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 聞いてるのが俺じゃなかったら極めて危ない発言を平気で口にした恭也に、俺は笑って見せた。  今や聖南にも黙認されてる、俺達は恋愛感情の無い異常な愛情と絆で繋がっている。  これはきっと、誰にも理解されないと思うけど。 「あ、……これは、秘密だった。 言わなくていい事まで、言っちゃった……葉璃が俺に、隠し事する、から……」 「えぇ?」  気持ちを伝え合った事で恭也を安心させられたとホッとしてたのに、ふりだしに戻っちゃったよ。  俺の特大ネガティブが恭也に憑依してる。  恭也がチクチク言ってくる例の件は、今は話せないけどいつか本人の承諾を得れば話す、俺はそう言った。  俺を困らせたくない、いつもの恭也なら「分かった」とか「待ってるね」と微笑んで、あっさり引いてくれるはずなんだ。  こんなに拗ねが長引くなんて……と考えてみてすぐに、ある事が思い当たった。 「恭也、あの……もしかして……」 「何?」 「寂しかったの? もう半年くらいスケジュールがすれ違いだもんね? ……違う?」  恭也の両手を握り返して、ジッと目を見詰めてみた。 奥二重の瞳の中に、ちょっと複雑な表情を浮かべた俺が映る。  もしこれが違ったら、思い上がってた俺が恥ずかしい事になる。  そんなわけないでしょ、なんて言われたら今度は俺がネガティブ発揮しちゃうくらい。 「……ほんとは毎日、メールとか、ラインとかだけでもいいから、葉璃と繋がって、いたかった。 収録も、撮影もあるから、全然会わないわけじゃないけど、……ユニット組んでるのに、こんなにすれ違ってると……」  ふぅ、とひと息吐いた恭也は、ゆっくりゆっくり本心を語ってくれたあと気まずそうに視線を逸らした。  しょんぼり肩を落として、伏し目がちで居ても様になる。  共演女優さんからいっぱい誘いがあるって聞いてたけど、この容姿と背丈、物腰だったらきっと引く手あまただ。  俺がユニットの片割れだなんて申し訳ないくらい、以前を知ってる俺には現在が〝変身〟にも見えるくらい、役者の世界に飛び込んでからの恭也はさらにいい男になった。  そんな恭也が、俺とスケジュールが合わない日々にヤキモキして、とうとう寂しさのあまり拗ね始めてたんだ。  恭也には恭也の仕事があって、少ないけど俺にもやるべき仕事がある。 だから俺は、あんまりワガママ言わないように気を付けてたのに。  恭也の思いを聞いて、なんだか俺も我慢出来なかった。 「俺たち、会ったら必ずハグし合うよね? あれ、俺だけが求めてるものだと思ってた。 恭也に会えたらすっごく嬉しくなって、真っ先に恭也に飛び付いてるのは俺だし……」 「えっ……」 「恭也はてっきり、〝仕方ないなぁ〟って感じで、俺とハグしてくれてるんだと思ってた」 「葉璃……それって、……」 「俺も寂しかったよ。 でも恭也は俳優さんのお仕事があって忙しいから、やたらとメッセージ送ったら迷惑だろうなって遠慮してたんだ。 甘えちゃうのも分かってたし。 待機時間とか、いつも考えてたよ。 恭也は今どこに居て、どんな撮影してるのかなーって」 「葉璃……っ」  恭也が言っちゃうならもう、俺も遠慮はしない。  本心だよって思いを込めて、驚きながらも破顔した恭也の目をもう一度ジッと見詰めた。  俺、忘れてないよ。 恭也が初めて俺の家にお泊まりしたあの日のこと。  アイドルとしてのデビューが決まって悩んでたけど、俺となら頑張れそうだって言ってた恭也の瞳。 恭也となら、この世界に足を踏み入れてもいいかもって思えた。  まだ俺達はアイドル一年目のひよっこだから、もっと一緒に居る時間があってもいいのにって毎日思ってたよ。  まさかデビューしたその年に、映画の仕事が入るなんて思いもしなかった。 恭也の役者としての才覚を見出されて嬉しい反面、物理的に離れ離れになって寂しかったのは俺も同じだ。  そんな中、加入メンバーのオーディション。 周囲では着々と準備が進められていて、事務所に所属し日の目を見たからには、俺達はその決定に従って動かざるを得ない。  ETOILEのこれからを考えるなら、やっぱり二人で話し合う時間はほしいなって俺も思ってたよ。  黙って見詰め合ってると、だんだん恭也の瞳がうるうるしてきた。  俺ももらい泣きしちゃいそうで顔を背けたその瞬間、ふわっと抱き寄せられる。 「あ、あのね、葉璃。 ……加入メンバー、ルイさんしか居ないと、思う。 実力とか、容姿とか、雰囲気とか、オーラとか、俺には無いものたくさんで、候補者の中でも、全部が、ずば抜けてる。 だから、その……」 「うん。 恭也の気持ち聞いたあとだけど、忖度はしないから安心して。 そういうの抜きでちゃんと決めるよ。 もう分かったでしょ? 俺は恭也のこと除け者になんかしてないって」 「……うん」  簡単に言うと、寂しくて拗ねてた恭也は、四六時中俺と居られるルイさんにヤキモチ焼いてるって事。  でもそれを俺に打ち明けちゃったから、ルイさんがオーディションで不利になるかもしれないと思って慌ててフォローを入れた、どこまでも優しい恭也。  やっぱり俺は、恭也とこの世界に飛び込んで良かった。  俺だけに盲目的に優しいわけじゃない、その温かい心がとっても好きだ。 「まだ焦ってる?」 「…………ちょっとだけ」 「うーん、根深いなぁ。 さすが、俺と同じ根暗仲間だ」 「ふふ……っ、俺達はこれからも、根暗仲間だよ。 大好き、葉璃……」 「俺も、恭也のこと大好きだよ」  二年前より俄然逞しくなった背中に、腕を回す。 恭也も、ギュってしてくれた。  いいなぁ、この感じ。  聖南が言ってた〝恋人を超越したい〟の言葉が、ふと頭によぎった。  本音を打ち明けられる関係って、意味合いは違うけどそういう事なのかもしれない。  ひとしきり抱き合って照れくさい笑顔で離れた俺達は、同時に湯呑みを手に取ってお茶を飲んだ。  それからは候補者の人たちのプロフィールを二人で見たりしていて、彼らに対する互いの率直な意見を言い合った。  そして午後六時を過ぎた頃、───。 「お疲れー!」 「よっ、ハル、恭也」  扉が開く前から足音で分かった。  ケイタさん、アキラさん、聖南の順番で入って来たCROWNの三人が、それぞれのオーラを纏っていて一気に社長室が華々しくなる。  真っ先に俺の元へ歩んできた聖南が、濃いブルーのサングラスを外しながら首を傾げて俺達を見た。  ヤキモチ焼きな恋人の目が、詮索を開始しそうな気配。 「お疲れ〜……って、なんかこの部屋……雰囲気が甘々じゃね? もしや二人、イチャついてた?」

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