社長との会話を思い出すと胸糞悪い。　こんなにも「信じてくれ」という言葉が軽んじられると、悔しいの先に諦めにも似た感情が湧いた。 　信頼関係とは何なのだろう。 　物心つく前からの二十年来の付き合いよりも、血縁というだけで蔑ろにされた聖南の憤りは少々の事では治まらない。 「写真が何枚、送られてきたか……それが分かれば、セナさんは助かりますか？」 　歯痒さのあまり苦虫を噛み潰す聖南に、天井を仰いで黙り込んでいた恭也がふと問い掛けてきた。 「助かるかって……？　まぁ、……」 「俺が、探りを入れてみます。　もしもあれが何枚も送られているとして、それを複数の人間が共有していたら、いつ葉璃の目に触れるか、分かりません。　誤解させて、葉璃を傷付ける恐れのあるものは、何であろうと許せないです。　俺、一瞬でもセナさんの事を疑ってしまって、申し訳なくて」 「いやでも、恭也には関係無ぇ事だから悪い……っ」 「関係ありますよ。　葉璃と、セナさんの、一大事です。　あんなのが世間に広まったら、葉璃は悲しみます。　セナさんも、ですよね？」 　鋭かった眼光が、いつの間にか和らいでいた。 　言葉少なで説明不足だった聖南の言葉を、恭也は何となしにでも把握し、理解し、聖南と葉璃を慮った。 　この事を打ち明けたのは写真を見られてしまったからで、協力を仰ぐつもりはもちろん、迷惑を掛けられないという意味で申し出を断ろうとしたのだが……。 　恭也は食い気味に、聖南の胸中を代弁した。 　誤解してしまって申し訳無いと謝罪までしつつ、聖南は決して葉璃を裏切らないと信じ直してくれた。 　再度面食らった聖南はじわじわと壁にもたれかかり、俯く。　そして渇いた笑いを溢した。 「は、ははっ……」 「……セナさん？」 　社長室でのあの悔しさは何だったのか。 　葉璃の親友である恭也とは、たった三年の付き合いだ。 　恭也の場合、大前提として葉璃の親友だという大義名分がある。　しかしそれが聖南を信用する理由にはならない。 　にも拘わらず、二言三言、説明とも言えない話をしただけで恭也の誤解は解けた。 　現物を見た恭也には分かったのだろう。　あれが世に出てしまうと、聖南と葉璃の関係は確実に危機に直面する。 　世間的に聖南の恋人はレイチェルという事になり、その報道で心を傷めた葉璃は十中八九、聖南のそばを離れる。 　自他ともに認める卑屈ネガティブである葉璃が、恭也でさえ聖南にキレかけていたほどの意味深な写真を見て、何とも思わないはずがないのだ。 　平気で居られないのは聖南も同様である。 　それら最悪の事態を、恭也は天井を仰いで沈黙していた間に考えていたのかもしれない。 　レイチェルの存在すら知らなかった彼の方が、社長よりも柔軟に聖南の言葉を受け止めてくれた。　二人のためならと、協力まで買って出てくれた。 　そんな事があって良いのかと打ちひしがれた、十分前の聖南の疑問がさらに深まる。 「フッ……恭也の方が理解してくれてんじゃん……」 「社長さん、そんなに、頭ごなしだったんですか？」 「……五分五分だって。　俺とレイチェルの話の信用度は、五分五分」 「そんな……」 「なぁ恭也……この事、葉璃には話しといた方がいいよな？　信じてくれっかな？」 　絶大なる信頼を寄せていた人物に受け入れてもらえなかった聖南は、やや消極的になっていた。 　隠し事はしない決まりを自らが作った手前、話すべき事なのは分かっている。　葉璃はルイに関する事でそれを破ってはいたが、事情を聞けば無理矢理にでも納得は出来た。 　だが今回のような、二人の関係にヒビが入る恐れのある一件は事前に話しておく方が得策である。 　なんと言っても逃げ癖のある葉璃は、あれが世に出回った後にショックを受け、事前に聖南からの説明が無かったと言って泣き暮らしかねない。 　何よりも誰よりも大切な葉璃には、絶対に、不安を与えてはいけない。 　恭也に問うたのも、背中を押してほしかっただけなのだ。 「……俺だったら、これが冤罪なら、わざわざ言わないかもしれません。　でも葉璃には、話してあげてください。　後から知る方が、葉璃は嫌だと思います」 「ん、そうだよな」 「葉璃はきっと、信じてくれます。　ぐるぐるしてたら、俺からも、口添えします。　微力ながら、俺も協力しますから。　セナさん、あまり気を落とさないで、ください」 「……ああ。　ありがとな、恭也」 　いえ、とはにかんだ恭也の表情は、相変わらず感情が分かりにくかった。 　ただそれが恭也らしくもある。 　彼は早速、善は急げとばかりに事務所一階へ偵察に向かった。　まずは今朝郵便物を受け取った人物を探るとの事。 　これから撮影に戻る聖南とは違い、恭也はあと一時間ほど事務所にて待機らしく、だからといって無理はするなとだけは伝えておいた。 　何か情報を得た際には都度連絡をすると言われたが、恭也がそこまで親身になってくれるとは、聖南は正直なところ思いもよらなかった。 　取り返しのつかない過去が散々であっただけに、この手の信頼が薄い事は否定出来ない。 　けれど現在の聖南を冷静に見てくれる者も居る。 　葉璃もそうであると、そうでなくては困ると、聖南は空振り覚悟でスマホを手に取った。 『俺が今一番怖えのは、葉璃を失う事。　それだけだからな』 　失った信頼を取り戻すのは、信頼を築き上げていく事よりも遥かに困難だ。 　今日初めて、人間関係における付き合いの年月などあてにならないと知った聖南は、それならばという確信があった。