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スケジュールを動かしてまで激励に来てくれた、もう一人のイケメンお兄さんの姿に目を輝かせたのは……俺だけじゃなかった。
「ちょっと、や、やだっ、CROWNのアキラよ! どうしましょう!」
「先輩、落ち着いてください! ……って、そんなのムリですよねぇ!? CROWNのアキラが目の前にいるんだもんー! 先輩どうしましょー!?」
二人揃ってズサーッと壁際に寄って行った先輩後輩さんが、アキラさんの訪問にすっかり乙女の顔になっちゃっていた。
俺が居る試着スペースまで歩んでくるアキラさんを、熱烈なハートマークの視線が追う。
「さっき廊下にケイタも居たのよ!? どういう事なのかしら!? いったい何が起こってるの!?」
「えっ、そうなんですか!? 私そんなの知らなかったんですけど! あっ、さっき言いかけたのってその事だったんですか!? やだもうっ、私もケイタに挨拶したかった! 先輩だけズルいーー!」
「冗談抜きでカッコよかったわよ……まさにため息もの。テレビで観るより本物の方が何十倍も素敵ね」
「キャーッ! いいなぁ!!」
壁際の二人は完全にコソコソ話をする距離なんだけど、声のボリュームを間違えてる。
そんな二人のテンションを前に「大丈夫か?」の返事を出来ないままでいると、アキラさんがとうとう目の前まで来た。
恭也たちが居る方の楽屋じゃなく、わざわざこっちに顔を出してくれたのには訳がありそうなんだけど……壁際が騒がしくて切り出すタイミングを失った。
アキラさんも、ものすごく何か言いたそうな顔をしてる。
でも、ただ傍観してるだけなのはよくないと思った俺は、アキラさんを見上げていきなり謎の宣言をした。
「あ、アキラさん、とりあえず俺はこれ脱ぎます。お話は後ほど……」
「あぁ」
言いながら衣装に手をかけてた俺を見て、察しのいいアキラさんが頷いてすぐに後ろを向いてくれる。
先輩さんの〝一秒も無駄に出来ない〟って言葉が妙に頭に残っちゃってた俺は、急いで着替えを再開した。
二人の女性の位置からは死角になってるとはいえ、さすがにカーテンを開けたままで下着だけになるのは恥ずかしいから、そばにかけておいたバスローブを羽織ってうまく着替える。
腰紐まで結んでしまうと、アキラさんの背中をツンと押して合図した。
「ん? あぁ、まだ衣装受け取ってないのか」
「……はい」
受け取ろうにも、突然のアキラさんの来訪に先輩後輩さんの興奮が冷めやらないんだ。
すぐそこにいい匂いのトップアイドルが居るんだもん。
先輩後輩さん、気持ちはすごくよく分かるよ。アキラさんとケイタさんは特に、アイドル活動の他にドラマや映画にもたくさん出てるから、二人の方が聖南より老若男女の知名度は高いんじゃないかな。
こういう反応に慣れてるだろうアキラさんも、真顔ではあるけど気を悪くした感じではないし。
きっとかなり頻繁に、こういう事が起こってるのかもしれない。
「……あっ、先輩! アキラがこっち見てる! 先輩っ、CROWNのアキラが私のこと見てる!! どうしようっ!? 妊娠しちゃう!!」
「何言ってるの! 見られたくらいで妊娠するわけ……っ!? や、やだわ、私も……」
えぇっ、妊娠って……!
