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 聖南の前で実父からの着信を取った社長は、いつもの刑事面で相槌を打っている。  マイペースな父親の急な連絡とは、ただの世間話だったのか。 あまり社長はものを発さない。  腰掛けて待っている聖南は手持ち無沙汰の上、喉が渇いた。 しかし今日に限って煎茶を運んでこない神崎を、やはり訝しく思う。 「あぁ、……そうだな、うん。 ……セナなら目の前に居るが。 ……セナ、親父さんがお前と話したいそうだが」  同級生同士の通話が長くなりそうなので、階下で飲み物を調達しようと考え立ち上がった聖南に、社長がストップの合図で掌を見せた。  代われとでも言われたらしく、今時代には珍しい二つ折りの携帯電話を寄越される。  ここで拒否すると後々とても面倒な事になる。 何を隠そう、聖南の実父こそ〝大人子ども〟だからだ。 「……何?」 『聖南か! まったく、私の電話を何度無視する気だい? 寂しいじゃないか』 「何度も無視はしてないだろ。 さっき掛かってきたのは社長と話する前で、タイミングが悪……」 『いいから、いいから』 「………………」  かけ直すつもりだった、とまで言わせてくれない父親のマイペースさに、聖南はいつも苦笑を浮かべる羽目になる。  社長との諍いなど可愛いものだと思えるほど、この父親と聖南の確執はとんでもなかった。  葉璃の爆発がキッカケで、とてつもないスピードで父親の言う〝和解〟にまで至り、あちらから不定期で連絡がくれば逃げずに対応する事も出来ている。  通話する度に〝康平はヘンだ〟と率直な感想を抱く聖南は、共に暮らす事で彼の影響を受けなくて済んで良かったかもしれないとまで思った。  今日もまた、通話を切る頃には恐らく同じ感想を抱くだろう。 「話があるって何?」 『別にないよ?』 「はぁ?」 『ところで、CROWNの次のツアーは時期も決まっていないのか? 昨年までは毎年まわっていたじゃないか』 「俺が今それどころじゃねぇんだよ。 来年の三月までは企画書も出せねぇ」 『そんなに忙しいのかい?』 「まぁな」 『聖南、スピーカーにしてくれる? 大塚に言いたい事がある』 「……ん」  話は無いと言ったりツアーの有無を問うてきたり、やはり意味不明な男だと苦笑を濃くしながら、社長の携帯電話を彼のデスクに置いた。  操作方法が分からなかったので、「スピーカーにしろって」と社長に言い、操作を任せる。 「どーぞ」 『コラッ、大塚! あまり聖南をこき使うんじゃない! 魅力と才能に溢れた我が息子が多方面から引っ張りだこなのは分かる! しかし少々働かせ過ぎではないのか!』 「……すまん」 「おい、本人聞いてんのに恥ずかしい事言うな」 『今までの仕事量でも聖南は睡眠不足だったんだぞ! 一体どれだけの仕事を聖南に任せておるんだ!』 「なんで俺が睡眠不足だったって分かんの」 『なんとなくだよ、なんとなく! そういう顔をしていたからかもね!』 「………………」  声色から口調から、大会社の副社長とは到底思えない意気揚々さである。  父親らしい事を何一つしてやれなかったから、今後の自分を見てほしいという言葉そのままの発言に、聖南の心がむず痒い。  聖南は仕事量に不満を覚えた事も、睡眠不足だからと仕事を疎かにした事も無かった。  普段の仕事に加え、レイチェルへの楽曲提供が聖南の心身を圧迫してしまったけれど、それも彼女への同族嫌悪を抱く前はさほど苦に思わなかった。  好意を寄せられている事についても、こうも長引くとは想像だにしていなかった聖南が迂闊だったというだけだ。  何にせよ、聖南の隣には常に安定剤である葉璃が居てくれた。 眠りの浅かった聖南が良質な睡眠を取れるようになったのは、葉璃の存在が大きい。  同じ業界で働く者……先輩としての〝セナ〟の背中を追いたいから頑張るのだと、声高に宣言してくれる葉璃が居るからこそ、聖南も頑張れている。  疲労の滲んだ顔を世間に晒した事は無いはずだが、父親面したがる彼にも思うところがあるのだろう。  たった今 聖南と〝和解〟した社長へ、実父としてかトップに立つ者としてなのか定かでない、苦言を呈し始めた。 『そりゃあね、大塚に聖南を預けたようなものだから、私が口出すべきではないよ。 でもダメなものはダメだ。 人にはキャパシティってもんがあるだろう?』 「その通りだ。 大変申し上げにくいのだが、私は君から預かった大切な息子を傷付けてしまい、……先ほど謝罪したところで、深く反省している。 今後のセナの仕事量も見直すつもりだ」 「いや社長、それは言わなくていい……」 『何!? 聖南を傷付けただと!? 何をしたんだ!』 「……っ、それは、……」  社長は、預かった息子への失態を苦に、その親からの叱責覚悟で馬鹿正直に吐露した。  伏せておけば良かったものを、実父にも詫びなければと気持ちが急いたらしい。  自身を含め感情的になりやすい男達の不器用な始末に、聖南は一部始終を聞きながら頭を抱えた。  ところどころで社長から「話しても良いか」と尋ねられ、その都度聖南は「好きにしろ」と答える。  康平は業界と通ずる大手広告代理店の副社長だ。 尚且つ、和解を喜び〝息子第一〟と銘打つほどの親バカとなった。  諸々がバレたところで、葉璃との関係をも大手を振って応援してくれている父親の事だ。 聖南の案ずる最悪な事態には、なりようがない。  それどころか……。

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