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 迎えた歌唱試験当日。  大塚事務所ビルに併設されたレッスンスタジオで、五人の候補者がライバルと選考人全員の前で歌う度胸試しも兼ねたオーディションが行われた。  鏡の前に配置された長机とパイプ椅子に腰掛けた選考人五人、あとの五人の選考人は向かって左側に並べられたパイプ椅子に座って広い視野でスタジオ内を見る。  ちなみに俺と恭也は後者に居た。  試験の順番を待機する候補者の人達は、選考人とは反対側に整列していて、まさにみんな緊張の面持ちだった。  きっと今までに経験がないほどのピリピリとした雰囲気の中、レッスン着でマイクを握った四人はそれぞれ声が震えてたけど、当然だと思う。  正面には聖南や社長さんをはじめとする難しい顔をした大人が五人も居て、端っこにも彼らの技量を見定める俺を含めた五人、当人から見て左にはライバル四人がジッと歌を聴いてるんだよ。  俺だったら頭から湯気もんだ。  ところがただ一人だけ、身振り手振りまで付けて二曲とも大熱唱した強者が居る。 「──やはり圧倒的だな」  オーディションを終えた候補者みんなが退室した後、明日の俺のスケジュール確認のために残ってたルイさんに、静かに近付いてきた社長さんの言葉がすべてを物語っていた。  聖南達は別室に行ってて居ない。 生意気にも選考人である俺も、スケジュールを確認したらすぐにそっちに合流しなくちゃいけないんだけど……。 「そんなんオーディション真っ最中の俺に言うてええんか」 「……いかん。 口が滑った」 「滑らせたらあかんで〜。 俺調子に乗ってまう」  いつもの調子で返すルイさんは、タブレット端末から視線さえ上げない。  前から気になってたけど、ルイさんはどうしてこんなにも社長さんに気安いんだろう。  フッと笑うに留めてスタジオを出て行った社長さんも、ルイさんがこんな態度でも特に怒ったりしてないし。  ……あ、そうだ。  せっかく二人きりになったから、少しだけルイさんとお話しよう。  最近プライベートな事を話す暇が無かったもんね。 「ルイさん、ちょっと……」 「ん?」 「ここじゃ話せないので、二人きりになれるとこ……」 「……あぁ、じゃあ俺の車行くか?」 「はい、出来れば」  ルイさんの背中を、ジャージ越しにツンツンしてみる。 俺の様子で察してくれたルイさんは、ポケットからキーケースを取り出してタブレット端末を鞄にしまった。  ほんの五分、十分、話せればいい。  今週に入って一段と寂しそうなため息が増えたルイさんの気持ちを、聞いてあげたいと思ってた。  ほんとは今日の歌唱試験の前に場を設けたかったんだけど、楽屋とか現場、移動中なんかもなかなか切り出せない事だから……。 「なんやもう秋やなぁ。 車内の温度で季節感じるわ」 「……ヘンなの」 「なんやてぇ? うりうりっ」 「あっ、ちょっ……ルイさん! 俺がコチョコチョされるの弱いって知ってるでしょ!」 「知ってるからしてるんやん」 「もう……っ」  ルイさんは運転席に、俺は助手席に座った途端にこれだ。  いっつもこんな調子だから切り出せないんだよっ。  ルイさんは誤魔化すのが上手い。 息をするように冗談を言って、出番や撮影前の俺の気持ちを落ち着かせてくれようとする。  自分だって吐き出したい思いがあるはずで、それは空元気なだけ、耐えてるだけだって、俺にはそう見えちゃうのに。 「で? 逢い引き誘ったのは俺のばあちゃんの事聞きたかったから?」 「……そうですけど……逢い引きってなんですか?」 「逢い引きってのはな、仲睦まじい二人がコソコソ密会すること」 「なっ……! それは違いますよっ。 これはただの内緒話です」 「そういう事にしといたるわ。 ……ばあちゃんは変わらずやで」 「……そ、そうですか……」  事態が好転してたら、そう毎日スマホの画面見ながらため息なんか吐かないよね……。  あっけらかんと答えたように見えるルイさんは、今日も何となく本心を誤魔化しそうな気がした。 「お見舞いは毎日行ってるんですよね?」 「そうや。 ICUに移ってから、ハルポンとは毎日六時にバイバイしてるやん。 たまに追い返される時もあるし」 「……はい、……ですね」 「しばらくばあちゃんの話せんかったけど、ずっと様子聞きたくてしゃあなかった感じか?」 「…………はい」  当たり前だよ。 俺は病院にも付き添って、実際におばあちゃんとも対面してるんだよ。  それがたとえ面識の無い人でも、状態が芳しくない事を見聞きすれば心配にもなる。  おばあちゃんの様子はもちろん、あれからルイさんが俺に何も話してくれないから……首を突っ込んでしまった以上、ルイさんの小さな変化も見逃さなくなってきてたんだよ。 「俺、そない顔に出てる?」  ひと括りにした後ろ髪を解きながら、ルイさんにチラと視線を寄越された。  車内に、ルイさんの香水とシャンプーの匂いが漂う。 意外だけど、ルイさんは全身優しくて甘い匂いだ。 「いえ、そんなには……。 俺は事情知ってるから、なんだか、……そういう風に見えちゃうだけなのかも……」 「そやろなぁ。 変わらずやって俺もつい言うてもうたけど、ばあちゃんもう(なご)ないと思うわ」 「え……っ? そ、そんな……っ」

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