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『普段とは違う聖南さん、めちゃくちゃカッコ良かったです』
背伸びをした葉璃からそう耳打ちされた聖南は、珍しく猛烈に照れてしまった。
CROWNとしてデビューしたての頃を彷彿とさせる、アイドルらしい振付けとカメラ目線でのファンサービス、そしてしっとりとした二曲目の落差がたまらなかったらしい。
やや頬が熱くなり、ニヤニヤが止まらない聖南は照れ隠しで葉璃をぎゅっと抱いた。
気持ち赤くなったであろう顔色など、この暗がりではバレるはずもなかったのだが、締まりのない表情筋を見られてしまうのは少々恥ずかしい。
聖南はいつもの調子で「だろ?」とドヤ顔も見せず、「あ、あぁ……」などとらしくない返事しか返せなかった。
「やっぱり、聖南さんはカッコいいです……。 カッコ良過ぎます。 二曲目の「フリージア」なんてもう……直視出来ませんでした」
照れ隠しでなかなか力を緩められない聖南の気持ちを知らない葉璃が、胸元で追い打ちをかけてくる。
ケイタの主演ドラマのタイトルそのまま、聖南はその曲を『フリージア』と名付けた。
作曲の依頼は無かったのだが、脚本を読んでイメージが膨らんだ聖南はものの一ヶ月半でそれを完成させた。
デモを録って編曲チームに聴かせると太鼓判を押してもらえて、ドラマの制作スタッフ等からも軒並み評判が良くて安堵したものだ。
あの時、まだゴタゴタが起こる前のLilyと仕事をし、慣れないミュージカルの練習に奮闘していた時期だったので気晴しにもなってかえって良かった。
ETOILEのプロデューサーになると公言してからというもの、聖南の生き甲斐、やり甲斐をプロデュース業に見出している。
葉璃と出会い、恭也とのユニットであるETOILEが誕生しなければ、その指標を見付ける事は出来なかった。
「フリージアは俺も自信作だから嬉しいよ。 でも俺のこと直視はしといて」
「あ、いやっ……ちゃんと見てましたよ、見てたんですけど……。 ドキドキして……。 俺、フリージア好きです。 ケイタさんのドラマもすごく良かったですもんね。 エンディングでフリージアのイントロ流れると、よく分かんないんですけど毎回ドキッてして、うるっとしたんです」
「そうなんだ? まだ俺と住む前だから……家でドラマ観てたって事?」
「はい……。 歌番組も欠かさずチェックしてましたよ。 母さんも春香もCROWNの大ファンだから、俺が予約するまでもなかったですけど……」
「そっか」
何故だか今日は異常に照れる。
葉璃が素直に「カッコいい」「好き」と言ってくれているせいか、自分への言葉として変換し柄にも無くドキドキした。
ほんの数時間前まで「逃げたい」と弱音を吐いていた新人アイドルが、聖南の目の前で華々しく舞っていた姿を見たからだろうか。
弱っていた本心などおくびにも出さず、聖南の前で見事に気持ちを割り切った葉璃の眼力はやはり相当だった。
恭也と並んで歌唱する葉璃は、ステージの上ではそれほど小柄に見えないのに、今聖南が抱き留めている存在は信じられないほど儚く思える。
近頃の葉璃は幼さが抜けて「綺麗」になったと、ETOILEの出番をモニターで見ていたアキラとケイタがしみじみと聖南の隣で頷き合っていた。
他アーティストが控えていた楽屋故、素知らぬ顔をしていた聖南もモニターにかじりついて葉璃の勇姿を凝視した。
恭也の安定した歌声と葉璃のやや高めの歌声は、新人とは思えないクオリティーのアンサンブルを奏でていたのである。
二人ともが、本当にこの一年でよくここまで成長したと欲目を抜きにして聖南達は感心しきりだった。
葉璃が「逃げたい」と言うなら逃がしてやりたかった。
けれどあの本番での華を見ると、どうしても勿体無いと思ってしまうのはもはやしょうがない。
CROWNとしてデビューする前から、これまで数多くの「新人」と名の付く俳優やミュージシャン、アイドル達を目の当たりにしてきた聖南だからこそ分かるのだ。
「葉璃も最高だったよ」
「え、っ……」
「逃げないで居てくれてありがと。 ETOILEのハルの一番のファンは、やっぱ俺だ」
「……ファン、……ですか?」
「そう。 俺は葉璃の才能と華を開花させるために居るって信じてる。 葉璃が俺の創った歌を好きだって言ってくれるのと同じように、俺も葉璃がキラキラ舞ってる姿を見るのが何よりも好きだ」
「……っっ」
頬の熱が引いてきた聖南は、ようやく腕の力を緩めて葉璃の照れた顔を除き込んだ。
この世界に飛び込んだばかりで、かつ難易度MAXの影武者をこなしている葉璃がぐるぐると悩み苦しんでいるのは見ていてツラい。
聖南の生き甲斐をもたらしてくれた葉璃が、この世界に生き難さを感じてしまうと悲しいとも思ってしまう。
新人アイドルとしての悩みならともかく、葉璃を見込んでの無理難題を押し付けられた「ヒナタ」で悩むのは、どう考えてもおかしな話だ。
出番前に聖南がしてしまったLilyへの牽制が、さらに事態を悪い方へと向かわせる可能性は捨てきれない。
しかし聖南は我慢できなかった。
先輩として、恋人として、指標を見い出す事の出来た感謝に値する存在を第三者によって傷付けられた事が、許せなかった。
「苦しい事から逃げるのは悪い事じゃない。 俺だって嫌な事は極力避けたいと思うよ。 でもさ、絶対的な味方が居ると思ったら強くなれねぇ? 葉璃が俺に打ち明けてくれて、逃げないって選択したみたいにさ」
「…………はい。 聖南さんのために、頑張ろうって思いました」
「俺もそうだよ。 葉璃のために、俺はこれからも頑張る」
「……聖南さん……」
葉璃がうっとりと聖南を見上げた。
聖南もまた、特別な想いを持って葉璃の瞳を見詰め返す。
創造したものを無邪気に絶賛してくれた葉璃は、決してそのつもりはないのだろうがまたしても聖南の尻を叩いてくれた。
誰からのものより嬉しい率直な賛辞で、あの聖南が照れ隠しに葉璃を抱いた事がそれを表している。
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