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 聖南と共に会議室に戻って「やります」と告げて数分後には、俺はCROWNの練習が終わるまで聖南の作詞部屋を借りる事になった。  言わずもがな、振付けを体に叩き込むためだ。  ハグまでして喜んでくれたケイタさんから直々に正規の動画のデータを貰った聖南は、パソコンを起動し、モニターに動画が映し出されるようにセッティングしてくれた。  出来るかどうかは分からないけどやってみます、と告げた瞬間の大塚社長の笑顔が頭から離れない。  成田さんや林さんも、大袈裟なくらい俺を救世主扱いして「ありがとう」と感極まっていた。  まだ成功するとは決まってない。 覚えられるかどうかも分からない。  でも……期待に応えたいと強く思った。  駄目でした、無理でした、なんて言葉を吐いてみんなにガッカリされるのは嫌だ。  ヒナタの任務を全力で後押ししてくれた社長と、春香の影武者を引き合いに出して俺を奮い立たせた聖南にも、恥ずかしい結果だけは見せたくない。  やれば出来る。 やらなきゃ何も始まらない。  ぐるぐるしてる暇なんか無かった。 「───おい、ハル太郎。 大丈夫なんか? いくら何でも明日までやなんて……無茶言うなって拒否してええんやないの?」  無心になって俺がヘッドホンを装着しようとしていた時だ。  気持ち程度のノックのあと入ってきたルイさんの声に振り返ると、何やら珍しく眉を顰めている。 「あ、あれ、なんでルイさんが……?」  聖南達も明日のリハまでにダンサーさん達と息を合わせなくちゃいけないから、急ぎ足でスタジオへと向かって行ったのを俺は確かに見た。  もちろんCROWNのダンサーであるルイさんも一緒に降りて行ったと思ったんだけど……。 「なぁ、無理なもんは無理って言いや。 なんで引き受けたん? セナさんに脅されでもしたんか? ハル太郎が言えんのなら、俺が言うたろか?」 「えっ!? お、脅され……っ?」  俺の問いを無視したルイさんは、今まで一度も見せた事のない真剣な顔で両肩を揺さぶってくる。  ていうかルイさん、とてつもない勘違いしてるよ……っ。  俺と聖南の関係を知らないせいで、毎回毎回会う度に聖南が俺を叱る怖い先輩だって誤解されてる。  ただの偶然なんだけど、ちょうどルイさんが居る現場の時に俺が聖南から連れ出される事が多かった。  だからなのか、「ハルぴょんはいっつもセナさんに怒られてんな。甘えてるからやん」とルイ節を交えて笑ってたっけ……。   「ハル太郎の覚えの早さは俺も知っとるけど、さすがに明日までなんて無理やって。 いっぱいいっぱいになって泣く羽目になっても知らんぞ」 「………………」  あぁ……。 ルイさん、俺を心配してくれてるんだ……。  いつもはあんなにルイ節で俺を叱咤してくる人が、今回ばかりは口を挟まずにはいられなかったらしい。  ビックリするくらい真剣な視線を向けられて驚いたと同時に、ギリッと掴まれた肩も痛い。 ただ、それだけで本気度を知れる。 「……大丈夫ですよ。 何とかがんばってみます。 でもいざ俺が断ったら、ルイさんは「甘えるな」って言うでしょ」 「そんなん言うかいな。 俺だって時と場合を考えるわ」 「そうなんですか? 意外だなぁ」 「さすがのハル太郎でも無理やと思うけどな。 ま、俺に出来る事があったら言うてや。 ハル太郎の付き人なんやし」 「……ありがとうございます。 とりあえずルイさんはスタジオに行ってください、みんな待ってますよ。 俺も今から集中するので」  とにかく今は時間が無い。  CROWNの練習が終わるまで……およそ二時間半くらいかな。 聖南が戻ってくるまでに振付け(手話)は確実に体に入れておきたい。  女性パートを俺が歌うという無謀なミッションもあるから、一秒も無駄に出来ない焦りが心に湧いてくる。  本人にも言っちゃったけど、誰よりも第三者目線のうまいルイさんが優しかったのが、すごく意外だった。  「葉璃、俺こっちで、台本読んでるけど、気にしないでね」  ルイさんが出て行ってすぐ、台本を手にした恭也が入れ違いに戻ってきた。  ETOILEとしての歌唱と振付けレッスンはCROWNとバトンタッチする形で終えたんだし、帰宅しても良かったはずの恭也は俺と一緒に居る事を選んだ。  振付けを覚える事に集中したかった俺は、いくら恭也でも今は会話する余裕は無いよって伝えたんだけど……恭也も明日の撮影に備えて台本読みたいから邪魔はしないと譲らなかった。 「うん、……恭也。 ありがと」  恭也はたぶん、その存在だけで俺を励まそうとしてくれてるんだ。  ひとりぼっちで振付け練習に入っても、一時間が経った頃には途端に怖気付いて「やっぱり無理だよ…」とか何とかぐるぐるし始めてるところが自分でも想像出来る。  そうならないように恭也は自らの睡眠時間を削ってここに残って、俺に寄り添ってくれている。 『ETOILEは支え合うんだよ』  言葉少なな恭也が、視線だけでそう語っていた。 「葉璃は、緊急任務を背負う、運命なのかもね」 「そんな運命ヤダよ……」 「ふふ……っ、じゃあ葉璃、頑張って」  椅子に腰掛けて台本を開いた恭也は、俺よりも早く集中モードに入った。  俺も慌ててヘッドホンを装着して、見て覚えるしかない映像をとにかくしつこいくらい何度も再生していく。  小さく振りを真似しつつ、当日はフルバージョンでの披露らしいから全容をまずは頭に叩き込んだ。  手話だと思わずに振付けとして覚えてみろという聖南のアドバイス通り、一番と二番と間奏の三つを区画分けのようにして、ちょっとずつ覚えていく作戦にした。  少しずつ、少しずつ、確実に。  何があっても忘れないように、曲が流れたら自然と "やらなきゃスイッチ" が入るように。  みんなからの期待に応えられるように。  緊急任務に向けての俺は、すぐそばで俺を見張ってくれた恭也とは一言も会話をしなかった。  

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