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… … …  注意深くならざるを得なかった帰宅後、聖南と葉璃は状況を整理する事にした。  そのお供はもちろん、聖南が淹れたアップルティー。 今日は葉璃に所望される前から、自身を落ち着かせたくもあって聖南のチョイスだ。 「──不安しか無いです」 「なんで?」 「えっ……」  葉璃の呟きにすかさず首を傾げた聖南に、右隣の定位置から非難めいた視線が飛んでくる。  社長の提案を蹴ったと聞かされた葉璃のそれは当然だ。  帰宅途中、車内で実父の電話を取った事で、聖南は自らの立場が不確かでないと悟って嬉しかったのだが──。 『明日から聖南と葉璃くんに護衛付けるねー! あと聖南が住んでるマンションの警備員を増員しておいたよ! マスメディアにも釘刺しといたから安心してくれー!』  ──と、いかにも〝頼れるお父さんだ〟と言ってほしそうなハツラツさで、現時点における二人の不安要素を取っ払う算段を父親に熱く語られた。  護衛と言ってもあからさまなものではなく、探偵のようにそれぞれをこっそり見張るよう伝えているとかで、聖南と葉璃にもその人物を知らされていない。  自宅の警備員増員についても、父親が直にマンションオーナーへと連絡を入れ、有名芸能人が住んでいるのに警備が手薄ではないのかとコチラ都合な不満を訴えたという。  しかしそれはどうにもならないらしく、費用は負担する旨と共に一時的に警備員を増員するよう求め、早速明日から適用されるのだとか。  そしてなんと言っても、顔の利くマスコミへの素早い釘刺しには恐れ入った。  ちなみに、各マスメディアの広報部へ、副社長直々のメールで一斉送信された通達内容はこうだ。 〝~~、今後、大塚芸能事務所所属のタレント、アーティストに関するスキャンダルの取り扱いには、十分に注意する事。 後に誤報であると判明した際の御社との協力関係は、弊社にて協議対象となる。〟  文面を転送してもらった聖南は路肩に車を停め、「怖っ」と呟き身震いした。  はじめに近年のゴシップ報道や取材のあり方を疑問視する文言と、昨今の信憑性の薄い記事への警鐘が綴ってあり、その後に上記文面が記されている。  CROWNやETOILEに限定せず〝大塚芸能事務所に所属する者〟と大きく括ったのは、通達をする事で興味を惹かれた記者による聖南のゴシップ内容の特定を防ぐためだ。  大手広告代理店の副社長である聖南の実父と大塚社長が同級生だという噂は、すでに何年も前から各所に広まっている。  既出の副社長と聖南が親子関係にある事を知る者は少ないが、業界の権力者であればあるほど周知の事実なのだ。  よって、事務所内外の誰が行っても効力の薄いこの通達が即日成された事で、父親の〝釘刺し〟は完了した。 「古典的だよな。 でも金と権力に物言わせてるのは嫌いじゃねぇ」 「………………」  葉璃は未だ社長の提案を推している顔だが、別居など受け入れられない聖南は父親の手出しに深く感謝している。  何せ聖南自身で手を打てる事とそうでない事がある。  護衛も警備員増員も考えられない案でもないが、葉璃が窮屈な思いをしてはいけないと、聖南は踏ん切りがつかなかった。  まずは目先の危険を回避したい父親の息子バカが、今は非常に役立っている。  しかし葉璃はというと、アップルティーに手を伸ばす事なくムッとしている。 自分が聖南のそばに居る事こそが危険だと思っている、だから考え直せと言わんばかりに、帰宅するまでに二回は同じ事を力説された。 「……俺、聖南さんの事が心配です。 だって俺より失うものが多いじゃないですか……」 「まーたそれ? 何回言い返せばいいんだよ」 「だって……だって……」 「だってじゃない。 俺は葉璃を失う事だけが怖いんだ。 離れてりゃいいってもんじゃねぇよ。 それだけでこの問題が解決するようには思えねぇし」 「でも……」  相変わらず葉璃は、他人……主に聖南の事となると究極に頑固だ。  別居など冗談じゃないと憤慨した聖南に対し、聖南を守れるのならと快諾した葉璃の気が知れない。  守りたいと思ってくれるのは嬉しい。 健気で、素直で、可愛いとも思う。  しかしながら、葉璃は聖南を分かっていない。 「葉璃ちゃんは俺の事が心配なんだろ?」 「……はい」 「じゃあそばに居てよ。 葉璃が居なくなったら、俺もう生きてけない」 「聖南さん……」 「食欲も落ちるし、眠れなくなるし、仕事のモチベーションも下がるし、てか仕事行きたくねぇ!ってなる。 それは葉璃が一番分かってる事だろ? 俺がそうなってもいいの?」 「い、いや、よくないです、けど……!」 「俺は葉璃を中心に世界が回ってんだよ。 誰にも邪魔されたくない。 俺は葉璃と居たい。 そばに居てくれなきゃ困る。 俺から離れるなって何回も口酸っぱく言ってるだろ」 「……むぅ……」  聖南を案じた葉璃の頑固さを解くのは、かなり骨が折れる。  顔を覗き込んでも聖南と目を合わせようとしない。 「心配なのに」と一言ぼやいて手遊びし、しまいには唇を尖らせプイッとそっぽを向いた。  けれど聖南は、フッと笑みを零す。  いつの間にか〝当事者〟になっていたと知り、聖南のそばに居てはダメだとぐるぐるし始めた葉璃への対処法は、すでに心得ている。 「……葉璃、唇かわいくなってる。 ちゅーしたいの?」 「ち、違いますよっ」 「違う? ほんとに? 俺とちゅーしたくない?」 「あっ、違っ……! そういう意味じゃ……んっ」  真っ赤な顔で聖南の方を向いた葉璃の肩を抱き、流れるような動作で触れるだけのキスを落とす。  その一瞬で全身を硬直させた葉璃は、唖然とだがようやく聖南の瞳を射抜いてくれた。

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