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停まると誰に見られるか分かんないからと、ルイさんは車を走らせ続けた。
特に言い渋る様子はないけれど、内容について他言無用、口外禁止の意識はあるみたいだ。
俺はというと、社長さんへの不審感がさらに募っている。 聖南を疑った上にロクに話も聞いてやらず、あんなに寂しそうな瞳をさせた社長さん自らが吹聴してるんだもん。
相手がルイさんだから。 何か理由があったから。
そんなの通用しないよ。 ……と、俺の表情が否定的な心中を表してしまってたのか、ルイさんが唐突に「はじめに言うとくけど」と前置きした。
「俺と社長は十六、七年前からの知り合いなんよ。 でな、ばあちゃんと社長はもっと古い……三十年以上は付き合いのある友人いうやつや」
「はぁ、……」
「社長には実子が居らんやろ。 そやからそんだけ付き合い長い友人の孫いうと、なんや俺のことも親戚のオジサンかいうくらい可愛がってくれてな。 みなしごなん知られてたし、自立させたるから言うて何回も業界に連れ戻そうとすんねん。 ほんま余計な世話焼かれてたわ、今日の今日まで」
「……あの、……ルイさん、何が言いたいんですか?」
「昨日な、……」
話が全然見えなかった。 それに前置きにしては回りくどくて。
深読みしちゃいけないんだろうけど、ルイさんのはどこか社長寄りの考えなんじゃないかと窺わせる言い回しだ。
俺の独断と偏見だけど、ルイさんは信頼できる人だと思う。 俺と聖南のことを知っても、誰にも言わないって自分からオフレコ宣言してくれたくらい信頼の置ける人。
ルイさんと俺は、確かに付き合いは浅い。 でも毎日行動を共にして、秘密を共有して、男としてあまり見せたいものではない意気消沈した姿をさらけ出してくれて、とうとう唯一無二の仲間にまでなった。
俺が何に不満を抱いてるかって、ルイさんが知ってしまった事よりも、社長さんがその日のうちに吹聴したというあり得ない事実。
社長さんとルイさん、おばあちゃんの関係性は何となく分かった。 だからってそれが、聖南のゴシップをルイさんに打ち明けていい理由にはならない。
まだまだ不審感いっぱいの中、ニヤけた表情を引き締まらせたルイさんが続けた。
「……泣きながら、社長がポロッと出してもうたんや」
「…………え?」
え……何? ポロッと? え?
そんなの……え……?
……また、話が見えないんだけど。
ルイさんの言い方だと、聖南のゴシップをいかにも〝うっかり〟溢してしまったように聞こえる。
あの社長さんが〝泣く〟というイメージも無いし、一体何がどうなってるの。 ていうか、泣きたいのは聖南の方なんだってば。
「……な、泣きながら……? あの社長さんが、ですか? なんで泣いて……?」
「最初はな、ばあちゃんの事懐かしんでウルウルっとしてる程度やったんよ。 それがなぁ、酒回ってきたぐらいから話がおかしなってきて」
「……お酒は飲んじゃダメですよ、ルイさん。 俺と同い年でしょ」
「俺は飲んでないわ。 ボトルキープしてたから社長にはそれ出して昔話しててんやんか」
「ん……? ルイさんのお家にお酒があるんですか?」
「ちゃうって。 スナック開けろ言うから店まで行って話してん。 もちろん二人でやで。 てかどこに食い付いとんねん」
「あぁ……!」
なんだ、そういう事か。 目を据わらせた自覚があった俺は、苦笑いしてツッコむルイさんに一瞬だけほっぺたを膨らませて見せた。
だって、てっきりルイさんがデビュー前なのに未成年飲酒したのかと……。
社長さんと居るんだからそんな事ないよねって、俺はもう思えなくなった。
募り続けるのは、不審感と違和感だけ。
「……話戻すけど。 息子を傷付けてしもたって泣いてはったから、社長に息子はおらんやろって俺が言うたんよ」
「………………」
「そしたら〝セナの事だ〟やて。 俺には何のこっちゃ分からへんのやけど。 まぁセナさんは大塚社長の息子同然やってのが業界には知れ渡ってるやん? そやからその体で俺もそんまま話聞いててん」
「……はい、……」
「あんな目は久しぶりに見た、ショックを受けていた、失望されただろうかってくだ巻かれた俺の気持ちよ。 何十分もワケ分からん事聞かされて腹立ってきてな。 一から説明するか、帰るか、どっちかせえってキレてんやんか」
「き、キレ……っ、……はい」
社長さんが、ルイさんにそんな事を……?
ルイさんがわざわざ前置きした理由が分かった。
お酒の勢いで溢したって思うとまたムカついてきちゃうけど、昔話をして涙腺が弱くなってたところに、社長さんも気にしてたらしい聖南の事を思い出して……吐露した。
いつも偉い人で居なくてはいけない社長さんは、ルイさんの前では〝親戚のオジサン〟の顔も持ってる。
業界から少しだけ離れていられるルイさんのおばあちゃんのお店で、遠慮なく社長さんに物言いできる存在の前だから気が緩んだって事、……?
い、いや、それでもダメだよ。 所属タレントやアーティスト達に危機管理を徹底させる立場の人間でしょ、社長さんは。
お酒の席で、酔った勢いで気を許した相手にネタをバラ撒く人だってイメージ付いちゃっても知らないよ?
で、でも、……。
でも、……。
……もしも、──。
〝あんな目は久しぶりに見た〟
〝ショックを受けていた〟
〝失望されただろうか〟
これらを語る時、申し訳ないという気持ちと後悔をたっぷり滲ませていたとしたら……。
思い出話で涙したんじゃなく、聖南に対する絶対的な信頼と長年の馴れ合いによる甘えに気付いての涙なら……。
聖南は間違いなく、社長さんに裏切られたという悲しい気持ちを抱いてしまったけれど、社長さんにも、そうしなくてはならない本当の理由があったとしたら……。
「なんやセナさんが? 社長の姪っ子と? 写真撮られた? しかもそれが差出人不明で届いた?いう話やん?」
「……は、はい、そうです」
「それで社長がセナさんばっか問い詰めて、ずっと姪っ子の肩持ってたからセナさんがキレて話終わったって聞いたで」
「……それも、多分合ってます」
「そこまで聞いた時な、俺……ぶっちゃけセナさんがハルポン裏切ってんちゃうかと思たわけよ。 撮られた写真ってのが真実ちゃうんかって」
「違っ……! 聖南さんは絶対に……っ」
「まぁ聞けや」
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