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こういう現場が不慣れな俺は、誰かに「動いていいよ」と言われるまでその場に居なきゃいけないんだと思っていた。
片足は必ずバミリを踏んだ状態で、安心する人たちの顔がどんどんスタジオから出て行ってしまうのを、ちょっと寂しいと思いながら見届ける。俺がここを出てくのは、何もかもが終わった最後の最後なんだって。
撮影準備の時と同じくらい慌ただしいスタッフさんを尻目に、俺はどうしたらいいのか分からなくてボーッと佇んでいた。
みんなの作業を手伝おうにも、勝手が分からない。突っ立ってるだけの俺はさぞかし邪魔だと思うんだけど、動いた方が迷惑になるかもしれないとか色々考えてたらカチコチになっちゃって、もっと動けなくなった。
これはもう、気配を消すしかない。
グリーンバックが無くなった壁は、ちょっとくすんでるけど白色だ。俺が着てるバスローブも白いことだし、紛れるにはちょうどいい。
── なーんて、聖南たちに知られたら爆笑されちゃいそうなバカなことを考えついた俺が、ふと俯いた時だった。
「ハルさん、クランクアップおめでとうございます。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
「へっ?」
声をかけられ、顔を上げて真っ先に視界に飛び込んできたのは、ドーム型の透明ケースに入ったピンク色のお花……と、それを持った先輩さんだ。
その隣には、俺と変わらない目線でニコニコ笑う後輩さんの姿。
「あ……っ! お、お疲れ様、です……!」
「はい、どうぞ」
「えっ? こ、これ……俺に、ですか……?」
差し出されたドーム型のケースを受け取ると、息ぴったりに「はい」と頷かれて戸惑った。
労いに来てくれたのは嬉しいんだけど、どうしてこのお洒落で可愛い物を俺にくれようとするのか、よく分からなくて。
コンクレの社員として、今日一日俺のヘアメイクと衣装を担当してくれてた二人だから、改めて感謝を伝えたかったんだけど……。
「えっと……なんでくれるんですか? 俺、誕生日でもないし、もらう理由がないです。だってこれ高そう……。あっ、もしかして、あとでお金請求されたり……?」
「えぇ!? そんなことしませんよ!」
「あははは……! ハルさん、噂以上の天然くんですね〜!」
「……え……」
だっておかしいよ。
お疲れ様、って言葉だけじゃなくて、関係者の人から物を貰ったのは初めてなんだ。
この間のコンクレの打ち合わせの時みたいに、仕事と関係のある物だったら分かる。
例えば〝CM出演のギャラとしてリップクリーム一年分を差し上げます〟だったら、「ちょっと多いけどありがとうございます」だ。
でもこんなに可愛くて高級そうな物、お疲れ様と一緒になんて受け取れない。
俺が真顔で返そうとすると、先輩後輩さんはスタジオ中に響き渡るような高い声でゲラゲラ笑った。
「ハルさんはこういう現場が初めてなんですよね。テレビとかで見たことありませんか? クランクアップ、もしくは映画やドラマの撮影でオールアップした際に、役者さんが花束渡されているところ」
「……えーっと……」
「先輩、ハルさんはきっと、テレビとか観ない現代っ子なんですよ〜!」
「い、いえ! テレビは観ます! 大好きですっ」
「そうよ、さっきも言ってたじゃない。ハルさん、CROWNの三人が出てる番組は全部観てるって」
「あ、そっかぁ。そうでしたね」
へぇ……クランクアップしたら、役者さんはスタッフさんから花束を渡されるの? それが常識なの?
アキラさんとケイタさんのドラマはもちろん、去年公開された恭也が出演してる映画までくまなくチェックしてる俺だけど、そんな裏側までは知らなかった。
この両手に収まるケースに入った、見れば見るほど可愛いピンク色のお花が、その花束の代わり……ってことなのかな。
ケースを目元まで上げてまじまじと中のお花に見入っていると、饒舌な先輩後輩さんが交代で、しかもなぜかかなりの早口でこれを選んだ経緯を聞かせてくれた。
「ハルさんには何がいいかなって、二人で考えたんです。花束はありきたりだし、実際貰ったとしても生花は持ち帰ってお世話するのも大変じゃないですか。だから……」
「これ、とっても有名な方のアートフラワー作品なんです! つまり造花なんですけど……」
「そう、造花なんですが、失礼ないように手間暇かかった一級品をご用意いたしました。造花だからといって気を悪くしないでいただきたいのですが、……」
「造花は四季を選ばずお部屋を華やかに彩ってくれます! 私たちコンクレのオフィスにも週替わりで造花が飾ってあるんですよ!」
「この色合いや可愛らしい見た目に、気持ちが明るくなったり癒やされたりしているのは私たちで実証済みです」
「ポジティブカラーは、やっぱり元気をもらえるんですよね〜!」
先輩さんと後輩さんを交互に見ては、「はい」と返事をしたはいいものの。
ルイさんで早口なのは慣れてる俺でさえ、聞き取るのが大変だった。
造花を全然失礼だとは思わないし、俺のことを考えて贈りたいと思ったものを選んでくれたのも、とっても嬉しい。
やっぱり高級なものなんだと知って、急にケースがずっしり重たく感じたのは俺の気持ちの問題だ。
ケースの中のお花は四つ。どれも色は、〝ポジティブカラー〟のピンク色。淡いものからほんの少し濃いものまであるけど、生花だと言われても分からないくらい高精度な造花だ。
たしかにこれをお部屋に飾ってたら、その空間自体が華やかになりそう。
だってこんなに可愛いんだもん。
そこに在るだけでお部屋の雰囲気がパァっと明るくなるよね、きっと……。
「あの、こんなに素敵なもの……ありがとうございます。お二人が俺のことを考えて選んでくれたの、すごく伝わりました。ホントにありがとう、ございます」
「そんな……こちらこそありがとうございます」
「ハルさんが喜んでくださって良かったです!」
クランクアップの常識である花束じゃなく、俺に渡すなら、を真剣に考えてくれた二人の気持ちが本当に嬉しかった。
まだクスクス笑ってる後輩さんから「お似合いですよ」と言われるも、俺はただ照れるだけで複雑な心境にはならなかった。
だって、聖南が選んでくれたのもピンク色のキーホルダーだったから。
その物の色や形が似合うからっていうより、〝ポジティブカラー〟で俺を勇気付けようとしてくれるのがありありと分かる贈り物は、これで二つ目。
撮影がんばって良かったなぁ、としみじみ思うのと同時に、さっきまでここに居た聖南にもう会いたくなってしまった。
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