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 CROWNの曲終わり、続けて五秒後に "あなたへ" のイントロが流れ始める。  ステージが暗転し、合わせて三十四秒の間にマイクスタンドの位置と高さを変えているスタッフさんに紛れて、俺は聖南とアキラさんとバトンタッチした。  言葉を交わしてる間もない。  まず恭也から背中をポンポンと叩かれ、袖に戻ってきた聖南とアキラさんからも同じように激励されて、急ぎ足でケイタさんの待つステージへ出て行く。  暗転してるとはいえ、前の方のお客さんからは俺の姿は丸見えだ。 さっそく「ハルだ!」「ハルじゃん!」ってバレ始めている。  ……どうしよう。 ……どうしよう。  なんで「ハル」なのって凄まじいブーイングが起こったら、緊急任務に協力してくれたみんなに顔向け出来ないよ。  たった今CROWNの素晴らしいパフォーマンスを目の当たりにしたお客さん達が、一斉にドン引いて「帰れ」コールし始めちゃったら俺は迷わずステージから飛び降りる。  ……やるからにはがんばる。 ……がんばらなきゃ。  ネガティブと意気込みを、忙しなく交互に全開にして握り拳を作った。  高さの変わった、聖南が使っていたマイクの前に立った俺は大きく深呼吸しケイタさんをチラと見る。 すると、───。 『ハル君なら大丈夫』  そんな言葉が聞こえてきそうなほど、情けない顔をしていた俺にケイタさんは優しく微笑んでくれた。  ……あと十秒。  一昨日から何度となく聞いたイントロは頭に叩き込まれていて、瞳を閉じると脳内が勝手に歌い出しまでの秒数を計測した。  次の瞬間、ステージに居る俺達がリハーサル通り照明によって照らされて、背後の大きなスクリーンにこの日のために編集されたドラマの映像が流れ始める。 「ハルー!」 「ケイター!」  代役の姿が明かされた事で、ドーム内が一際歓声に包まれた。  観客席からは、俺とケイタさんを呼ぶ声が黄色い歓声付きでひっきりなしに聞こえてくる。  う、わぁ…………っ。 綺麗……!  驚きを持って客席を見詰めていると、信じられない事に代役が俺だと分かった瞬間……なんと客席が赤いサイリュームの光で埋め尽くされたんだ。   ネガティブになんてなりようもなく、これはきっと、ETOILEでの俺のイメージカラーがアキラさんと同じ赤だからだ。  ───ブーイングなんて、とんでもない。  どうやってこのマイクスタンドの前にやって来たのか覚えてない。  それなのに、震えがなくなっていく。  自然と瞬きが少なくなっていく。  見据えた先のいくつもの赤い光が、俺にたくさんの勇気をくれる。  今回はギリギリまで危うかったスイッチがようやく入ったのが分かって、それを今日、初めて肌で感じた。  俺には把握しきれないカメラの数と、蛍の光のように尊いサイリュームの光に見守られながら、マイクスタンドからやや離れて歌詞に沿った手話を披露する。  声量が心配だった。  お腹をフルに使い、普段使わない高音域な霧山さんパートを何とか歌唱した。  ほとんど練習してないうちから聖南が太鼓判を押してくれた夜の記憶に奮い立たされて、赤と紫の光がゆっくりと左右に揺れる様を感動を持って眺める。  まるで初舞台の時に涙した事をも思い出しながら、ケイタさんと共に劇中の純愛を表現した。  俺は、目の前に広がるいくつもの星達を、心の底から美しいと思った。   … … … 『急遽出演いただきましたのは、ETOILEのハルくんでした! ありがとうございましたー!』  ……終わっ、た……。  司会者の女性の声に、ぼやっと我にかえる。  マイクスタンドを前に頭を下げたケイタさんと同時に、俺も余力を振り絞り客席に向かって 深々と頭を垂れた。  半ば抱っこされるくらいの勢いで、ケイタさんと一緒に聖南達の待つ舞台袖へ捌けていく。  CM明けすぐから、センターステージで次のアーティストがパフォーマンスするためにスタンバイ中だ。  とりあえず俺の緊急任務は、……やりきった、……。 「お疲れ、葉璃」 「ハル、お疲れ」 「葉璃……お疲れ様」 「……お疲れさまです……わっ」  まだここは楽屋じゃない。 袖に捌けただけだっていうのに、心配性のお兄さん達は俺を取り囲んで口々に労ってくれた。  本番が終わってスイッチが切れると、またもや震えと手汗がヤバくなる俺を、興奮冷めやらぬケイタさんがぎゅむっと抱き締めてくる。 「ハル君! ありがとう! 本当にありがとう! 完璧だった! 可愛かった! 最高の四分だった! いっそ来週の番宣もハル君にお願いしたいよ! てかお願い!」 「う、あ、えっ……? あ、ありがとうございますっ……あの、くるしい、離して……っ」 「ごめん! あとちょっとだけ!」 「ケーイーター」  聖南の窘める声にも、ケイタさんは耳を傾けない。  ……主役に喜んでもらえて良かった。  お客さんは……どうかな。  受け入れてくれたのはあの美しい無数の光が教えてくれたけど、それと満足したかは別ものだ。 「あっ、ハル君……!」 「離れろっつの」  見かねた聖南が、渋々と俺とケイタさんを引き離す。  次の次にメインステージに立つ女性歌手(俺も見た事がある人だ)がジッと俺達の様子を見ていたから、俺はそそくさと隠れるようにして聖南達に囲まれたまま、楽屋まで戻った。  早くも疲れた。  パイプ椅子にドサッと腰掛けると、今の一曲にエネルギーを全投入したみたいな疲労感が一気に襲ってくる。  やりきった爽快感も、客席の好反応や光景も、ケイタさんとのパフォーマンスも珍しくハッキリと覚えていて、その感動と疲労で感情が追い付かない。 「ハルくん! ちょっといいかな」 「へっ? は、はい……っ」  聖南達が口々に労いの言葉を掛けてくれる中、ぺこぺこと頭を下げる事しか出来ない俺の元へ林さんが走り込んでくる。 「代役お疲れ様! 申し訳ないんだけど、切り替えてね。 十五分後にLilyがDの楽屋に入る。 あちら方のメイクさんにはCROWNが借り切ってるこの楽屋にもうすぐ来てもらうよ」 「わ、分かりました」 「衣装はどこで着替える? Lilyと一緒だと気まずいよね?」 「あー……仕切りカーテンがあればLilyの方の楽屋で着替えます。 特別扱いで睨まれるの怖くて……」 「分かった、足立さんに聞いてみるね」  スマホを取り出して連絡を取り始めた林さんを、力無く見上げる。  みんなが心配気な視線を寄越してきて、「切り替えてね」と言われた俺は余韻に浸ってる暇なんて無い事を思い出した。  そうだった……今日はあと二回も出番があるんだった……。

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