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お湯出しっぱなしはもったいないですよ、の台詞を無視し、自身の恥部を自らで曝け出した聖南はしばらく葉璃を離さなかった。
背後から葉璃の体を抱き込み、シャワーから絶え間なく流れ落ちる温水によりだんだんと湿気てゆく浴室内で、ひたすら黙りこくる。
そうして葉璃と聖南の羞恥心が消えかけた頃、腕の中でくぐもった声がした。
「せなさん……完璧な男になりたいんですか?」
流水音でかき消されてもおかしくないほどの声量だったが、聖南にはハッキリと葉璃の声が聞こえた。
悩むまでもない問いに、間髪入れず頷く。
「なりたい」
「……今より?」
「あぁ。 だって俺、葉璃と出会うまでは自分のこと完璧だと思ってた」
「………………」
過去一度だけ道を外れそうにはなったけれど、CROWNとして活動を始めてからはただの一度も壁にぶつかった事は無かった。
驕っていたわけではない。
己を過信していたわけでもない。
ただ聖南には、生まれ落ちた瞬間からこの道しか無かった。
歌もダンスも作詞作曲も、人並み以上に会得が早かったため周囲から過剰に期待されてしまった。 しかし、それに応えようとしてきた聖南の順応力とコミュニケーション能力で才能を開花させ、見事それが起動に乗った。
面白いように壁の無いスムーズな人生に、捌け口は必要無かった。
聖南の弱さを引き出し、内に秘められていた甘えを許そうとする葉璃に出会うまでは……。
予想外に脆弱だったメンタルと、完璧で居続けたいあまり驕りにも似た安請け合いをしていた事にも気付かず、プライドだけは着々と育っていたのである。
「……俺、聖南さんがそれ以上完璧になったら、一緒にやっていく自信ないです」
「え、……えっ!? なんで!?」
葉璃に出会えたからこそ、聖南は自分を知る事が出来た。 すぐにぐるぐるし始める葉璃を支えるためには、聖南が完璧で居続けなければと熱が入っていた。
だが葉璃は、聖南の熱意とは裏腹に俯いて拗ねたように膝を抱える。
「聖南さん、言ってくれたもん。 俺のおかげで成長してる、あと二十年は子どものままだからなって」
「そりゃ言ったけど……」
「聖南さんは、……もう成長しなくていいです。 俺のこと捨てたいって思うなら、どんどん完璧を目指してください」
「はぁ!? なんでそんな極論に……っ」
「俺は、これからも聖南さんを慰めたいです。 頑張ってくださいって励ましてたいです。 俺は嫌だって言ったのに今日みたいな事したら、遠慮なく怒りたいです」
「………………」
「完璧な男になんてなったら、俺は何も言えなくなります。 卑屈野郎に拍車がかかります。 隣に並ぶと死にたくなると思います。 今も少しそう思ってます」
「葉璃……」
葉璃は持ち前のネガティブと卑屈さを全開に出し、聖南が望む理想の彼氏像を否定してきた。
抱き込んだ体がみるみる球体になっていく。
さすがにそうなると葉璃の声が聞こえにくくなったので、聖南は腕を伸ばしてコックを捻り、浴槽の方に湯を張る事にした。
他でもない葉璃のために羞恥を捨てて打ち明けたはずなのだが、丸くなって鼻を啜り始めた彼は少々考えが行き過ぎている。 否、聖南を買い被り過ぎている。
そもそも聖南が伝えたかったのはそういう事ではないのだ。
ところが、深読みした葉璃がぐるぐると考えを巡らせ、とうとう本格的に嗚咽を漏らしだした。
「せ、聖南さんが……っ、聖南さんが完璧じゃないから、俺は……っ、まだ隣りに居ていいのかなって、思えるんです……っ。 いっぱい甘やかしてくれて、……っ、いっぱい二人でぐるぐるして……っ、いっぱい悩んで、慰め合って、……っ、いっぱい……っ」
「分かった。 葉璃、分かったから泣くな」
「聖南さんは、今でも充分、……っ、完璧じゃないですか……っ、なんでまだ、上を目指そうと、するんですか……っ、そんなに俺を、置いて行きたいんですか……っ」
「違う、そうじゃない。 そんなつもりで言ってねぇ。 葉璃、こっち向いて」
「うぅぅ……っ」
無理やり上向かせると、いじけた子どものように唇が引き結ばれ歪んでいた。
相当な勘違いと思い込みで泣かれてしまい、完璧などでは到底ない聖南は激しく狼狽える。
「あのな、俺は葉璃にずっとそばに居てほしいから、完璧な男になりたいって言ったんだ。 葉璃の全部を受け止めてやれる男になりたいし、葉璃には出来るだけ俺のカッコいいとこだけ見ててほしいって、さっきも……」
「そんなのっ、……そんなの、出会ってからずっとカッコいい人に、これ以上なにも求めないですよ……っ」
遠くに行かないで……と泣きながら訴えられ、狼狽が増す。
このまま論点がズレていては、聖南の気持ちが葉璃へ伝わらずに明日以降も悩ませてしまう。
脆弱な二人の共倒れを防ぐため、聖南はシャツと下着を脱ぎ、びしょ濡れのパーカーも脱がせた葉璃とまだ浅い湯船に浸かった。
泣き顔の葉璃を、今度は対面するように聖南の膝に乗せる。
「……でも俺、さっき人生で一位二位を争うくらい打ちのめされて、葉璃に一部始終見られてて恥ずかしかった」
「俺だって、人生で一番恥ずかしいところを聖南さんに見られました! ほんとに嫌だった! 絶対に見せたくなかった!」
「葉璃、俺はそれを言ってんの」
「……ん、っ」
羞恥による怒りを思い出したらしい尖った唇に、すかさず口付けて離れる。
聖南の言わんとする事は、まさにそこなのだ。
「他人にはとても見せらんねぇ恥ずかしいところも、お互いなら許せるってすごい信頼関係だと思わねぇ? 〝恋人〟超越してんじゃん」
「…………っ、……」
「葉璃には理解出来ないかもしんねぇけど、俺マジで今日みたいのはダメなんだ。 初めてだったんだよ。 〝この仕事放棄してぇ〟〝めんどくせぇ〟って情けねぇ事を本気で考えちまったの」
「……っ……」
「葉璃だけが恥ずかしい思いしたんじゃない。 俺も同じだった。 俺の前でまだ小せえ殻被ってる葉璃に、全部曝け出してほしかっただけ。 完璧ぶってたけどな、俺は」
「……そんなこと……」
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