292 / 539

28❥6

「セナ、……私を許してほしい」 「いや許すも何も……!」  聖南は父親と名の付く者二人ともから、頭を下げられている。  確かに傷付いた。  前触れのない、揺るがないものだと信じていた信頼関係の破綻が悲しかった。  これまで一度も聖南を見捨てなかった社長に裏切られたという気持ちは根深く、日を追うごとに心が痛かった。  入ってはならない二人の間にヒビが入ってしまった。 となると、聖南は大塚芸能事務所に籍を置いているが、それさえも考え直さなければならないと極論に至りかけていたのである。  幼かった聖南が無性の愛を与えてもらえなかった頃、唯一信じられる大人として社長の存在が脳にインプットされていた。  だからこそ心の傷は深かった。  許す、許さない以前に、〝仲直り〟の末に信頼関係をもう一度構築していく事が出来るのか、皆目分からなかった。  けれど、目前の光景は聖南の懸念を一蹴しかねないほどの動揺を生んだ。  狼狽えるのも致し方なく、過去の経験上、立場ある年配男性にそうされると何ともいたたまれない気持ちになるのだ。 「マジでもうやめてくれって……」  気が済まないのか、いくら聖南が制止しても社長は頭を垂れたまま。  静かに、苦々しく後悔を語る。 「これからはお前達の関係を全面的に応援し、フォローしていく。 これまでがそうでなかったわけではないんだが、姪の熱心さに揺れ動いたのは事実だ。 ゴシップがキッカケでお前達CROWNと上り調子のETOILEが脅かされるのは、事務所としても痛手でしかない。 だが、少々混乱していたとはいえお前の気持ちを微塵も考えられなかった私は……父親失格だ。 これは事務所の取締役としての謝罪ではない。 一人間として、許しを請うている。 ……すまなかった」 「………………」  棒立ち状態の聖南に、粛々とくぐもった声での詫びが語られた。  ルイから聞いた話が本当であれば、社長は犯人が特定される前から聖南への発言を後悔していた。  又聞きではとても信じられなかったが、立場ある身としても、男としても、プライドを捨てていつまでも聖南に頭を下げ続けている社長に、心無い言葉を投げ掛ける事などとてもじゃないが出来なかった。 「……泣いてたんだって?」  聖南の声に、社長がようやく顔を上げる。  いつかの実の父親と同じく、長く頭を垂れていたせいでその顔は紅潮し、一瞬視点が合わなかった。 「誰がそんな事を」 「ルイだ。 ……葉璃も言ってた。 事情聴取専門の刑事みたいな社長が?って全然想像つかなくて、鼻で笑ってたんだけど。 マジだったんだな」 「………………」 「俺、人がいいらしいんだ。 社長はどう思う?」 「……この私がお前に頼りっきりだったくらいだ。 的を射ている」 「やっぱり? ……じゃあもういい。 この話は終わり」  傍から見ると〝親子喧嘩〟に違いなかったのだ。  聖南にとっては〝所詮〟と言えない心境にあったが、何があっても聖南を信じると豪語してくれた葉璃がそばに居てくれたおかげで、心は痛かったが先行きの不安は少しも無かった。  怖くもなかった。  これがいわゆる喧嘩で済む話だとしたら、事態を察してすぐに聖南を庇ったアキラとケイタ、そして恭也と共に、後々笑い話にすればいい。 「……セナ……」 「普通の親子は殴り合いの喧嘩にまで発展するって聞いた事ある。 て事は、家族ってこういう言い争いは日常茶飯事なんじゃねぇの? 俺は経験無いからよく分かんねぇけど」 「……許して……くれるか?」 「謝ってる人間に毒吐くほど、俺は最低野郎じゃねぇよ。 相手がどうでもいい奴だったらまだしも、俺と社長の仲じゃん。 ……もういいよ」  これほど気弱な社長は初見である。  見ていられず「座れ」と促した聖南は、自身もソファに腰掛けた。  親しい人物とのいざこざは嫌いだと、身を持って知った。 または葉璃に指摘された通り、容易く〝人を嫌う〟事が出来ないだけなのかもしれない。  今すぐに百%彼を信じられるかと聞かれると、即答は無理だ。 しかしまだ、聖南は彼と事務所に恩返しが済んでいない。  のたれ死ぬ寸前だった聖南を生かしてくれた恩は、そう簡単に返せるほど薄っぺらくはないのである。 「さっき葉璃とバッタリ会って話したんだけど」  ふぅ、とひと呼吸置き、気持ちを切り替える。  謝罪を受け取ったからには、例の一件と社長の提案とやらを聞く必要があった。 むしろ今はそちらの方が大事だ。 「ああ、ハルに会ったのか。 何か聞いたか?」 「まぁな。 でもアレ撮った犯人を特定したらしいっつー事しか教えてくんなかったんだよ。 他にも葉璃と話してたんだろ? 何だったの?」 「それは……。 しばらく君達は離れて暮らしなさいと話した」 「はっ!? なんで!」  もしや〝社長の提案〟とはその事かと、冷静さを取り戻していた聖南の頭に血が上る。  藪から棒にもほどがある。  たとえどんなに流暢な説明が成されようが、聖南が納得するはずはない。  何故そんな提案を出すに至ったのか、しょうがなしに聞くだけ聞いてやると凄みかけたその時、社長のデスクに置かれていた携帯電話に着信が入る。  それを手にした社長が、画面と聖南を一往復した。 「おっと……。 セナ、父親からだぞ」 「えぇ? 康平?」 「申し訳ないが後程かけ直そう」 「あ、いや……出てやって。 ついさっき俺にも着信あったんだ。 急用だといけねぇ」 「セナにも着信が? ……はい、大塚」

ともだちにシェアしよう!