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表情のみで商品の良さを伝えなきゃならないんだから、頭だけでどうこう考えてちゃダメだっていうのは分かってる。
五時間近くかけて、セットと衣装を替えながら四パターンを撮った。熊さんに要求・指示されるままに、手探りだったけどやりきった。
途中でケイタさんとアキラさんに励まされながら、どこかで見ている恭也とルイさん、満島さんのためにも、俺が弱音を吐いてちゃダメだって。
常にやらなきゃスイッチを稼働して、心が折れないように努めてたつもりだ。
でも……とうとう、恐れていた事が起こった。
夕方四時を過ぎた辺り……いよいよ半裸のバックショットを撮影するとなった今、そのスイッチが切れかけているのが自分でも分かった。
「── 全然ダメ。肩も背中も強張ってる。まったくもって自然じゃない。表情も固すぎる」
「……すみません……」
今の今まで、俺に対してはかなり態度が柔和だった熊さんを、ついに怒らせてしまった。
うまく出来ないことに歯痒さを感じながら、俺は項垂れて謝ることしか出来ない。
謝ってもしょうがない、要求されたことが出来なきゃ意味が無い。── 熊さんは、厳しい視線で俺を見ていた。
〝そんなにかかるの?〟とナメたことを思ってたバチが当たった。
〝このままじゃいつまでもOKが出ないかもしれない〟という焦りと、みんなを待たせているという申し訳なさで、俺の肩はどんどん内側に入っていく。
「どうしちゃったかな。さっきまで撮ってたの、使ってもそれぞれ二秒ずつなんだよ。メインはここ。商品名が入る重要なコマだから綺麗に撮りたい。そんなにガチガチじゃ使えないどころか撮りたくもならないんだが」
「…………」
── 使えないどころか、撮りたくもならない……。そんな悲しい事を、俺は、プロのカメラマンさんに言わせてしまった。
「すみません」としか言えない。
どうしたらいいか分からないから、謝罪の言葉しか出てこない。
そばに立つ熊さんの向こう側から、たくさんの視線を感じる。
恥ずかしい。
みんなが、怒られてる俺を見てる。
呆れてる。
〝やっぱりハルはこの程度か〟── きっとそんな風に思ってる。……みんな
「五分休憩入れるから。今までの撮影を思い出して、自分の中で整理してみてくれるかい。ボクは何て言ってた? このリップクリームのキャッチコピーは何だった? よく考えてみてくれ」
「はい、……」
頷いた俺の肩を叩いた熊さんが、「五分休憩ー!」とスタッフさんに号令を掛けた。
その瞬間、俺はその場に蹲り、膝を抱えて下唇を噛み締めた。
今まで出来てたことが、どうして出来ないの。
今までと何が違うの。
熊さんが指摘してたのは、〝強張った肩〟と〝微笑みが自然でない〟こと。
どっちも難しいことじゃないのに。
どうして……出来ないの。
なんで力が入っちゃうの。
切れかけたスイッチに頼れないんじゃ、〝葉璃〟ががんばるしかないのに……出来ないんだよ。
リラックスしたくても、自然に笑いたくても、今の俺にはそれが一番難しいことだから……ホントに、どうしたらいいか分からない。
熊さんが言ってたこと、キャッチコピー……ちゃんと頭に入ってるつもりだ。
でも考えたって分かんないものは分かんないんだよ……っ。
どうしたらいいの。
これ以上撮影を伸ばすことも、熊さんを怒らせることもしたくないのに……!
「……っ、聖南さん……っ!」
藁にもすがる思いだった。
まだ聖南は到着してない。お昼の籠城事件以来、林さんにも会ってないから、いつ頃来てくれるのかも俺は知らないでいる。
だから俺は、目をギュッと瞑って大好きな人の顔を思い浮かべて、想像の中の聖南に助けを求めた。
殻に閉じこもって周りの声が聞こえなくなっていた俺には、トップアイドル様到着で湧くスタジオの雰囲気に気付けないでいたんだ。
「呼んだ?」
「──っ!!」
大好きな人のリアルな声に、バッと顔を上げる。
そこには、蹲ってる俺を背後から覗き込もうと背中を丸めてる聖南が居た。
「せ、聖南さ、……!」
「お疲れ」
「うっ、……聖南さん……っ! 俺、俺……っ」
夢を見ているみたいだった。
縋りたくて思い描いた恋人の姿がそこにあったんだもん……!
心が折れかけていた俺は、聖南の姿を見ただけで、俺の隣でしゃがんだ彼の腕に触れただけで、涙がこぼれ落ちた。
「聖南さん……っ」
情けないところなんて、見せたくなかった。
誰よりも俺を応援してくれている聖南に、「出来ない」なんて言いたくなかった。
でも「出来ない」から、聖南に縋ってしまいたかった。
「…………っ、……」
いつも力いっぱい抱きしめてくれる逞しい腕を掴んで、下唇を噛み締めながら聖南を見上げる。すると聖南は、情けなく縋ろうとする俺の頭に右手をポンと乗っけた。
表情一つ変えずに、ただただ無言で俺を見詰めている。
「…………」
「……せな、さん……っ」
俺、ここまでがんばったよ。
俺なりに一生懸命、要求に応えてきたつもりなんだよ。
でも……最後の最後で、くじけちゃいそうだ。
聖南の顔を見ても、聖南に触れてみても、不安が拭えない。
もうダメかもしれない。
俺もう、がんばれないかもしれない。
分からないことが分からないから、熊さんの求める正解が何なのか見当もつかない。
聖南、俺はどうすればいいの。
どうすれば……っ!
「もう四パターン撮っちまったなんて聞いてねぇんだけど? ちょっと早すぎねぇ?」
「う、……えっ?」
俺の頭に乗っかっていた手のひらが、肩に移動した。そのままふわっと抱かれて、俺たちはしゃがんでる状態で肩同士が密着することになった。
戸惑って離れようとした俺に、聖南が小声で「ジッとして」と囁いた。
さすがにこんな大勢の前で抱き合うわけにいかないからという、聖南なりの配慮だったんだと思う。
これだったら、先輩が後輩を慰めてるように見えなくもない。あまりにも腑抜けた顔をしていた俺を、見るに見かねてって感じだった。
「もしかして巻きで撮ってた?」
「あ、あの……はい……。巻いてた、みたいです……」
「そっか」
俺の肩を抱いた聖南が、何気ない世間話のようなトーンで喋りかけてくる。
もっと俺に発破をかけたり……してくるのかと思った。
スタッフさんも熊さんさえも突破して、セットの中央で蹲ってる俺のところへ来た聖南の考えが読めない。
へちゃむくれの表情で聖南を見てたはずの俺を、聖南は慰めもしなければ「がんばれ」って鼓舞もしてこない。
聖南……何を考えてるの……?
俺に何を伝えに来たの……?
振り返ったら、たぶんきっと、この場に居る人たちの全視線が俺と聖南に集中してる。
俺は、現れるタイミングまでカッコよかった聖南の瞳を、近いところで凝視した。
今ばかりは、聖南が何を考えて俺の肩を抱き寄せてくれてるのか、さっぱり分からなかった。
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