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♡ ♡ ♡  着替えを済ませた俺は、楽屋に戻って少しだけみんなと喋った。  いざ目の前にすると言葉が詰まってしまって、言いたかったことの半分も伝えきれなかったけど、俺なりの誠意はいっぱい込めた。  スケジュールを動かしてまで来てくれたアキラさんとケイタさんには、「ありがとうございます」。  俺のことを思って朝から付き添ってくれたのに、怒らせてしまった恭也とルイさんには、「ごめんね」。  感謝を伝えると、アキラさんとケイタさんはずっとニコニコしてくれていた。謝罪を受け取ってくれた恭也とルイさんは、「解散なんかしない」と真顔で言ってくれた。  林さんも、成田さんも、社長さんも、朝から交代で現場に来てくれた事務所のスタッフさんも、みんなが「お疲れ様!」と労ってくれた。  不出来な俺の仕事ぶりを怒りもしないで、むしろ「よく頑張ったな」って……みんながみんな、褒めてくれた。  ── そんなに優しくしてくれなくていいのに……。  卑屈な俺は素直に受け止められなかった。でも、褒めてもらえて、労ってもらえて、嬉しくてたまんなかった。  ギリギリまで我慢したんだけど、涙腺が弱くなってたせいで堪えきれなかった。  スタジオの使用時間は決まってるから、関係者が全員撤収しなくちゃならない時間となっても、俺は下唇をプルプルさせた変な顔で泣いてるばかりで。  監督さんや熊さんを含めた撮影スタッフさん、コンクレの社員さんに盛大に見送られる時も、涙は止まらなくて。  〝silent〟のMVを撮った時の三倍は大人の人が居た。その大勢の人たちから、「ハルさん、お疲れ様でした!」なんて拍手を交えて言われちゃうと……胸が熱くなってもっと泣いてしまった。  朝、事務所の駐車場で聖南とバイバイしたのが、約十時間前。  今となっては、その十時間があっという間だった。  あんなにドタバタで、休憩もまともに取れなくて、俺含めた全員が目を血走らせて忙しなかったのに、いざ終わってしまうと寂しい気もして何とも複雑な思いだ。 「── 葉璃、落ち着いた?」 「えっ? あ、……はい。なんとか」  スタジオを出るなり、俺は聖南に連れ出された。  せっかくみんなが揃ったんだし、打ち上げに行こうよって雰囲気だったんだけど(主に社長さんが)、聖南はにべもなく断って俺を拉致っている。  車が走り出して十五分くらいで、涙はようやく乾いてきた。  眼鏡をかけてハンドルを握る聖南を見ると、後部座席に居る俺にルームミラー越しだけど「そっか」と優しく笑いかけてくれた。 「明日のスケジュール、十六時からの収録だけになったぞ」 「えっ! 本当ですか!? で、でも明日は朝から……」  何気なく伝えてくれた聖南の言葉に、珍しく喜んでしまった俺はかなり疲れているみたいだ。  だって明日は、朝一番から昼過ぎまでダンスレッスンとボイトレが入ってたんだよ。それからテレビ局の収録に行くという流れ。  今日がどんなに神経を使う仕事だったとしても、ちょっとだけ疲れちゃったからって俺にはスケジュールの変更なんてお願いできる立場に無い。  あ……もしかして聖南が口添えしてくれたのかな。  疲労困憊な俺を気遣って、打ち上げの案にも乗らないで速やかに帰宅してることだし、きっと聖南が……。 「林からの伝言。「僕に出来るのはこのくらいだけど、しっかり睡眠と休息を取ってね」……だってさ」 「あっ、えっ……? 林さんがっ?」  聖南じゃなかったんだ……!  そっか……林さんが……。  優しいなぁ。また涙出てきちゃいそうだよ。  しかも全然、〝このくらい〟じゃない。  決まってたスケジュールを変えるなんて、どんな理由があってもなかなか出来ることじゃないよ。  だってその理由が、〝睡眠と休息〟なんだよ?  新人の俺が受けていい手厚さじゃない。   「いいんですかね……? 俺なんかがそんな……」  ころんと後部座席に横になって膝を抱えた俺に、間髪入れずに聖南が「いいんだよ」と笑った。 「マネージャーが、〝ハル〟には休息が必要だって判断したんだろ。ありがたく頂戴しとけ」 「睡眠と休息を、ですか?」 