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四時間ほど前と同じ会議室の前で、解錠してくださいと視線で訴えられた。
今度は葉璃抜きの密会に、聖南は空元気に笑う。
「なんだよ、また葉璃が妄想しちまうじゃん。 あ、てかレッスンどうだった? 葉璃頑張ってた? やっぱLilyはギスギスしてたか?」
「………………」
だが恭也は、先輩である聖南の前で堂々と腕を組み、少し下から睨んでくる。
恭也はただでさえ強面の部類に入る。 それがこのような、いかにも「ブチ切れてます」と言わんばかりの表情を浮かべられると、彼の普段の性格を知っているだけに少々面食らった。
「恭也? なんだ、どうした」
「……セナさん、あの写真って……」
「写真? どの写真?」
「金髪の方と、写ってた写真です」
「は!? なんで恭也がそれを……っ」
ただならぬ雰囲気に掛けたばかりのサングラスを外そうとした聖南が、思わず一歩引いて仰々しく驚く。
午前中は葉璃の付き添いに出掛けていて事務所に居なかった恭也が、なぜその事実を知り、怒りも顕に詰め寄ってくるのだろう。
当人の聖南もつい先程それの存在を知ったというのに、だ。
ギョッとして固まった聖南へ、恭也は尚も睨みを忘れない。
「さっき、社長秘書の方とすれ違った時に、落とされたんです。 拾う時に、見てしまって」
「……マジ? てかあれはな、めちゃめちゃ意図的にクローズアップしてるだけで……」
見られてしまったからにはと、弁明しようとした聖南の動きがまたしてもピタリと止まる。
厳しい視線に対抗していた聖南の瞳がゆっくりと壁へと移り、年代物の小さな染みに留まった。
『秘書が落とした……? あの写真を……?』
いくら事務所内だからと、誰彼構わずすれ違いざまに露見していい代物ではない。 迂闊だと叱るだけでは済まないレベルの特大ネタである事くらい、目視した社長秘書ならば当然理解しているはずだ。
それが恭也でなかったら、捏造された秘密が差出人の思惑とは違う形で世に出てしまっていたかもしれない。
加えて、ハッとした聖南がまず最初に不審を抱いた点。 それは──。
「いや……待て。 おかしい」
「おかしい?」
「写真は社長室にあった。 俺、今の今まで社長と話してたんだよ、その件で」
「…………え?」
「もう見られちまったから言うけど、あれ差出人不明で今朝届いたらしいんだ」
「今朝……」
それ一つで公私共に聖南を脅かす代物が、そう幾つも送られてくるだろうか。
スキャンダル慣れしていた過去の聖南の記憶を掘り起こすも、近年は現物をただ事務所に送り付けるだけというのがなかなか無い。 連絡も無く、意図も不明なのはかなり珍しい。
差出人不明である事からも、数枚のネタを数日または数カ月おきに送付する強請りの線が濃厚ではないかと考えていた聖南だが、一度自身の憶測に待ったをかける。
断片的に語る聖南の話では恭也の険しい表情を和らげる事は出来なかったが、恭也にも何か引っ掛かる点があったのかひたすら睨むのはやめてくれた。
「送られてきた写真って、一枚だけ、だったんですかね?」
「さぁ……俺もそこが気になったんだけど。 聞こうにもしばらく社長と話したくねぇし」
「……なぜですか」
「俺の事好きだって言ってるレイチェルの肩を持つから。 俺の話全然信じてくんなかったから、今は何言っても無駄だ」
「……レイチェルって……写真のあの方ですか? あれは、誰なんですか?」
「社長の姪だ。 こっちでシングル出してぇからって俺が曲提供してる」
「あぁ……なんだ、そうなんですね。 てっきり俺、セナさんが葉璃を、裏切ったのかと……」
「それで怖え顔してたんだ」
「はい、……許せなかったんで……」
そういう事かと、聖南は頷いて苦笑を浮かべた。
やはり第三者から見ると、あの構図はそう見えてしまうらしい。 聖南と葉璃の恋路を誰よりも近いところで応援してくれている恭也でさえ、聖南が不貞を働いたのなら物申さねばとキレかけていた。
強面から終始睨まれ続けるなど立場云々関係なく心地良いものではない上に、葉璃という最愛の人が居ながら他に目移りしたと疑われる事が不快でしょうがない。
社長を含め関係を知る者の前では、平気で二人の世界に入り込んでイチャついているというのに。
「……そのレイチェルさんは、セナさんの事が、好きなんですか?」
「そうらしい。 二回目に会った時に告白されて、恋人居るからって断ったんだけど、それでもずっと……なんつーか、諦めてくんねぇの」
「そうなんですか……」
恭也は渋い顔で天井を仰ぎ、少しの間何かを考え込んでいるようだった。
聖南もまた、偶然のようでいて不可解な話に頭を撚る。
仮にも勤続六年目、キャリアは十年以上と聞く社長秘書が、事務所の稼ぎ頭の明らかな特ダネを持ち歩き、あまつさえ人とのすれ違いざまに落とすなど、そのような凡ミスをするだろうか。
目視後、社長の手に写真が渡ったのが本当であれば、なぜ秘書の手にもそれがあったのか。 万が一、幾つも送り付けられていたのなら、そのすべてを社長に渡しておくのが道理であろう。
しかし社長のデスクには、一枚だけがポツンと置かれていた。
これが何よりの証拠だろうと違和感を覚える事もなく、第三者目線かつ贔屓目で見た社長は、その一枚で聖南の首を縦に振らせようとした。
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