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『──ちょっとちょっと。 大塚、君は私より長く聖南のそばに居て、見守ってくれていたんじゃないのか。 本質を見誤っているぞ』 「……まったくその通りだ」  父親は社長の語った事の次第を、時折「はい~?」と素っ頓狂な相槌を挟みながら聞いていた。  その後受けた言葉は、さぞかし社長には耳の痛かった事だろう。  何しろ二年前と立場が逆転してしまったのだ。 非常に居心地の悪い胸中である事は間違いない。 『私のせいで家族というものを知らぬまま成長した聖南は、お前を心底慕っていたはずだが。 何がそうさせた? 聖南の周囲で何かが起きているのか? 私で良ければ力になるぞ』  父親の声色が落ち着いたので、聖南はソファに掛けて足を組んだ。  駐車場で葉璃が待っていると思うとヤキモキする。 加えて、未だ潤う事のない喉がカラカラに乾いている。  口寂しさにガムを噛んだ。  父親の発言の後、静かな沈黙の時が流れていた。  これでまた一人、例の一件を知る者が増えたわけだが、聖南も初耳の驚愕の情報を聞いた後ではもはや、協力者は何人居ても構わない心境だ。  特定したという犯人像も、その人物の思惑も、聖南ではなく葉璃をターゲットにしているかもしれないという憶測も、すべてがハッキリしない段階のため聖南には本当にお手上げなのだった。 「……こちらでも色々と調べを進めている最中なんだ。 リスクヘッジを考え、セナとハルは一時離れて過ごすよう提案したところで……」 『えー!? 大塚、待ちなさい! 君ねぇ、そんな事をしたらまた聖南が悲しむじゃないか! 聖南はこの私にさえ葉璃くんとの同棲をウキウキ語ってくれていたんだぞ! 過去の事は水に流せないし、父親と呼ぶつもりはないと前置きは欠かさないが! しかし聖南は確実に、私に心を開いてくれていると知って嬉しかったのだ! 聖南と葉璃くんを離しちゃいかんよ! 何考えてんの!?』 「………………」 「………………」  電話越しの声が音割れするほどの、猛烈な捲し立てであった。  社長は携帯電話に向かって呆気に取られた表情で固まっており、聖南はというと……不覚にも吹き出してしまいかけた。  同棲を始めてすぐの頃、確かに康平から連絡があって応対した。 その際に〝葉璃と同棲してんだ〟と話した記憶はあるが、それがウキウキに聞こえたのなら、聖南は繕っていたい父親の前ですら惚気ていた事になる。  今すぐ通話を切ってほしいほど、気恥ずかしい。  聖南のウキウキが功を奏し、社長の提案を見事崩しかけているがとても平静でいられない。  ほとんど感じる事のない羞恥を覚えた聖南は、両手で顔面を覆った。 『……なぁ大塚。 君の言うリスクヘッジとは、大塚芸能事務所を守る事のみに突出した無謀な提案だ。 聖南にとっては特にな。 そうだろう? 聖南』 「………………」 「………………」  今日の父親はとても、〝父親面〟がうまい。  社長に代わり、自らの方が聖南を分かっているとでも言いたげに、優位性をアピールしているようにも聞こえる。  だが助かる。 その件について社長との会話を明かさなかった葉璃は、ほぼほぼ離れる事を了承したと見ていい。  きっとそれは聖南の事を案じてであろうが、その決断はあまりにも早計だ。  父親の言う通り、聖南にとってそんなもの……名案とはとても言い難い。 「……何があっても、俺は葉璃と離れるつもりはねぇよ。 葉璃がその提案にOK出してたとしても、俺は納得いかないから呑まない」 『だよねー!』 「……軽いな、おい」 「しかし……二人の関係を暴くために不気味な輩から尾け回され、万が一撮られてしまったらどうするんだ。 公にしたくないというのは、他でもないハルの当初からの願いなのだぞ」 『そういう時にこそ私を頼りなさい! 聖南、後でまた連絡するから今度は無視しないでくれよ』 「だから無視してねぇって……」 『じゃあ一旦切るから!』  バイバーイ、と副社長らしからぬ軽快な挨拶の後、すぐに通話は切られてしまう。  聖南と社長は顔を見合わせた。  諍いの発端であるゴシップの一件を父親に知られてしまったが、何やら得策でもあるのか〝頼りなさい〟と自信たっぷりだった。  和解直後はしおらしく大人しかった父親が、接するうちにみるみる本性を出してくるのには参る。  社長と実父、二人の父を持つ聖南にとって奇妙な会話ではあった。  けれど今日は、ほんの少し頼もしく思えた。 ──主に実父の方に。 「……何だか私は、つくづく空回っているな」  社長がポツリと零す。  あからさまに気落ちした声に、聖南はフッと笑った。  この際だから言ってしまおう。  親バカ登場の次は、姪っ子バカに物申す番だ。 「二年前のスキャンダルの時、俺を責めてた幹部達がそうだったよ。 あの時アキラとケイタが俺のこと庇ってたけど、さり気なく社長も背中押してくれてたよな。 ……忘れた?」 「いや……忘れていない」 「あのさ、俺思うんだ。 どこからおかしくなったかって、こう言っちゃなんだけどレイチェルが現れてからじゃん。 俺も一ヶ月で曲作る事になってヤバくなって……って、これはまぁ俺が自分で言ったんだけど。 その後も無茶なリテイク要求されるし? 社長が俺に丸投げしてんのは悪いと思わねぇけどな、節度ってもんがあるよ」 「……返す言葉も無い……」  しょんぼりと肩を落とす社長との話は、ひとまず終わりだ。  思いがけない実父への吐露により、聖南も一通りの情報は聞き出せた。  葉璃が聞いた事と相違無いのであれば、これ以上の会話は推測の域を出ない。  聖南は小さな笑みを携えて立ち上がった。 「まぁ……康平は親バカ、社長は姪っ子バカ、俺は葉璃バカってとこだな」  三者三様の的確な例えに、自虐的な笑みが漏れる。  一つとして言い返す事の出来ない社長も、退室する聖南を引き止める事なく似たような苦笑を浮かべていた。

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