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 ❤︎  二人の欲にまみれた葉璃の全身を、聖南は悪戯も仕掛けずに綺麗に洗い上げた。  「自分で洗えますよ」と申し訳無さそうに言われても、シャンプーのボトルを掴んだそばから落っことすほど脱力していた葉璃には、心配で何も任せられない。  葉璃の世話を焼くという楽しみを奪わないでほしいと、聖南は笑顔でそう言って頑固な彼を宥めた。 「いいな、五分で戻るから寝るなよ?」 「はーい……」  今にも眠ってしまいそうな葉璃を湯に浸からせた聖南は、腰にタオルを巻いて足早に寝室へと向かった。  疲労困憊な葉璃が快適に眠れるよう、ベッドメイクをするためだ。 「ハハッ……計七時間ともなるとひでぇな」  防水のマットレスとシーツ、さらには丸洗いが出来る厚手の布団を二枚重ねて行為に及んでいた、用意周到な聖南も驚愕の乱れ具合である。 「とりあえずこれもこれも洗濯機でー……、あ、換気もしとくか」  至る所に染みのついたシーツや布団を抱きかかえ、空気清浄機に目を留めた聖南はおもむろに窓を開け放ったものの、一月末の朝の冷気を全裸で浴び、反射的に「寒っ」と呟いて肌を粟立たせた。  性能以上の仕事を強いられた空気清浄機は、オレンジ色の小さなランプを点滅させながら大慌てで室内の空気を循環し綺麗にしようとしてくれているけれど、最新型のそれでも追い付かないほど寝室には生々しい匂いが立ち込めている。  葉璃が戻るまでに暖房で部屋を暖めておけば良いので、聖南はそのままシーツ交換を手際よく済ませた。  手触りの良い新しい毛布を出し、ついでに枕元のアロマディフューザーにサンダルウッドの香りのオイルを足し、窓を閉めて暖房の調節をする。  換気のおかげで空気清浄機の仕事量が減ったようで、危険信号のように点滅していたオレンジ色のランプが落ち着いたブルーに変わっていた。  テキパキとベッドメイクを終わらせた聖南は「よし」と満足気に頷き、バスルームに葉璃を迎えに行く。 「葉璃ちゃーん」 「……ん、……」  熱めのお湯に浸かっていた葉璃は、かろうじて起きていた。だがほとんど反応が無い。 「葉璃、抱っこするから俺に掴まって」 「うむ……。ふぁ……」 「あははっ、かわいーなぁ。ずっと世話してたくなるよ」  寝ぼけ眼で大人しく聖南に腕を伸ばし、ざぶんと湯から上がった葉璃は何度も堪えきれないあくびをし、ムニャムニャと口元を動かしている。  夢と現実の狭間を行ったり来たりしている葉璃は、聖南に何もかもを委ねてくれていて殊更に可愛い。  セックス後、後処理やベッドメイク等すべてを聖南が買って出ているのは、葉璃に甘えてもらえている喜びを感じたいからだ。  彼の体を拭き上げ、下着を履かせ、聖南のパーカーを着せ、やわらかな髪をドライヤーで乾かし、常温の水を口移しで飲ませ、葉璃を横たえて寝かしつけるまでが聖南の〝楽しみ〟なのである。  無論、これらを面倒だと思った事など一度も無い。むしろどれ一つとして外せない、聖南にとって癒やしの時間だった。  されるがままの葉璃は、とにかく可愛い。 「あ、……ふわふわ……」  毛布をかけてやった途端、これだ。  背を向けた葉璃を背後から抱き締め、ちゃっかり腕枕までした聖南は、「かわいー!!」と絶叫しそうになりグッと奥歯を噛んだ。  瞳を閉じたまま、口許には薄っすらと笑みを浮かべ、スリ……と毛布に頬擦りをして肌触りを確かめている葉璃は、天使のように儚い。  この天使が、つい先程まであらゆる所から淫らな液体を溢していた。その様子を満足そうに見やる恋人からは全身に欲情の証をかけられ、それをマーキングのようにあちこちに塗り広げられた。  その声が掠れるまで啼き、喉を潤すためだとうそぶく恋人の口車に乗せられ、当然の如く唾液まで飲む。  ── ヤバ……また勃つって……。  正直、聖南の欲はまだ尽きていない。  にも拘らず、「ふわふわ……♡」などと可愛く寝ぼけられては、聖南の理性を総動員しなくては添い寝も出来ない。  下半身が疼く前に何とか頭を切り替えなくてはと、聖南は葉璃が寝落ちるまでピロートークをする事にした。 「そ、そういや、葉璃が持ってたアレ。誰からのプレゼントなんだ?」 「……アレ……?」  声に覇気は無いが、返事が返ってきた。  これ幸いと、葉璃を連れ帰る車中から気になっていた物についてを尋ねてみる。 「ほら、アレだよ。