「……ん」  そういう事にしておこう。  林さんのご厚意を、「そんなわけにはいかないです」と言って拒否したい気持ちは山々だけど、頑固さを通すのもよくないもんな。  実際、嬉しいもん。  時間を気にせず眠れて、明日の収録まで心を休めていられる。  一月に入ってから怒涛のような毎日で、丸一日の休みなんて一回も無かった。  確かに充実した日々に違いない。でも少なからず影響は出ていた。  精神的に追い詰められてくるくるパーになったり、いつ寝ていつ起きたのかが曖昧になったり、食欲が落ちたり。  林さん、気にかけてくれてたんだろうな。  俺に限界が近付いてるのかもしれないって。  今日も半端じゃなく大変だったし……と、何気なくスタジオの風景を思い出した俺は、重要なことを忘れていたことに気付いた。 「あっ、聖南さん。そういえば俺、満島さんと会えずじまいです。ご挨拶だけでもした方が良かったですよね?」 「必要無えよ。挨拶なら俺がしといた」 「えっ!? 聖南さんが!?」  そんなの、嫌な予感しかしないよっ?  ビックリして体を起こした俺は、ルームミラー越しに目が合った聖南にじっとりとした視線を向けた。 「ンな顔しなくても大丈夫だって。別に文句言ったわけじゃねぇから」 「そう言われても……聖南さん大人げない時あるし……」 「俺が大人げねぇのは認めるけど、仕事上でそんなヘマはしませーん。業界での俺の評判知ってんだろ? 口から産まれた男だぞ、俺は」 「…………」 「あー、葉璃ちゃん信用してねぇな?」 「いやっ、そんなことはないんですけど、なんて〝挨拶〟したのかなぁって……」  聖南が笑顔でこんなことを言う時は、大体俺の不安の方が正しかったりする。  業界内での聖南の評判がすこぶる良いのは知ってるよ。  知る人ぞ知る後ろ盾はもちろんの事、聖南自身も芸歴が長いわりに基本を押さえているからか、専ら〝礼儀正しいアイドル〟で通ってる。  でもなぁ。  〝葉璃〟と〝ハル〟に関することにはすぐ目くじら立てちゃうからなぁ、聖南……。 「コンクレの看板に泥を塗るような出来には絶対ならないんで、安心しろって言った」 「えっ、……」 「うちの〝ハル〟が抜擢されて、そりゃあもう毎晩歯ぎしりして眠れねぇかもしんねぇが、今回だけって約束なんで大目に見てクダサイ、とも言った」 「ちょっ、……余計なこと言っちゃってません……?」 「そうか? あと何て言ったかなー。あ、そうそう。「〝ハル〟のバックには俺らが居るってことを忘れるな」」 「えぇっ!? せ、聖南さん、それは絶対に余計なことだと……っ!」  最初はまぁまぁ、許容範囲だった。  恋人の欲目が出てる気もしなくないけど、熊さんが関わってる以上はCMの出来の心配はちょっとしかしてない。  ただ二言目からが問題で、聖南お得意の相手が嫌がるような言い回しが炸裂しちゃっている。  アキラさんが言ってたことを思い出した。  〝俺たちは居るだけでマジでただの脅しになっちまう〟── 聖南(と、社長さん)に至っては、居るだけで収まらない。  満島さん、……怖かっただろうな……。 「一言も言い返してこなかったぜ。物分かりのいいタレントと事務所で良かった」 「……聖南さんがキレて暴れることにならなくて、ですか」 「そう! でもな、俺が出向く前から満島は感じてたと思う」 「感じてた? 何をですか?」 「勝機がないってことをだよ。口出しする気も失せたってツラだったからな。ラストカットの葉璃の表情……あんなのやれって言われて出来るヤツ居ねえよ」 「そ、……それって……?」  この時、車がちょうど赤信号で止まった。  得意気な表情をしてる聖南が、どんな応えを返してくるかなんて俺は分かってたんだけど……。  聖南の口からそれを聞きたかった俺は、分からないフリでとぼけた。  まるでさっきのシーンの続きみたいに、ルームミラーで見つめ合うこと数秒。  ただでさえカッコいい眼鏡姿の聖南が、フワッと笑みを浮かべた瞬間── 周囲にキラキラのエフェクトが散った。 「出会って一番、かわいー笑顔だったよ」 「…………っっ!!」

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