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♡ 葉璃 ♡  俺は人生で初めて、「食欲が無い」って言葉を発した。  それを聞いたルイさんは慌てふためいてたけど、さっきのことがまだぐるぐるしてるせいだって言ったらすんなり納得してた。  あのレイチェルさんと、まさかあんなタイミングで出くわすなんて思わないじゃん……。しかも俺と聖南の関係を知ってるような口調で、「どうして新人の俺なんかが聖南の隣に住めるんだ」って……。しかもまるで、住んでる場所まで把握してるみたいに。  ルイさんは社長さんを疑ってた。ていうか実際に、「なんでレイレイにセナさん達の住んでる場所教えたんや!」ってかなり強めに詰め寄ってた。  でも社長さんは、場所なんて教えてないんだって。もちろん、俺の住所が聖南の住まいの隣だってことも。 「めっっちゃ匂うよなぁ……」  一人前のパスタで満足した帰り道、ハンドルを握るルイさんがボソッと呟いた。  匂う……と言われても、俺にはルイさんの香水の匂いしか感じないけどな。  何が匂うんだろう。……あ、そっか。もしかして……。 「ルイさんペペロンチーノでしたもんね。レジで貰ってた口直しのガム、食べました?」 「いいや、食べてへん。ハルポンが貰ってたやんな。一つちょうだい」 「あっそうでしたっけ。……ほんとだ。匂うなら二つともどうぞ」  スッと左手を出されて思い出した俺は、鞄の外ポケットに無造作に入れてた板ガムを二枚、ルイさんの手のひらに乗せた。  ルイさんが食べてたイカのペペロンチーノは、たしかに結構匂いが強かったもんな。  でもそのガーリックの匂いがすっごく美味しそうで、「食欲が無い」なんて言っときながら俺は一口お裾分けしてもらったくらいだ。 「── いや待て。あっさりハルポンワールドに引き込まれてたけど。俺の口がニンニク臭でいっぱいなわけちゃうくて」 「え、違うんですか? でもあのペペロンチーノ美味しかったですよね。俺が食べたカルボナーラも美味しかったんですけど、ペペロンチーノの方が好きでした」 「ん、まぁそうやな。そんな好きやったんなら取り替えたったのに。ハルポンが「一口ください」って言うくらいやもんな。あのイカがまたええ味出してて……って、またハルポンワールド!!」 「えぇっ? さっきからなんですか、それっ」  「そうやない!」って、そんないきなりテンションMAXでツッコまれても。  あと何? ハルポンワールド?  また俺、揶揄われてる……?  器用にガムの包み紙を二枚とも開けて、もちゃもちゃ噛んでるルイさんのほっぺたを見ながら、俺は膨れた。 「食欲無い言うから心配してたんに。その分やと少しはぐるぐる沼から脱出出来てんか?」 「……ぐるぐる沼?」 「ばあちゃんに線香あげに行く前や。レイレイにバッタリ会うたやん。食欲無かったんはそのせいやって、ハルポン自分で言うてたやろ」 「あ、あー……そうでした」 「そうでしたて……」  忘れてたわけじゃないんだけど、それはあえて考えないようにしてた事だ。  おかげで、美味しいパスタも一人前しか喉を通らなかった。元々今日はいっぱい食べられる気がしなくて、俺の意見でパスタになったのに。  毎日の夜ご飯の時間を楽しみにしてる俺みたいな人間にとって、「食欲が無い」のは由々しき事態なんだよ。 「社長もビックリ仰天してたやん。あの反応はマジやと思う」 「俺、社長さんを疑ってはいませんでしたよ。正直そこまで頭が回ってなかったんで……」 「そうは言うけどな、ハルポンはよう言い返したと思うわ。冷静にレイレイの言葉聞いて、ちゃんと頭ん中で整理してたんやろ」 「んー……」  そうかなぁ……。  さっきの光景を思い返してみても、俺はとても冷静なんかじゃなかったと思う。  写真よりも綺麗な人だ、俺より背が高い、何歳だか知らないけど色気ムンムンだ……こんな事ばっかり頭の中をよぎってた。  