葉璃ちゃん、ごめん。 今の聞こえてたんだろ?」
「……誰が聞いてるか分かんないんですよ。 なのにあんな……」
「ごめん、ごめんな。 葉璃ちゃん許して」
「………………」
去年より数センチは伸びた、ゆるく巻かれている髪に触れふわっと抱き締めて許しを乞う。
暗がりでも、葉璃の頬がまん丸に膨れていたのが見えたので怒っているのは確実だった。
だがムッとしつつも背中に腕を回してくれたので、すかさず謝った聖南の判断は正しかったのだ。
忍者のようにするりとここに身を隠した理由を聞くのは、後からにした方が良さそうだという判断も付け加える。
「葉璃、これケツだよな?」
「えっ? あ、はい、はい……はい、」
「どした? すげぇキョドってるけど。 まだ緊張解けない?」
「いえ、あの……」
抱き締めた感触的に、それほど震えているようには感じない。 つい先程の下ネタ話で、緊張による震えはなくなった様子だ。
葉璃の考えている事を読みたい聖南は、すぐにでもキスしたい衝動を抑えて葉璃の顔を上向かせた。
「ん? 何か思ってる事あんなら言って。 さっき散々話しただろ?」
「……聖南さん、耳貸して」
「んー」
「もう少し屈んでください」
「葉璃が背伸びして」
「むぅ……っ」
また頬が膨らんでしまった。
身長差はどうにもしようがない。
誰も居ない楽屋でもヒソヒソと耳打ちしようとする葉璃が可愛くて可愛くて、ピンとつま先立ちになった葉璃の腰を抱いて屈んでやった。
「ふっ……かわい。 なになに?」
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