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 聖南に見つめられて胸がいっぱいになった俺は、以心伝心したみたいにふっと笑みが溢れた。  だって聖南は、毎朝、毎晩、そんな雰囲気じゃない時でも当たり前のように「葉璃ちゃん、好き」と言ってくる。  ちょっぴりこわい真顔の時もあれば、二重の綺麗な目を細めてニッコリ笑いながらの時もあって、ちなみに時と場所は選ばない。  サプライズ好きな聖南は、いきなり、何の前触れもなく言うことが多い。ふとした時に俺のことが好きだって気持ちが止められなくなって、つい口走っちゃうらしいんだ。  例えばそれは、お腹が空いた、眠たい、〝シたい〟という三大欲求と同じなんだって。人間の本能的なものの一つに、俺への愛情表現が加わっただけのことだって聖南は笑っていた。  俺はいつも、そんなことを恥ずかしげもなくさらりと言う聖南の顔を見上げて、めいっぱい照れるんだ。  そんなこと急に言わないでくださいよって。  嬉しいくせに。ほっぺたが緩んじゃってどうしようもないくせに。ホントは俺だってサプライズで返したいと思ってるくせに。いつだって先を越す聖南に、俺は貰った愛情の半分も返せないくせに。 「…………」 「…………」  ここが神聖な現場だってことも、十人や二十人どころじゃない大勢の大人たちの視線が集まってることも忘れて、俺への愛で溢れた瞳に釘付けになって数秒。  二人だけの世界に入り込んでいた俺の耳に、とんでもなく大きな監督さんの声が轟いた。 「カーーッット!!」  スタジオ中に響くようなその大声に、俺はビクッと肩を揺らす。  熊さんの影に隠れちゃって存在感が薄かった監督さんの、今日一番の大きな声はもう一言付け加えられた。 「OKー! いただきまーす! ハルさんお疲れ様でしたー!!」 「…………っっ!?」  え、っ……!? うそ……?  OKもらえた……っ?  それじゃもう、今この瞬間にクランクアップしたってこと……?  三十分以上かけて何回撮り直してもOKが出なかったシーンなのに?  それが、一分にも満たないこの一回だけで、……?  信じられない……と俺が振り返ろうとしたその時、すかさず聖南が近付いて来た。 「おいおい、ETOILEのハルは前面NGなんだぞ」 「あ、……!」  ムスッとした聖南から、はだけたバスローブをきっちりと前で結ばれる。大勢の前で乳首を晒しそうになったからとはいえ、俺は男なんだしそんなに過敏にならなくていいのにな。  ちょっと苦しいくらい腰紐を締められて「うっ」と呻いた俺に、聖南はまた、さっきと同じ調子でこう言った。 「頑張ったな、葉璃」 「え……」 「頑張ったじゃん」 「…………っ」  右手をポン、と俺の頭に乗せて、今度は八重歯を覗かせた満面の笑みを浮かべて労われた。  見上げると、たった今見つめ合っていた数秒間の無表情は何だったのってくらい、俺もよく知るヤンチャな笑顔に戻っていて目が離せない。 「聖南、さん……っ」  俺の下唇が、プルプルと小刻みに震え出した。  クランクアップにホッとした気持ちと、今ようやく気付いた聖南のカッコ良すぎる気遣いと思惑に、俺は感激してしまったんだ。  ── 〝自然体〟。  それは、俺みたいに演技を学んでいない人がいくら考えたって、どうにか正解を捻り出そうとしたって、簡単には出来るはずもないことだった。  巻きで撮った四パターンの撮影風景を、聖南は見てない。それなのに聖南は、「頑張ったな」と労ってくれた。  それまでの俺の頑張りを、全肯定した。  折れかけた心がポキッと真っ二つに割れちゃわないように、俺の性格を熟知した聖南のこれ以上ない発破のかけ方。 「お疲れ、葉璃」 「聖南さん……っ!」 「楽屋で待ってるよ」 「……っ、はい……!」  涙腺が弱くなってるところに、そんな優しい声……卑怯だよ。  