本気のトーンとハイテンションで、先輩後輩さんがありえない事を言い出した。
静かにそれを聞き流してるアキラさんの横顔は、クールそのもの。絶対聞こえてるはずなのに、どうしてそんなに無反応でいられるのっ? と可笑しくなった俺は、つい「プッ」と吹き出してしまう。
「あの、アキラさん……見ただけで女の人を妊娠させちゃうのはどうかと思いますよ……」
「おいハル、真に受けるんじゃねぇ」
「しかも二人も……」
「やめろって」
薄目で嗜められたけど、俺は別に間に受けてるわけじゃない。
あまりにも先輩後輩さんの乙女な反応が可愛くて面白くて。それを黙って見てるだけの、アキラさんのクールさに笑えてきちゃって。
俺は、アキラさんにならいいかなって小生意気な軽口を叩いちゃっただけだ。
腕を組んで〝言ったな?〟とでも言いたげな視線をくれるアキラさんには、そんなのも全部お見通しなんだろう。
「ア、ア、アキラさん! 私どもはここに居てもいいんでしょうか!? ハルさんと、つ、つ、つつ積もる話があるなら退室いたしますが!」
後輩さんの前では冷静な上司って感じだった先輩さんが、壁に貼り付いて何度も噛みながらアキラさんに声をかけた。
「あぁいや、別にいい。十五分でメイクと衣装やんなきゃなんだろ?」
……すごいなぁ。やっぱりこういう熱狂的な反応に慣れてるんだなぁ。
遠巻きにあんなに黄色い声を上げられてたっていうのに、アキラさんはまるで何事もなかったかのように落ち着いていて、事務的に返している。
「そうなんですよ! ということでハルさん、スーツをどうぞ!」
「どうぞ!」
「……はっ、はい、っ!」
アキラさんの言葉に我に返りながらも、先輩後輩さんの声のボリュームは変わらない。
それにつられて返事をした俺に二人が渡してきたのは、カバー付きの薄いグレーのサマースーツだった。
俺は勢いそのままアキラさんと目配せして、シャッとカーテンを閉める。すぐにカバーのチャックを開けてみると、真紅のネクタイが入ってて「ゲッ」となった。
うーん……困ったぞ。
受け取ったはいいものの、スーツなんて事務所のパーティーの時に聖南が用意してくれたものしか着たことがない。
うわぁん……どうしよう……っ。
俺ネクタイ結ぶの苦手なんだよ。
高校時代ブレザーだったからネクタイはあったんだけど、当時も上手に結べたためしが無くて。
恭也に結んでもらったのをそのまま着脱して使ってたから、当然今も全然うまく結べない。
「あ、あの……アキラさん、ちょっといいですか」
「うん?」
男なのに「ネクタイが……」なんて恥ずかしいこと、悩むまでもなく先輩後輩さんには言えなかった。
そこで俺は、先にジャケットまでを素早く着てしまうと、コソッとアキラさんに助けを求た。
カーテンの向こうで俺の着替えが終わるのを待っていてくれたアキラさんが、俺を振り返ってくる。そして、俺のスーツ姿を見てわずかに片眉を上げた。
「……ん、分かった」
「え? ちょっ……俺まだ何も言ってないんですけど……あっ、すみませんっ」
ずいずいっと試着スペースに入ってきたアキラさんが、「急ぐんだろ」と言ってすぐさまネクタイに手をかけて結んでくれる。
俺はただアキラさんを呼んだだけなのに……!
どうして、ネクタイヘルプを出したかったの見破られちゃったんだろっ?
「目で訴えてきたじゃん。〝ネクタイ結んでくれませんか〟って」
「えぇ……っ!?」
ケイタさんに続き、なんとアキラさんにも心の中を読まれた。
鮮やかな手付きで結ばれてくネクタイが、シュルシュルっと生地の擦れ合う独特な音を立てている。
その合間に、アキラさんはふと左腕の時計を見た。それから、こっそり俺たちを気にしているであろうカーテンの向こうの先輩後輩さんに向かって、低めの美声を張る。
「俺ハルの衣装整えとくから、君らヘアメイクの準備してていいよ」
「えーっ!? それは私たちの仕事なのでアキラさんにお任せするわけには……!!」
「いいからいいから。あと八分しかないぞ」
「わっ、本当だ! アキラさんすみません、助かります! では私たちはこっちの準備しておきます!」
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