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 ❤︎  聖南の場合、スキャンダルとして撮られる分には仕方がないとして、プライベートをどう過ごしているかなどの情報が一切出回らない。  過去取り沙汰された女性とのスキャンダルは、すべて撮られる事を想定して動いていた。  自宅は知られているけれど、警備員とコンシェルジュが常駐しているセキュリティ万全の高級マンションは、住人以外容易には立ち入れない。  メディアでも、「休日は何をしているのか」という質問に対し、聖南の回答はいつも変わる。  〝ジムに行って体を動かしまくっている〟と語る日もあれば、〝休みの日くらいゴロゴロ過ごしたいよな〟などと真逆の事を平然と語る日もあり、ファンの間でも聖南の飄々とした態度がより謎めいて見えると色めき立つ。  葉璃と付き合い始めてからは、さらにそれを悟られまいと嘘と真実を交えて答えている。  のらりくらりと明言を避ける聖南に、メディアは翻弄されている形だ。  そのため、仕事中にプライベート用のスマホが鳴る事は稀であった。  愛しの恋人は、よほどの事が無い限り連絡を寄越してこないうえに、彼のスケジュールを完璧に把握している聖南には、その着信の相手が誰なのか自然と絞り込む事が出来る。 『聖南〜! まったくこの子はぁ、無視しないでって言ってるじゃーん!』  次の仕事への移動中だった聖南は、ハンズフリーのイヤホンのスイッチを押すなり口元が引き攣った。  未だ、この父親の距離の詰め方に慣れない。 「今出てんだから無視してることにはなんねぇだろ」 『それもそうか! これは一本取られた! 我が息子は頭の回転が早いなぁ。応じてくれてありがとう!』  葉璃との交際を大手を振って応援してくれている父・康平へは、過去のわだかまりが霞むほどの感謝の気持ちを抱いているので、詰められた距離分は歩み寄りたいと思っている。  だがしかし、どうにも彼のテンションについていけない聖南はドライだった。 「……それで? 何かあった?」  信号待ちに差し掛かり、何気なく窓の外を見やりながら聖南は言った。  これでは、どちらが年上か分からない。  変人と名高い父だが、こと息子である聖南を溺愛したいという思いがひしひしと伝わってくる。過去よりあった溝が埋まって嬉しい、これからは存分に面倒を見させてくれと言わんばかりに、何かと連絡を寄越してくる父をもはや悪人だとは思わないが、〝慣れない〟のだから塩対応も致し方ない。  言わずもがな葉璃のGPS入り特殊ネックレスを極秘で制作してくれた恩や、先日の一件で大変に世話になった事、年末よりスタートする今回のCROWNのツアーにも尽力してもらわねばならない事などを鑑みると、彼の機嫌を損ねてはいけないという仕事脳で、何とか対応出来ている。  ただし康平は、聖南のドライな対応に耐性があった。  少しも気を悪くした様子無くククッと笑った後、『あのねぇ』とのんびりとした口調で本題を切り出してきた。 『それがねぇ、本当は電話でするような話じゃないんだな、これが』 「マジ? そんなヤバイ話なのか?」 『少しだけね〜』  康平にそう言われると、さすがの聖南もドキリとする。  何せ彼は、業界と太いパイプを持った実力者。仕事人間だったおかげで着々と、世襲関係無しにその地位にまで上り詰めた生え抜きの苦労人である。  その一声で、聖南の居る世界全体に緊張が走るほどの、康平の〝ヤバイ話〟。運転中にさらりと聞いていい話ではなさそうだ。  聖南はアクセルを踏み、眼鏡を中指で上げた。 「康平がそう言うって事は、かなりの内容なんだろ。そっちに行った方が良けりゃ行くけど?」 『それがねぇ、パパ今夜から二週間、中国に行っちゃうんだよ〜』 「今夜か。俺も体が空くの二十時以降だから無理だな」 『聖南……変わらず頑張っているようだね! パパも鼻が高いよ!』 「…………」  出張なんて大変だな、と言おうとした聖南は、咄嗟に口を噤んだ。  いつの間にか、康平の一人称が〝パパ〟になっている。父親である事を聖南に印象付けようとする作戦なのだろうか。  そういえば葉璃にも「パパと呼んで!」と迫りたじろがせたらしいが、聖南は常々〝康平を父親だとは思えない〟と言っているというのに。  乾いた笑いを溢し、「それで?」と続きを急かした聖南に、康平は一切の動揺を見せない。 『だからねぇ、手短に話すんだけれど。聖南、大塚の姪とは親しいのかい?』 「姪? レイチェルのことか?」 『そうそう〜。パパのところにじゃんじゃん情報きててさぁ。でも聖南には可愛い坊やがいるじゃない? どうしてそんな煙が立っちゃったのかなーって気になってねぇ』  メディアの前では飄々としていられる聖南も、プライベートでは案外心を掻き乱されやすかった。  突然レイチェルの名が出た事で、〝ヤバイ話〟の大方の予想が立ち始める。  康平が聖南の父親である事実は、一部の業界有力者しか知らない。職業柄、様々な情報を見聞きしたとしても何らおかしくないので、康平の知った情報がたまたま聖南絡みだったというだけなのだろうが、何やら胸騒ぎがする。 「……写真撮られたんだよ」 『あぁ、それは知っているよ。大塚と聖南が揉める原因になったやつでしょ? あれって捏造だったんじゃないの?』 「そうなんだけど、……」  ── そうだった。あの時康平が間に立ったようなもんじゃん。  現在も、聖南の信頼を取り戻したい社長によって、事あるごとにその話を蒸し返されて辟易している。  すっかり忘れていたが、その根本の原因となったのはきな臭い例のゴシップ写真だった。 「……てかそれが何なの。康平の話と関係あんのか?」 『うーーん。パパにもよく分からなくてね。護衛つけてたでしょ、聖南と葉璃くんに。そのボディーガードの報告書が妙でねぇ。聖南に教えておかなきゃって、今日まで情報集めてたんだけど〜』 「……妙って?」

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