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43♣︎10

 俺のお茶目なジョークをことごとく真に受けるハルポンを引き連れて、社長室の前までやって来た。  まずは秘書室の門番、神崎さんを突破せんことには社長には会えん。  リズミカルにノックをした俺は、向こうからの返事もそこそこに扉を開けようとした。  しかし、その時やった。 「お邪魔すん……うぉっ」  向こう側からガチャッと扉が開いて、俺は派手に後ろにのけ反った。  ……なんかデジャブやな。  ヒナタちゃん(ハルポン)と出会った時も、こんなシチュエーションやった気がする。 「まぁっ、ごめんなさい! お怪我はありませんか?」  俺の存在に気付いて二歩ほど後退した人物が、甲高い声を上げた。  神崎さんやないその声の主に視線をやる。すると俺とハルポンは、「あ……」と声を揃えた。 「本当にごめんなさい。ノックをしてくださったのに」 「いや大丈夫や。俺もいきなり開けてすまんかった」 「うふっ、驚きましたわ」  天然の金髪をかき上げて「うふふ」と笑うその人は、噂ばっかりが先行してる〝レイチェル〟やった。  セナさんとのゴシップ写真でしか見たことなかったが、生のレイレイはそらもうかなりのべっぴんさん。  背中辺りで切り揃えられたブロンドの髪と、カラコンじゃこの色合いは出せへんいうほど綺麗な青い瞳。平たい顔の多いここでは浮いてしゃあないやろってくらい、日本人離れした整った容姿。  まず間違いなく写真に写っとった人物やって分かっときながら、俺は秘書室に足を踏み入れながら聞いてみた。 「自分、……レイレイか?」  あ、しもた。あだ名で呼んでもうた。  俺とセナさんしか知らんこの呼び名をレイレイが知るはずもなく、「レイレイ?」と首を傾げた。 「……あなたは?」 「俺はルイ。弓矢ルイ言います。この子は……」 「ハルさん、でしょう?」  ── うわ、なんや。めっちゃ圧を感じてんけど。  いつの間にか俺の後ろに引っ込んでたハルポンを紹介しようとすると、かなり食い気味に「存じています」とニッコリ微笑まれた。  俺の背後から少しだけ出てきたハルポンは、人見知りを大発揮して自分の袖口をギュッと握った。 「ルイさん、あなたははじめましてですけれど、ハルさんのことはよく存じておりますわ。私はレイチェルと言います。お会いするのは初めてですよね。よろしくお願いします」 「あ、っ……はい、よろしくお願いします……」  レイレイの圧に完敗しとるハルポンは、見とって可哀想なくらい肩が内側に入っとる。けどそれは多分、ハルポンがレイレイと初対面やからってわけやない。  まぁ……気持ちは分かるわ。  我が恋人がこのレイレイとなんべんも写真撮られてるんやもんな。  初めて面と向かって喋ったんなら、レイレイが写真通りのべっぴんさんやと知って卑屈な思いがぐるぐるしとるんかもしれん。  ……それにしても圧がすごいな。  俯いたハルポンをジーッと見とるレイレイの目力は、ハンパやない。 「お二人とも、おじさまにお話があったのでしょう? ごめんなさいね、通せんぼしちゃって」 「あぁ、いや、かまへん。そんじゃハルポン、行こか」 「はい、……」  あまりにハルポンを凝視しとるんで、俺はレイレイの視線から避けたるようにハルポンを背後に隠した。  そないにガン見してたらハルポンが溶けて減る。そんくらいの凝視やった。 「神崎さん、こんちは。今ええかな、社長」  デスクで仕事中の神崎さんに目配せすると、返事の代わりにペコと頭を下げて挨拶された。  神崎さんはいつもこう。アポ取らんでも俺のことは顔パスで通してくれる。  そんじゃ、とレイレイの脇をすり抜けて、社長室の扉をノックしようと俺が右腕を上げた瞬間。  「一つお伺いしたいのですけど、ハルさん」と、レイレイがハルポンを名指しで足止めした。 「あなたはセナさんとどういう関係なのかしら?」 「えっ?」 「はっ!?」  振り返った俺とハルポンは、見事に声をひっくり返らせた。  なんや、どういう事や。なんでそんなことをハルポンに聞くねん。  俺のコートを、動揺したハルポンがギュッと握る。 「ちょお待て、いきなり何を言い出してん!」  唖然としとるハルポンの代わりに、俺が聞いたった。  