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 ── ヤバイ。どうしよう。  ……照れちゃうんだけど。  予想してた以上の応えが返ってきた。  瞬間的に、ポポポポッとほっぺたが熱くなってくる。  〝出会って一番、かわいー笑顔だったよ。〟  そんな……そんなこと言わないで。  絶対に今の聖南の方がいい笑顔してるんだから、そんなこと言っちゃダメ。  心がムズムズする。  ジッとしてられなくて小さく足踏みした。……のに、照れくさいのが全然治まんない。  両手をほっぺたに添えると、ほんとに顔が熱くなっていた。 「あれ、聞こえなかった? マジで今までで一番、グッとくる笑顔だったよ」 「グッ、……っ?」  ……もうやめて。これ以上、俺の心がギュッてなること言わないで。  すでに俺は充分労ってもらったし、たくさん褒めてももらった。  もういいから。  俺がちゃんと笑えてたっていうのは、分かったから。  青信号になって走り出した車を運転する聖南は、ただ思ったことをストレートに言って俺を喜ばせようとしてくれているだけなんだ。  でも実際の俺は、嬉しいを超えて照れまくり、後部座席でバレないように足踏みしてひたすら悶えていた。 「初めて葉璃が俺の心臓撃ち抜いた時の視線とはまた違ったんだよな。あの時はズキューン! て感じだったけど、今日のはキュンッ♡ て感じ。伝わる?」 「…………っ」 「すぐにでも抱きしめてやりたかったよ。やらしい事も一瞬よぎった。ラメ無しの綺麗な肌に死ぬほどキスマ付けてやりてぇ! ってな。でもみんなの前では出来ないじゃん。顔引き締めとくので精一杯だった」 「…………っっ!」  あーもう……っ。もう……っ!  聖南、そういうとこだよ。  俺は、あんまり他事務所の人を脅さないであげてって怒るつもりだったのに。  言えなくなった。  いつだって俺を全肯定してくれる聖南は、今もとびっきりの笑顔で、最上級の褒め言葉(……と、捉えていいのかな?)を平気で言ってくれちゃうんだよ。  ……不意打ちはずるいって……。 「葉璃、聞いてる? 寝ちまった?」 「いえ……聞いてます……。寝てないです……」  聖南は、どこまでも聖南だった。  俺がこの世で一番大好きな人は、いつだって飾らない思いの丈を直球でぶつけてくる。  それに俺は、なんて答えたらいいの。どう返したらいいの。  あの時、聖南が頑として笑ってくれなかったのは、ちょっとやらしい事を考えちゃってたからなの……?  油断したら顔がニヤけちゃいそうになるって?  あんなにキリッとした表情してたのに、心の中では俺の体にキスマークを付けまくりたいだなんて思ってたの……? 「……聖南さん……」  嬉しくて、恥ずかしい。  自分の惚気を聞かされてるような錯覚に陥って、鷲掴まれた心がドキドキ苦しい。  まったくもう……何考えてるんですかって、呆れられたらどんなにいいか。  「んー?」とのんきな声で返事をする聖南のことを、俺は〝可愛い〟、〝愛おしい〟と思っちゃってる。  泣きべそをかいてた俺にすかさず寄り添ってくれて、長丁場になりそうだった撮影を無事終えられたのは聖南のおかげと言っていい。  毎日たっぷりの愛情を惜しみなく注いでくれる、聖南との幸せな日常があったから〝笑えた〟んだもん。  その時聖南が何を思ってようと、それがどんなにやらしい事でも、「それでこそ聖南だ」って思えてしまう。  林さんには悪いけど、聖南からこんなことを聞かされちゃったらもう……睡眠と休息、取れなくてもいいかなってやらしい気持ちになっちゃうよ、俺も……。 「聖南さん、……あの……ほんとに今日はありが……」  マンションが目前に迫ったところで、俺はまだ直接言えてなかった感謝の気持ちを伝えようとした。  ところが、だ。 「あっ、ダメ。まだ言うな」 「えっ?」  ほとんど言ってしまったようなものなんだけど、聖南はなぜか「ダメ」を繰り返した。  ありがとう、がどうしてダメなのか、俺はなかなか熱の引かないほっぺたに触るのをやめて、「なんでですかっ?」