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 デスクに腰掛けた聖南は、自宅でくつろぐ際によくそうするように葉璃を膝に乗せた。  こうすると葉璃の視線が聖南よりも上の位置にくる。 ただでさえ語るのを躊躇してるというのに、高身長の聖南から見下ろされているとなると圧迫感で縮こまるだけだと思ったのだ。  そんな中、渋々とではあったが、葉璃は社長との会話の内容を語った。 「──はっ? それマジ?」  直後、聖南は目を見開いて葉璃の声を遮り、瞳を凝視した。  連絡を断っていた十日の間に、早くも例の写真を撮った人物を特定したという。  あれだけ疑ってかかっていた社長が、どういう思惑なのか調べを進めていた事にも驚きだが、実際に〝犯人〟と呼べる者が居たという事実に背筋が寒くなった。 「……はい、俺はそう聞きました」 「誰だって!?」 「えっ? あっ、し、知らないです! まだ証拠を集めてる最中だから、その人の名前は言えないって!」  ヒートアップしかけた聖南に、葉璃も「ほんとです!」と熱がこもる。  葉璃は、聖南の弱さ故の我儘を聞いてくれている立場なのだ。 今こそ冷静で居なくてはならない。  嘘が吐けない彼を無闇に問い質してしまいそうになった聖南は、片目を細めて謝罪した。 「……ごめんな、葉璃ちゃん。 ごめん」 「いえ、そんな。 大丈夫です」 「んーと、……他には?」 「あ、あの……あるんですけど、これは社長さんが話すって言ってて、俺からは……」 「話せない?」 「……ごめんなさい、……。 でも……何だろうな、……。 俺のへたくそな説明だったら、聖南さんが誤解しちゃうかもしれないって意味です。 話せないっていうか、社長さんの考えを俺がそのまま代弁するのが無理っていうか、その……」 「………………」  そう言われるとますます気になる。  社長の考えなど知った事かと反発心を抱く。  ただ、下手くそでもいいからと先を促す事も出来たのだが、ハの字になった葉璃の困り眉を見るとそう強くも言えない。  語れるのはそれだけだと、葉璃は聖南の肩に手のひらを乗せ、ハの字眉のままどこかシュンとしていた。  まるで彼が当事者であるかのような落ち込みように、無性に庇護欲をそそられる。  やんわりと抱き締めてやると、聖南の肩に置かれていた手のひらは背中に回り、しがみつくように抱き返してきた。 「聖南さん、……」 「ん?」 「俺は聖南さんの味方です。 聖南さんが俺を一番大事だって言ってくれてるみたいに、俺も聖南さんの事が一番大事で、失いたくない人なんです」 「うん。 ……俺もそう思ってるよ」  突然の嬉しい告白に、戸惑う事なく頬が緩む。  葉璃が自分の気持ちを素直に打ち明けてくれる時は、聖南の心を安定させるべく必死な時で、口下手な彼なりに何かを伝えようとしているのだ。  それがどんなに唐突でも、葉璃が聖南の心に寄り添いたいと示してくれる、その気持ちが嬉しい。  目前に迫る気の重い対話を前に、葉璃はさらに聖南をギュッと抱き締めた。 「……聖南さんのことを傷付けてしまったって、すごく落ちこんでるように見えました。 ……信じられないかもしれないですけど、泣いてしまいそうな背中でした」 「………………」  それは誰の事を言っているのかと、わざわざ尋ねるほど疎くない。  黙る聖南に、肩口からの葉璃の声は続いた。 「社長さんだって人間ですもん。 聖南さんを傷付けた事は許せないですけど、それを許すかどうかっていうのは聖南さんが決める事ですから。 でも……あれだけ憎んでたお父さんの事をあっさり受け入れた聖南さんは、とても良い意味で大きな子どものまんまで、すごく柔軟な広い心を持ってると思います」 「……んー……。 そうかぁ……?」 「そうです。 だって聖南さん、俺が何しても本気では怒らないじゃないですか。 ヤキモチ焼いた時とか、俺がぐるぐるした時とか、そういう時も聖南さんは怒りながら諭してくれます。 怒ってるのに、大好きだって想いいっぱい伝わってきます」 「いやそれ……俺、ヘンな人じゃね?」 「そんな事ないです!! 俺だけじゃなくて、聖南さんはみんなにそうなんですよ! 聖南さんは人を嫌いになれない人間なんです。 ていうか、聖南さんが逆の立場だったらどうしますか? 俺が誰かと……例えば恭也と大喧嘩して、もういい!ってなったとします。 聖南さんは放っておけますか?」 「…………いや、……」 「どうにか仲直りさせようとするでしょ? 一方に悪意しか無かったら分かりませんけど。 聖南さんはたぶん、俺と恭也の両方の言い分聞いて、元サヤ促してきます。 ……って、ちょっと例えが悪かったですかね……すみません、……」  聖南は柔らかな髪を撫で、天井を仰ぐ。  スン……と鼻を鳴らす葉璃の、例まで出しての説得染みた言葉の数々。  それらは聖南を元気付けたいばかりか、この状況が耐えられないという悲痛な思いも滲ませていた。  聖南のゴシップを一蹴した葉璃は、そんな事よりも身近な切なさに気を病んでいる。  父親に対し、どんな天変地異が起ころうと絶対に許さないと、過去の聖南は思っていた。 けれど彼の思いを逃げずに聞き、対話するごとに人となりを知り、聖南の憎しみは少しずつ薄れていった。  今回と父親の件は似ているようでいて違う。  だがしかし、葉璃が知っている聖南は何も変わらない。 六つも年下の恋人から、散々っぱら〝大きな子ども〟だと表される聖南は、確かにずっと考え方は変わっていない。 「……悪くねぇよ」 「……はぁ、……もっとうまく言いたいのに……。 俺は人付き合いをした事がないのでこういう経験も無いし……うまく言えないです……。 結局へたくそです。 ごめんなさい……」 「なんで葉璃が謝んの? 分かったよ、言いてぇ事は」 「……ほんとですか? 少しは伝わりました?」 「あぁ。 ようは、早く仲直りしろって事だろ?」  葉璃に諭された聖南は、笑みまで浮かべて大切な恋人を抱いていた。  彼はまさしく、聖南の心の安定剤。  自身が柔軟だとも、広い心を持っているとも思わないが、誰あろう葉璃がそう言ってくれているのだから、きっとそうなのだ。  今なら嘔吐かず、落ち着いて対話が出来そうである。  他ならぬ聖南の恋人が、成熟したはずの大人同士に〝仲直り〟を促している。 聖南は葉璃の言葉であればどんな事でも受け入れて、呑み込む。  それが聖南にとっての最善だからだ。 「簡単過ぎますけど、……そうです。 でも聖南さんの気持ちも痛いほど分かるし、俺もまだ社長さんを許したかっていうとそうでもないし、ほんとはあんな提案聞き入れたくなかったですけど、結果的に聖南さんを守れるなら俺は何でもしますって感じで、……!」 「──あんな提案って?」

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