揚げ足を取るようなことを言っちゃったのは、たぶん……単に悔しかったからだ。  ものすごく視線を感じて目を合わせてみたら、少しだけ笑われた気がしたんだもん。 〝あなたみたいなちんちくりんがセナさんの恋人だなんて〟  これは、レイチェルさんが俺と聖南の関係を知ってることを仮定してのネガティブ感情だけど。  悔しいじゃん。  まさにその通りだとしても、俺の存在を知っててなおレイチェルさんが聖南に迫ってると思うと、すっごくムカついたのは間違いない。 「レイレイはなんでセナさんの家を知っとったんやろか。それに、ハルポンがそこに住んどることまで。こらプンプン匂うわぁ……」 「あ……その〝匂う〟ですか……」 「今気付いたんかい」  「相変わらず天然やな」と言ってゲラゲラ笑うルイさんには、全然ムカつかない。  ……ってことはやっぱり、俺はさっきの出来事をとてつもなく不快に感じてたんだな。  レイチェルさんが聖南に好き好きアピールしてるって知ってるから、余計に。 「いったいどんなルートで家を特定したんやろか。こっわ……」 「ですね……」  まだ帰るには早い時間だしってことで、スーパーの駐車場に車を停めたルイさんはそこで少しお話するつもりなのか、シートを倒して寝そべった。  俺も真似して、ちょっとだけシートを倒してみる。  ルイさんの愛車は、聖南の車より小さい軽自動車なんだけど、乗り心地もいいし何より思った以上に広々としてる。  それに、おばあちゃんにお線香をあげに行った時も、亡くなった日にお風呂を借りた時も、こうして車に乗せてもらう度にも思ってるけど、ルイさんは見かけによらず結構綺麗好きみたいだ。  体を倒してたら、このまま寝ちゃえそうだ……なんてウトウトしかけてたところに、ルイさんの乾いた笑いが聞こえた。 「今日のこと、セナさんが知ったら激怒するやろな。今すでにレイレイの猛プッシュに辟易してる感じやん、セナさん。それやのにハルポンを牽制するような真似して……」 「あ、そのことなんですけど!」 「ん?」 「聖南さんにはこの事……しばらく黙ってようと思ってて……」 「はぁっ!? なんでや!」  ガバッと体を起こしたルイさんの勢いにつられて、俺も上体を起こす。 「な、なんでやって、こんな事が聖南さんに知れたらそりゃあもうカンカンのプンプンだと思うんです。ただでさえアレルギーとか言って、レイチェルさんのこと毛嫌いしてるのに……!」 「あれはどう見ても食わせもんやろ! セナさんのアレルギー発症は当たり前やと思うわ! ハルポンのことやから、後々の事考えてタイミング見て言おうとか思てるんかもしらんけど、家まで知られとるんやしレイレイの件はすぐにでも知らせとくべきや! てかセナさんに言わんとか絶対あかん、そんなん俺は許さへんからな!」 「えぇっ!?」  る、ルイさんってばすごい剣幕だ……!  ギョッとした俺に、「言うとかなあかんよ!」と怒ってくる。  俺が黙ってようとした理由も、〝タイミングを見て話そう〟としたこともバレバレだった。  でも考えちゃうのは仕方ないでしょ?  聖南渾身のバラード曲を引っ提げて、レイチェルさんは春にデビューするんだ。よく分かんないリテイクを余儀なくされたけど、事務所の人たちは去年の夏前から総出でデビューに向けて動いてる。  その中心に聖南が居るんだもん。  俺との付き合いがバレちゃってるかもとか、家を知られちゃってるかもとか、そんなの周りの人には関係無い。  それなのに、聖南が激怒しちゃったらすべてが水の泡になっちゃうじゃん。  リテイクにOK出した聖南の気持ちを考えたら、簡単には話せないって。 「ハルポン、俺の言うこと聞けへんなら恭也に電話して聞いてみ。俺と同じこと言うと思うで」 「恭也に……っ?」

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