と息巻いた。 「なんでダメなんですか! 撮影を無事に終えられたのは、聖南さんが俺のそばに居てくれたからなんですよ!? 駆け付けてくれたのも嬉しかったですけど、あのシーンを切り抜けるためには聖南さんが居てくれなくちゃ、俺は……っ」 「言うなっつってんだろ!」 「なっ!?」  聖南がバックで駐車してる時、気が散らないように今までの俺はなるべく話しかけないでおこうって気をつけてた。  でも無理だよ!  なんで「ありがとう」を言っちゃダメなのっ?  アキラさんもケイタさんも、恭也もルイさん、林さんも成田さんも、社長さんでさえも、俺が泣きながら感謝の気持ちを伝えたらニコニコで受け取ってくれたよっ?  聖南にだって言いたいよ。  何なら、聖南に一番、受け取ってほしい気持ちなのに。  まさかキレられるとは思わなかった。  表情では、そんなに怒ってるようには見えない。  ただちょっと荒っぽく車のドアを閉めたから、不機嫌に違いないんだろうけど……なんで急に聖南が怒ったのかさっぱり分からない俺は、お家の中に入ってすぐに小さな牙を剥いた。 「聖南さん! なんでいきなり怒ったんですかっ? 意味が分からないです! 俺は、誰よりも聖南さんに感謝してるんです! 聖南さんが居なきゃほんとに乗り切れなかった! イジイジして、メソメソして、どんどん時間ばっかりが過ぎちゃってたと思います! 今ここでこうしてられるのも、聖南さんのおかげなんです! お礼くらい言わせてくれたって……むぐっ!!」  靴を脱ぐのも惜しかった。  俺に背中を向けてる聖南のコートをぎゅっと掴んで、まるで感謝を伝えてるとは言えない俺の口が突然大きな手のひらで塞がれる。 「言うなって言ってんだろ」 「…………っ!?」 「うるせぇ口は塞いじまうぞ?」  素早く振り返った聖南が、あろう事か俺に凄んできた。  けれど俺も撮影終わりでナチュラルハイになっていて、ついつい頭に血が上って聖南の手のひらを自分で退かした。 「う、うるさい〜っ!? ありがとうの気持ちがうるさいって言うんですか!?」 「あぁ、うるせぇ。ダメだって言ったろ。言うなって」 「だからなんで……っ!」  俺たちにしてはかなり珍しい、喧嘩じみた言い合いになっていた。  お互い引くに引けなくなっていて、いくらか冷静な聖南が一人でヒートアップする俺の目をジッと見てくる。 「葉璃、俺は感謝されるようなことは何もしてない。あれは葉璃の実力なんだよ。俺が何したっての? あそこに突っ立ってエロい妄想してただけなんだぞ?」 「……っ、いつから聖南さんはそんなに謙虚になったんですかっ? 俺がありがとうって言いたいんです! それしか言えないですけど、むしろ言いたい事はそれだけなんです!」 「……俺は、まだ言うなって言っただけだ」 「た、たしかにそうですけど、今言っても後から言っても変わらなくないですかっ?」 「じゃあその気持ち、行動で示せる?」 「はいっ? こ、行動でってどういう……っ?」  意味が分かんないよ!  〝まだ言うな〟の〝まだ〟にどんな意味があるのか、全然分かんない!  俺がどれだけ聖南の存在に安心感を覚えたか、日常の幸せを思い出させてくれたか、今でも泣けてきちゃいそうなくらいなのに……! 「葉璃」 「うぅっ……! 聖南さんの分からずや……っ」  俺の突き出た唇を見た聖南が、少し慌てたようにガバッと抱きしめてきた。  聖南にも言い分があるのかもしれない。だからって、子ども騙しのハグで誤魔化されたくない。  なんでなの。なんで「ありがとう」を言っちゃダメなの。  なんで怒るの。怒ったら嫌だ。  言葉とは裏腹のあったかい腕に抱かれたまんま、俺は理不尽にキレられて拗ねた。  例えばこんな、思いもよらないことを耳元で囁かれるまでは……。 「葉璃、シたい。今すぐ」 「うぅっ、う、……え、っ?」 「抱かせて、葉璃ちゃん」 「ええっ!?」

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