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 聖南と喧嘩なんてしたくない。  俺は、争い事が嫌いで他人と距離を置いてた根暗野郎なんだ。どんな理由があっても、ほんとは誰にも、もちろん聖南にも、言い返したりしたくなかった……のに、やっちゃった。  こんな事、出会った頃のルイさんに噛み付いた時以来だ。  聖南にはほとんど……いや、ここまで激しく言い返したのは初めてかも。 「い、いや、聖南さん……?」  だから、いきなりの変化球には困惑した。  したい? 抱かせて? ……今すぐ?  俺も聖南も怒ってる、この状況で……?  聖南……何を言い出したの?  おかげで思考停止しちゃったじゃん。  別の不意打ちを食らった俺は、すっかり怒りを削がれてしまった。  ポカンと口を開けて、聖南を見上げる。  聖南は真顔だった。  やっぱりどうしても、口調ほど怒ってるようには見えない。 「今すぐって……今すぐ、じゃないですよね……?」 「言葉通りだけど?」 「あ、ちょっ……聖南さ、……っ!」  問いかけると、グイッと腰を強く抱き寄せられて身動きが取れなくなった。  あげく薄茶色のステンカラーコートを脱がされて、長袖シャツの裾からズボッと手のひらを突っ込まれる。その手はすかさず、温もった俺の肌をやらしく撫で回してきた。 「ちょちょちょっ……っ、聖南さん! 待って!」  聖南の〝今すぐ〟の本気を感じ取った俺は、立派な腕時計ごと手首を掴み、大慌てで一歩引く。 「今すぐだなんて、そんなの無理だって分かってますよねっ? 聖南さんっ! ……っ、聖南さんってば!」 「なんで無理なの」 「んっ……! わ、分かってる、くせに……っ」 「分かってるけど今日はいい」 「あっ……ダメ……っ!」  聖南は本気だ。  非力な俺が聖南の手首を掴んだところで、何の抵抗にもならなかった。  簡単に見つかった乳首を指先で弾かれて、咄嗟に身を捩る。それでもやらしい手のひらは追いかけてきた。  刺激を受けた乳首は、聖南が摘みやすいように勝手に興奮して勃ち上がる。それを親指と人差し指でクニクニとイジくられながら、背中を丸めた聖南から首筋にキスをされると、もはや体は聖南の言いなりだ。  少しずつ、少しずつ、ゆるやかな期待の波が襲ってくる。  前屈みになってそれを逃がしてないと、ほんとにここでやっちゃう羽目になる。  間接照明が鮮明に反射する大理石のつるつるな床が、いろんな……やらしい液体で……汚れちゃう。  うっ……! そ、そんなのダメだよ……! 「聖南さんっ! ここ、……っ、玄関! 玄関ですよ!」 「あぁ、そうだな? でも俺のかわいー恋人が煽りに煽りまくるからベッドまで待てないんだよ、聖南さん」 「いやっ……ぜったい、やだ……っ! せめてシャワー、……!」 「必要無い」 「ありますってばぁぁーー!!」  聖南のご機嫌を損ねたら、囚われた乳首をギュッとつねられちゃうかもしれないのに、俺は捨て身で絶叫した。  俺はまだ、撮影が終わってからシャワーを浴びてない。照らされ続けると意外に暑い照明で汗をびっしょりかいたから、みんなと会話する時だってそれを気にして出来るだけ距離を取って喋ってたんだ。  それに、俺たちのエッチにはいろいろと準備が必要でしょ?  ほら……いろいろと……。  ね? シャワーは必須だよ。〝今すぐ〟なんて絶対無理! 「……葉璃ちゃん、そんな大声も出せんだな」 「はぁ、はぁ、……俺の身に危険が迫ってたので!!」 「危険ねぇ……」  絶叫の甲斐あって、聖南は乳首をいじくるのをやめてくれた。  ただし、薄目でほんの少し恨めしそうに俺を見てる。おあずけを食らわされて、「はぁ」と深いため息を一つこぼした。  いや、俺も「はぁ……」だよ。ひとまず玄関でヤっちゃうことにならなくて良かった……。  誰かさんのせいでまくれ上がった服を正して、こっそり胸を撫で下ろす。  俺に対してあんなに意味不明にキレちゃってた聖南が、そこでやめるわけないのに……。 「えっ、聖南さん何して……っ? うわわわわ……っ!」  