だってなんか、まるで確信しとるように言うたから。〝お伺いしたい〟やなく、〝ハッキリさせたい〟ように聞こえてんもん。 「私、あなたにずっとお会いしたかったんです」 「え……?」 「そらどういう意味や」  さっきから喋ってんのは俺なんに、レイレイはずっとハルポンを見とる。  ばあちゃんが仏壇からニョキッと出てくるかも、と怯えてた時以上にビビってるハルポンを見て、レイレイはふっと笑顔を消した。 「セナさんとハルさんは、本当にお隣同士に住んでいるのですか? まだデビューして間もないハルさんが、セナさんと同じ高級マンションにお住まいだと聞きました。それは本当なのですか?」 「あ、いや……あの……」 「どうして、デビュー間もないハルさんがあのような物件に住むことが出来るのかしら。しかもセナさんのお隣だなんて」  あ、あのような物件? ── って、レイレイはセナさんの家を特定しとんのかいな。しかもそこにハルポンが住んでることも知っとるやなんて……。  社長か? この情報流したんは社長なんか?  レイレイがセナさんにラブやったとしても、家まで教えたらあかんやん。  あとで問い詰めんと。 「え、えっと、……あの……衣装部屋として借りてる部屋を、俺は聖南さんのご厚意で提供してもらってるだけです。俺、実家が少し遠いので……」 「じゃあ、ハルさんがあそこに住んでいるのは本当なのですね?」 「れ、レイチェルさんが言ってる「あそこ」っていうのが、俺にはどこだか分からないですけど、……」  ……おぉ、ハルポンうまいこと言うやん。  確実に家を特定されとる雰囲気を出されても、レイレイの口車に乗ったら〝同棲〟まで白状させられかねん。  なかなか頭が回っとるハルポンなら対処できるやろうと、俺は黙って二人の会話をしばらく見守った。 「セナさんに恋人がいらっしゃるのはご存知ですよね?」 「は、はい……」 「それがいったい誰なのか、どんな〝女性〟なのか、私もとっても気になっているんです」 「……はい、……」 「けれどこの時勢、セナさんのお相手が〝女性〟とは限らないのかもしれない……私はそう感じていますの」 「…………」  ハルポンが顔を上げた。  レイレイと目が合ってビクッと肩を揺らしてはおるが、負けじと睨み返してる。  この言い草からして、レイレイはマジでセナさんとハルポンの仲を知ってしもてるんやろな。  それをセナさんには言わんと、偶然会ったハルポンに問い質すっちゅーことは……これぞまさしく〝牽制〟やんけ。  一般の女がいかにヤバいか、ついさっきハルポンに語ったばかりの俺は苦笑いするしかなかった。  世の中の女全員がそうとは限らんで、というフォローを入れ忘れたんやが、その必要は無さそうや。  うまいこと気配を消しとる神崎さんをチラ見して、俺は火花散る(ように見える)二人の間に割って入ろうとした。 「レイチェルさんっ、そ、そ、それって、どこからの情報なんですか……? 何を根拠に、そんなことを言うんですか……っ?」 「情報? 私は、〝そう感じている〟と言っただけですわ」 「で、でも、そう感じるようになった〝情報〟が無いと、そんな風には思わないと……!」 「…………っ」  間に入る直前、俺はなんとも珍しい光景を目にした。  十中八九、自分たちの関係がバレてると悟ったはずやが、なんとあのハルポンが理性的に言い返し、圧のすごかったレイレイを推し黙らせたんや。  ようやった。ハルポン、よう頑張った。 「レイレイ、もうええかな。俺ら社長に用があんねん。それにな、あんまりハルポンのこといびったらんでくれ。自分、目がキッツイねん。目は口ほどに物を言うってマジなんやな」 「……あなたの言葉は難しくて聞き取れません」 「そら難儀やな。……ハルポン、行こ」  今度は俺の前にハルポンを隠して、気持ち強めに社長室の扉をノックした。  レイレイの視線が俺の背中にグサグサ刺さってたけど、それはハルポンの指圧でクシャクシャになったコートを哀れんでるだけやと思いたい。  いや、そんなことはどうでもいい。  まさか第二の〝牽制〟が入るとは夢にも思わんかったやろうに、ハルポン、怖気付かんとよう頭働かせて言うたったな。  マジで……偉かったで。

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