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28❥経緯万端

 しばらく事務所に立ち寄るつもりも、社長と話をするつもりもなかった。 しかし成田を通されると無下にも出来ず、仕事の合間に聖南は愛車を飛ばした。  父親と再会したあの日のような、気を抜くと嘔吐いてしまいそうなほど重苦しい心中を抱え、ハンドルを握っている。  この十日、落ち込んでいると悟られたくなくて葉璃にも言えずに居たのだが、毎日のように社長から着信が入っていて、聖南はそれをすべて無視していた。  いざとなると、冷静でいられる自信などこれっぽっちも無い。  成田から連絡を受けた後、ひどく落ち着かなかった聖南は安定剤である葉璃に連絡を取ろうとしたものの、彼はしばしば長引く事の多い番組収録の最中だと記憶していたのでやめた。  事務所駐車場に到着し、そろそろ収録も終わっている頃だろうと、スマホを取り出したその時。 「……ん? ルイ?」  どうやら運転席に持ち主の乗ったルイの軽自動車が、壁に頭を向けて駐車されているのに気が付いた。  ここにルイが居るという事は、葉璃は収録を終えている。 しかし車から降りて近付いてみるが、助手席は無人だ。  不思議に思い、聖南は運転席の窓をコンコンとノックする。 「おーい。 何してんの?」 「…………ッッ!!」  運転席で目を瞑っていたルイは、聖南の姿を確認するやあからさまにビクッ!と体を震わせた。  ハッキリとは聞こえなかったが、「切ってもうた!」と言ってスマホを手にあたふたしながら、ドアごと開けて聖南に挨拶をしてくる。 「お、お疲れっす!!」 「なんだよ、そんな慌てて。 電話してた?」 「い、いや別に! 慌ててないっすよ! どうしたんすか!? ハルポンの迎えにはまだ早いっすよね!?」  地下駐車場全体に、ルイの声が轟いた。  そんなに驚かせるつもりはなかったのだが、目を瞑っていたのでてっきり眠っているのかと思いきや、どうやら誰かと通話をしていたようである。  それも聖南の登場で「切ってもうた」らしいが。 「社長に呼ばれて来たんだよ。 あれ、てか葉璃は?」 「は、は、ハルポンなら上に……」 「上? ……もしかして社長んとこ?」 「……そうっす。 なんや話があるとかで……ほんのついさっきっすよ」 「ふーん……」 「セナさん、ちょっといいっすか」  葉璃も社長に呼び出されていたと知り、聖南の心はまたしても落ち着かなくなった。  早く行ってやらなければ、聖南が最も嫌う言葉を葉璃に聞かせてしまうかもしれない。 社長との対話が最悪な形のままなので、当然そういう思考に至る。  だが、急いでドアを閉めようとした聖南はルイに呼び止められ、加えて助手席に乗るよう促された。  それは地下駐車場に轟いてはならない会話である事を意味している。 素直に応じてやる聖南も、葉璃にお人好しだと言い切れない人種であった。 「……何?」 「レイチェルがセナさんの事好きやって言うてんの、ほんまなんすか?」  少々狭いが、なかなかに乗り心地の良い車だと感心していたのも束の間、唐突に本題から切り出してきたルイに面食らう。 「おい、なんでルイがそれ知ってんの? はぁ、……情報ガバガバじゃん」 「いや誤解せんといてください。 言うてガバガバじゃないんで。 俺やから知ってもうたって感じっす」 「意味分かんねぇ。 てかその質問の答えはイエスだ。 知ってんだろ、どうせ」 「詳しくは知らなかったんすよ。 やさぐれんといてください」 「やさぐれてねぇわ」  遠慮の無い物言いでツッコまれ、即座に言い返す。  どこからその情報がルイに漏れているのか、と苛立ったわけではない。 むしろそんな事はどうでもよかった。 「で? あとは何が聞きたいんだよ」 「ええっと……誤解せんといてほしんすけど、これは確認っす。 セナさんの口から聞くのが筋やと思うんで」 「だから何」 「撮られたっちゅー写真、それが真実って事はないんすよね? ハルポン裏切ってるわけやないっすよね?」 「はぁ? 当たり前だろ。 てかその事まで知ってんの? やっぱガバガバなんじゃん」 「違うっす。 これ知ったのは時系列的には同じで、不審な点が多々あるようやから俺は首突っ込んでるだけっす」 「………………」  先程の慌てようは何だったのかと訝しんでしまうほど、核心を突いてくるルイは冷静だ。  写真とレイチェルの件をどちらも知っていて、それをルイに流す人物となれば葉璃か社長で確定した。  瞬時に消去法で葉璃を消した聖南は、ドア縁に肘をついてルイを流し見する。 「それ、誰から聞いた?」 「……社長っす」 「へぇ……なるほど。 だろうな」 「勘違いせんといてください。 社長は誰彼構わんと話して回ってるわけやないんすよ。 俺やから言うてきたんす。 はじめは暴露するつもりもなかったやろうし」 「いや……なんかもう信じらんねぇんだよ。 どこでどんな経緯で、とか関係なくてな。 誰が知ってようが俺は別に何とも思わねぇし、……」 「社長、泣いてはりました」 「……は?」  自嘲気味な笑いを溢した聖南の言葉を、思いがけないルイの台詞が遮った。  彼の祖母は社長と親しかったと聞いている。 恐らくそれは、社長のルイへの接し方を見る限りではほんの数年と言わない。  幼い頃からルイとも親交があったとすると、まったくもって理解は出来ないが彼に心中を吐露する可能性だって無くはないだろう。  かと言ってその点に憤怒するほど、もはや社長への信頼度はゼロに等しい。  泣いていたと聞いても、「何故?」が先に立つ。 「息子を傷つけてしもた言うて、泣いてはったんすよ。 息子ってセナさんの事やないですか」 「………………」 「ばあちゃんの思い出話よりわんわん泣いてはりました」 「………………」

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