ずるいよ。  カッコ良すぎるよ……。  最後まで〝ちょっと過保護な先輩〟のままでいてくれた聖南が、俺にニコッと笑うと熊さんの方へ歩んで行った。  腰紐をぎゅっと握った俺は、六時間超えの撮影をやりきった満足感と同じくらい、最後の一分間にたまらない愛おしさと感謝を抱えて聖南の背中を見つめた。 「セナくん、今日は特例だからな〜?」 「ンなこと言って、撮影秘話が出来てオイシイと思ってるくせに。違うか、瓜生さん?」 「タハーッ! セナくんにはお見通しだったか!」  名前で呼び合う聖南と熊さんは、顔見知りって程度じゃなさそうなほどやけに親しげだ。  ケイタさんもアキラさんも熊さんのことは知ってたし、その二人より芸歴が長い聖南も当然知り合いだったみたいで……。 「ったりめぇだろ。何年の付き合いだと思ってんの。知った仲だからって、あちこちで俺に似てるとか言いふらしてんの知ってんだからな」 「言いふらしているわけじゃないさ! だって本当にボクとセナは似て……」 「ない。似てる要素が一つも無い。……あ、いや、あるわ。一つだけあった」 「だろぉ〜!?」 「タッパだけ、な」 「え〜〜!? それだけ〜〜っ!?」  聖南は追い討ちをかけるように、「俺に似てるなんて見栄は二度と張るな」と言って、どうやらあの冗談は本気だったらしい熊さんをしょんぼりさせていた。  その何気ない会話を、こんなに温かでホッとした気分で聞けるなんて三十分前の俺は夢にも思わなかった。  心なしか、スタジオ内がとっても明るく感じる。  撮影機材を片付け始めたスタッフさんたちの表情も、動きも、最中とは打って変わって晴れやかだ。 「あっ……」  周囲に目を向けられるようになると、右斜め前方に恭也とルイさん、アキラさんとケイタさん、成田さんと林さんの六人が固まって居るのに気付いた。  六人全員が、笑顔で俺に手を振っている。そしてこの、大きな音が響くなかでも「お疲れー!!」とよく通る声で叫んでる主は、ケイタさんとルイさんだ。  その二人は、それぞれアキラさんと恭也に引きずられるようにしてスタジオを出て行ったけど、ここでも俺はまた視界が滲んでしまった。  みんな……あんなところから見ててくれたんだ。  俺の情けないNGシーンも、あっという間だったOKシーンも、ぜんぶ見られてたのは確かに少しだけ恥ずかしい。  だけど、それを上回るのは「見守ってくれてありがとう」の気持ちだ。  マネージャー二人以外は全員、演技経験者なんだもん。「出来ない」俺に声をかけたくてたまらなかったんじゃないかな。  さぞかしジリジリしながら見てたに違いない。 「……聖南さんも……ありがとう……」  みんなが撤収作業で忙しなく動き回ってる中、こっそりと聖南への感謝を呟いた俺は、バミリからほとんど変わらない位置で棒立ちになっていた。  聖南が居なかったら、もっともっと時間がかかってみんなに迷惑をかけて、撤収作業進むこの場所が過去最高の緊張感に見舞われていたと思う。  〝頭では分かってても、自分で止められるものじゃない〟……これを聖南が視線だけで俺に伝えてきたのは、ホントにすごい。  余計な言葉は要らない。ただ寄り添って、安心感を与えて、今までやってきたことは無駄じゃないということを、聖南は俺に教えようとしたんだ。  俺が熊さんに要求されたことすべてを、聖南が知ってたのかは分からない。でも一番難しかった〝自然な微笑み〟にOKが出たってことは、俺は聖南に向かってそれを浮かべていたんだよね。  毎日の日課になっている聖南との〝好意の挨拶〟を思い出したことによって、俺は葉璃のままで大胆な自分を出してしまった。  今日の怒涛のような一日が、どんな十五秒CMとして出来上がってくるんだろう……。  楽しみなような、こわいような……。  

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