安堵してるヒマなんて無かった。  ポイッと放られたウン万円もするステンカラーコートを拾おうとした俺を、体勢を低くした聖南がふわっと抱き上げて、お得意の米俵にされた。 「ちょっ、ちょっと、聖南さん!? また俺を運搬する気ですね!? でもベッドはヤですからね!? 運搬するならお風呂にお願いしますね!?」 「ここで熱烈なセックスしてみるのもよくない? 経験として」 「そんな経験したくないです! お風呂がいいです! お風呂! お風呂! お風呂ーー!!」 「フッ……分かった分かった」  聖南ってば、まだ諦めてなかったの!?  今すぐにシたいって気持ちは、性急に俺のコートを脱がせた事と、強引に乳首をまさぐってきた事で分かってる。  だからって……。  二つ折りになった俺は、聖南の諦めの悪さにギョッとして手足をジタバタ動かした。 「そんなに言うなら〝お風呂〟でシような? ったくしょうがねぇな、葉璃ちゃん。素直に流されてくれねぇんだもん」 「流されたくても無理ですよ! げ、げ、玄関でだなんて……っ! 何考えてるんですか!」  俺が流されなかったからって、運搬してる最中に恨み節を吐くのはどうかと思う。  あのまま流されちゃってたら玄関がきっとヒドイ状態になってたし、俺のシャワー案は絶対に正しい。  ていうか、今日の聖南はおかしいよ。  スタジオではあんなにカッコいい先輩だったのに、二人きりになった途端これだもん。  いつもの甘えん坊なワンちゃんみたいな聖南も、ちょっと強引に誘ってくる獣な聖南も好きなんだけど、今日はどっちとも違う気がする。  ありがとうも言わせてくれない。いきなり玄関で襲ってくる。何より……視線が優しくない。 「でもさ、ちょっとだけ流されそうになったろ?」 「なっ、なっ……なっ……!?」  ほら、この目。  エッチしたくてたまんないって気持ちいっぱいの、ギラギラした目つき。  後ろをトロトロにほぐしたあと、濡れた指を拭うこともしないで『挿れるよ』と俺に声をかけてくる、その時とおんなじ顔だ。  無事にバスルームまで運搬された俺は、ゆっくり床に下ろされて、エッチな視線と戦った。  睨み合いならぬ見つめ合いの勝者は居ない。その代わり勝敗を分けたのは、聖南の魅力的な声と吐息だった。 「葉璃……抱きたい。葉璃ちゃん、抱かせてよ」 「──〜〜っっ」  ぎゅっと抱きしめられた矢先の、耳元での囁き。  〝抱きたい〟……〝抱かせて〟……。  このセリフを、そんなにいい声で言うのは反則以外の何ものでもない。  いつもと少し様子が違っても、俺は強引な聖南も好きなんだから……ドキドキしちゃうのは仕方ないと思う。 「ほら、すーぐそのツラすんじゃん」 「えっ!? 揶揄ったんですか、聖南さんっっ!?」 「ん。腹からよく声が出てる。喚いてていいからバンザイして、バンザイ」 「……むぅっ! んっ!」  いじわるだ……聖南がいつになくいじわるだ……!  言われた通りにしないと、「何事も経験だ」とか言って玄関に逆戻りしちゃいそうなくらい、聖南の表情は楽しげだった。  俺を全裸にして、自分も裸になって、大層ご満悦な聖南。  ムッと突き出た俺の唇に触れる人差し指だけだ、優しいのは。 「またお口がバッテンになってんぞ。かわいーな、おい」 「そうやってすぐ誤魔化す……!」 「誤魔化されてくんないの?」 「…………っ!」 「ん? 葉璃?」 「…………っっ」  首を傾げた聖南に、ふと見下ろされる。  その時、その瞬間だけ、聖南の頭にフサフサの耳が生えた。……ように見えた。  いじわるで強引な獣聖南は、なんと甘えん坊ワンちゃんも使い分けられるらしい。  怒るに怒れなくなった。〝また〟。 「聖南さんはずるいです……」 「フッ、知ってまーす」 「俺が断れないの分かってて、そんな顔して……」 「どんな顔?」 「…………」  全裸に剥かれて恥ずかしい俺は、口をバッテンにしたまま渋々と聖南を見上げた。  どんな顔をしてるか、なんて。  今こそ、聖南は分かってるくせに。

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