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「俺ねぇ、他事務所のレッスン生がETOILEに加入するのは嫌なんだよねー」  え、えぇっ? そ、それはすごく、「今頃それ言う?」だ……!  世間話をするような声色のケイタさんは、ゆったりと背もたれに寄りかかって「ふふっ」と笑った。  たぶん今みんなの気持ちは同じで、二の句を待つ視線が集中してるからだと思う。  物腰が柔らかくて、怒ったところを見た事が無いくらい温厚な性格のケイタさんだけど、意外と自分の言いたい事はズバズバと言っちゃうんだよね。 「……それは何故だ?」  湯呑みを手放さない社長さんが、ケイタさんの言葉に少しだけ神妙な顔をした。 「縄張り意識! ……ってのは冗談で。 俺、他事務所のアイドルの振付指導に行ってるじゃん? そこでよく言われるんだよね。 〝大塚いいですね〟って。 多かれ少なかれ下積み経験アリでデビューしてる子達が、平気でそんな事言っちゃうんだよ。 事務所とかスタッフに恩義感じてないのかなっていつもムッとしながら帰るんだー」 「ふむ……」 「この世界ってデビューするだけでもスゴイ事で、絶対に簡単な事ではないじゃん。 それがさ、デビューした途端その現状にあぐらかいて、ありがたみが薄れるっていうか……当たり前の事を忘れちゃうんだろうね。 事務所の強弱が邪魔して夢が頓挫してるなんて納得いかない。 そういう訳で、候補者みんなの面接場面見せてもらったけど、……うーんって感じだった」 「ケイタはこの選考に不満があるのだな?」 「不満……無いって言ったら嘘になっちゃうな。 俺はね、夢を追い掛けてる人、今までの努力を誇りに思ってる人、周りに謙虚な人が好き」  ズバズバと言い終えたケイタさんは、さっきのアキラさんの時と同じく俺と恭也を順番に見てニコッと微笑みかけてくれた。  事務所の強弱、かぁ。  それは俺も、未だ解決してるようには見えないLilyのいざこざの時に痛感した。  分かる気がする。 今までひたむきに追ってたデビューへの夢が叶った瞬間、ありがたみが薄れてしまう人、少しでも優位に立ちたいとか嫉妬とか、色んな理由で仲間の足を引っ張る人……世の中には様々な考えの人が居るからしょうがないんだけどね。  残った候補者の人達がそうだって決め付けてるわけじゃないけど、ケイタさんの見た限りでは少なくとも、今回は納得のいく人選だったわけじゃない、って事……。 「セナはどうだ?」 「俺? 俺はアキラと同意見。 オーディションを仕切ったスタッフの目に狂いは無いと思ってるからな。 葉璃と恭也に全権渡してもいいくらいだ」 「……ケイタの言わんとする事は分かるか?」 「まぁ……分かるよ。 ケイタの言ってること、明日からの最終オーディションで色々見えてくんじゃねぇかな。 俺もスタッフも楽しみでしょうがねぇよ」  聖南は誰よりも一番近い距離で、社長さんみたいにふわふわした返答をした。  〝楽しみでしょうがねぇ〟って、あえての選考方法と何か関係があるのかもしれない。  聖南の事だから、二手先どころか三手、四手先まで読んでる可能性がある。  ぜんぶを俺に言わない聖南の考えなんて、きっと本人にしか分からない。 「ハルと恭也はどうだろう? この三人の意見は加味せず、現在の率直な思いを知りたい」  最後に俺たちにも同様の質問をされて、社長さんの眼力にピクッと肩を揺らした俺は気持ち恭也に体が傾く。  それをどう捉えたのか、恭也が俺の太ももをポンポンと叩いて一つ深呼吸をした。  〝大丈夫、俺が答えるよ。〟  そう言われてるような気がして、口下手な俺は黙っておく事にした。  ついさっき、聖南がヤキモチ焼くほどお互いの気持ちを確かめ合った俺たちだ。  恭也は、俺の思いまで汲み取って二人の意見として話してくれる──これが俺たちの仲にある、絶対的な信頼感。 「俺……いや、俺たちは、デビューが決まった時から、新しいメンバーが加入することを、念頭に置いていました。 社長が、仰っていたように、自分たちが土台を、作らなきゃいけない。 今それが、形になっているか……正直自信は無いです。 でも、ETOILEが今日まで、絶えず仕事を頂けている以上は、少しは自信を持っても、いいのかなって思っています。 どなたがメンバーに加入しても、おかしくない、実力派揃いですから、俺たちが足を引っ張らないように、しないとなって、今は考えているところです」 「……うむ」 「本音を言いますと、加入後のことは、まだハッキリとした展望が、見えていません。 すべてが終わった後に、少しずつでも、絆を深めていけるよう、俺たちは努力します」  自分たちの事なのに、俺はついうんうんと頷きながら恭也の言葉を聞いていた。  メンバーを迎え入れる心づもりはあるけど、まだ展望が見えてない事まで正直に話してくれた恭也は、社長さんを見詰めていた瞳を俺に向けて、薄っすらと微笑んだ。  俺も、……何か言わなくちゃ。  恭也がぜんぶ言ってくれたけど、俺の気持ちも今、言っておかなきゃ。  社長さんを見詰めた俺は、自然と両手を握り込んで力む。 そうしないと、社長さんにはまだうまく話せない。 「あ、あの、……恭也が代弁してくれたので、俺からは何も言うことはないです。 覚悟してた事だし、今から緊張してはいるんですけど、楽しみでもあります。 ETOILEがもっと大きくなる可能性があって、仲間も増えるって考えたら、俺も恭也もやる気満々ですっ」 「……そうか」 「ぷっ」 「ぷっ」  ……え……、笑われた。  勢いあまってグッと両手で小さくガッツポーズした俺を見て、聖南とケイタさんが小刻みに肩を震わせている。  俺、またとんちんかんな事言っちゃったのかな……。 「ハル、頼もしいじゃん」 「そっかぁ、やる気満々かぁ。 ハル君緊張しぃなのに」 「そこまでモチベーション上げてんだな、葉璃。 二人とも、俺らが考えてるよりこの業界に馴染もうと努力してんのが見える。 デビューした時から加入メンバーとの未来を描いてたんだ。 しっかり人選見極めような、みんなで」 「はいっ」 「はい」  アキラさんを筆頭に、ケイタさんと聖南も、俺と恭也を労るような言葉をかけてくれる。  頷いた俺たちに、やっと湯呑みをデスクに置いた社長さんも笑い掛けてくれた。  意見が聞きたいからって、それぞれ忙しいお兄さん達を呼び出してまで行われた緊急会議。  一見仰々しく思えるそれは、出番前の楽屋ように温かくて、俺の気持ちを落ち着かせてくれる大切な時間だった。  ……聖南とケイタさんに笑われた理由は、結局分かんなかったけど。

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