造花なのか生花なのか分かんねぇけど、透明のケースに入ってるやつ」 「あぁ……」  私服に着替えた葉璃は、聖南達の待つ楽屋に戻ってきた時からそれを大事そうに両腕で抱えていた。  全長三、四十センチはあろうかというドーム型の透明ケースの中は、濃淡さまざまなピンク色の薔薇が五輪、花束のように固定してある。  ケース下部に薄い水色のリボンが巻かれてあったので贈り物には違いないのだろうが、〝誰から貰った物か〟、彼氏としては気になるところだ。  せめてそれを言ってから寝落ちてくれと、葉璃の体を抱き寄せるふりでさりげなく体を揺すった。 「あれは……ヘアメイクでお世話になったコンクレの社員さんが……お疲れ様でしたって言ってくれたんです……」 「あぁ、そうなんだ」 「映画とかドラマの世界では……クランクアップした時、スタッフさんから花束を貰う習慣があるそうで……」 「習慣って」  眠そうな声で、非常にまったりとした喋り方ではあるがきちんと答えてくれてホッとした。  まさかスタジオ内に居た男性スタッフのうちの誰かではないかと、こっそりヒヤヒヤしていた聖南は胸を撫で下ろす。  コンクレから派遣されたヘアメイク二名は、女性だと聞いた。聖南が直接挨拶を交わす時間は無かったものの、葉璃の声色から〝良い人達だった〟事が窺える。  業界の事に疎く、とても愛想がいいとは言えない人見知りな葉璃にも、その者らは優しく接してくれたようだ。  聖南がやや暴走気味であったため、実は葉璃への大切な贈り物は現在車中に在る。何かの拍子に割れたら大変だからと、葉璃はおもむろに透明ケースを助手席に置き、シートベルトを装着して安全を確保した。  大事にしたいという葉璃の思いが、そうさせた。  それだけ、貰って嬉しかった品だという事だ。 「それにしても、なんであの色にしたんだろうな?」 「俺のことを考えて……選んでくれたそうです……」 「葉璃のことを?」 「……はい……ポジティブカラーだからって……」 「へぇ……奇遇だな。つい最近同じこと俺も言った気がする。てか言った」 「ふふっ……そうですね。俺……あのキーホルダーは……財布の中に入れてるんですよ。聖南さんがお守りにってくれた物だから……。財布なら……常にポッケに入れておけるじゃないですか……」 「そうなんだ」  葉璃はうつらうつらとしているけれど、話の内容は噛み合っている。  〝ポジティブカラー〟だからとピンク色を選んだ社員達の心遣いと、聖南が葉璃に贈ったキーホルダーの意味はほぼほぼ同じだ。  ネガティブ気質な葉璃へ、ほんの少しでも明るい気持ちになってほしいという温かな贈り物。  品物は何であれ、あの色に意味があるのだ。  割れないように持ち帰ろうとシートベルトまで装着していた今日の贈り物も、聖南が初めてお土産として渡した思いの詰まった贈り物も、葉璃は大層大事にしてくれる。  そこまで大切に扱ってくれると、贈った甲斐があるというものだ。 「あのキーホルダー、……不思議なんです。いつも……聖南さんがそばに居るような気が……します」 「……そうなの?」 「へへっ……こんなこと、照れくさくて……直接は言えないんですけどね……」 「ふーん……♡」  ── そんな風に思って大事にしてくれてんのか……。俺に直接言えないことだって。聞いちまって良かったのかな……♡  大好きで大好きでたまらない恋人の本音を、思わぬ形で耳にしてしまった聖南の笑みは濃い。  規則正しい寝息と、少しずつ上がっていく体温を感じていると、とてつもない眠気に襲われる。  体も心もぽかぽかで、葉璃と離れるのが惜しくなる。 「仕事行きたくねぇなぁ……」  こうしてずっと、葉璃を抱き締めてまどろんでいたい。  離れるのが辛い。離れた瞬間に、葉璃の温もりが恋しくなる。  あと三十分で仕事に向かわねばならないが、聖南の腕枕で安眠中の恋人を置いて行くのがたまらなく寂しい。 「葉璃、やっぱミニチュアサイズになんねぇかな」  大事に持ち歩いてくれているというお守りのキーホルダーのように、聖南も何か、葉璃にまつわる物をポケットに忍ばせたい。  それが在れば、後ろ髪を引かれる朝の〝バイバイ〟すら平気になるのではないか── そう考えてはみたものの。  四六時中葉璃のそばに居たい聖南は、すぐにフッと笑みを溢し「無い無い」と呟いた。  肌見放さず持ち歩くなら、葉璃本人がいい。

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