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康平の口調は、世間話をするような普段と変わらぬ気軽さがあった。しかし、運転しながらの片手間で聞くべき内容ではないと、聖南は目と鼻の先にあったコンビニの駐車場に車を停めた。
『聖南の護衛をしていた者達の報告書をまとめると、聖南に限り三日に一度は記者らしき人物から尾行されていた、と。同じ顔ぶれだったそうだよ』
「…………」
『けれどね、聖南は超超超超ウルトラスーパーアイドルなんだし、マスコミから尾けられていたって何の違和感も無いわけじゃん。ていうか、ありふれた事っていうの? 気に留めるほどの事でもないかなぁと思っていたわけよ、パパは』
実の父にそこまで祭り上げられると、くすぐったい気持ちを通り越し、冷めた感情が込み上げてくるのは親子ゆえの天の邪鬼からなのだろうか。
ナチュラルな発言に、聖南をおだてようとする下心は見えない。康平が本気で聖南の活躍を目尻を下げて見ているという事が分かったのはいいが、だからと言って急激に態度を変えるのもおかしな話だ。
「……ん。マスコミに尾けられてたのは気付いてたけど」
『そうだよねぇ』
スーパーアイドル云々は脇に置き、護衛の報告書の内容とやらが聖南は気になった。
つい先日、彼女と接触したという葉璃に持論を展開し、疑惑を深めていた最中である。
口ぶりからして、康平がその答えを持っていそうで心がざわついた。
『大塚の姪は、金髪青眼の美女だったかな?』
「まぁ、……」
『その姪がマスコミと接触している写真があるんだけれど、見たいかい?』
「はっ!? マジで!?」
── 冗談だろ!? レイチェルとマスコミが繋がってるかもって、あれは可能性の話だったってのに……!
まさかの展開に、知らず聖南の声も大きくなる。
『マジだよ。大塚の姪はどうやって日本のマスコミと繋がったんだろうねぇ。何のために、コソコソやってるんだろうねぇ……っと、送信完了。確認してみて、それが本当に〝レイチェル〟かどうか。二秒で消すから、その間に保存してくれるかい』
「分かった」
送信履歴に跡を残さないため、聖南は康平から送られてきた画像をすぐさま保存する。
近場に停車して良かったと思いながら、きっちり二秒後に消えた画像データの保存先から、〝金髪青眼の美女〟を確認した。
「……レイチェルだ、これは……」
よくよく目を凝らす必要もなかった。
引きで撮られたものが精巧にズームアップされていたので、横顔だけでも彼女だと分かってしまった。
そこに写されていたのは、聖南も面識のある記者とレイチェルが何かをやり取りしているもので、その〝何か〟はUSB端末のようにも見える。
やはりレイチェルは、記者と何らかの情報交換をしていたのだ。
聖南の恋人がいったい誰なのかという大スクープを躍起になって探ろうとするマスコミと、聖南への恋心が暴走しているレイチェルの目的が合致した結果、とんでもないタッグが完成してしまっている。
「……はぁ、……」
聖南は、康平との通話中だが構わず重たい溜め息を吐いた。
両者の目的がハッキリしている今、いよいよ危機感を持たなければならない事を痛感させられた。
マスコミもレイチェルも、聖南の恋人 ─葉璃─ の存在を追っている。ただしレイチェルは、まさに自分こそが聖南の恋人だという噂を着々と広めている。
記者と接触していたのも、信憑性の増す証拠を増やすためにレイチェルが彼らに情報を流しているとしか思えなかった。
厄介事が思いのほか大きく膨れ上がっていそうで、聖南の溜め息が止まらない。それを少しの間黙って聞いていた康平が、ふと口を開く。
『大塚はこの事を知っているのかな?』
「知らねぇと思う。怪しいと思ってはいたんだけど、社長には話通してねぇんだよ」
『それは前回の事があったから? 大塚のこと、信用できなくなっちゃった?』
「いや、それとは関係無えかな。信用どうこうじゃなく、あんま言いたくねぇっつーか。自分の姪が何か企んでやがるぞ、なんて言えるかよ」
『優しいねぇ聖南。パパ、なんだかほっこりしちゃったな』
フフフッと笑みを浮かべた気配はしたが、即座に『けれどね』と聖南の考えを改めるような物言いに変わる。
『大塚には言っておくべきだよ。こんな事、許しちゃダメ。万が一、暴露って形で世間に知られたら、可愛い坊やが心配しちゃうよ? いや、心配どころか傷付いてしまうんじゃないかな? あの子は極端に自己肯定感が低い。聖南のためならってすぐに逃げちゃう癖がある』
「あぁ、……」
のんびりとした口調から一転、社長モードなのか父親モードなのか分からないが毅然と言い切られた聖南は、言葉が出なかった。
聖南の危惧をズバリ言い当てられたからだ。
葉璃との交際を応援してくれている康平だが、ここまで彼のことを理解してくれているとは思わなかった。
他ならぬ葉璃のために早いうちに芽は摘んでおけと、そういう風にしか聞こえなかったのだ。
『パパにはレイチェルって子の気持ちがさっぱり分からないんだけれど、聖南はどうなの? 彼女をプロデュースするって話なんでしょ? レイチェルとはどんな人物なんだい?』
「どんな人物って……中身については触れたくねぇからやめとくけど、そりゃあもう絵に描いたような箱入り娘だって印象だ。俺はな」
『まぁねぇ、大塚の一族だものねぇ。今まで何でも思い通りに出来たんだろうなぁ。だからって聖南とゴシップ撮られて黙っているのは解せないなぁ。パパはそこが分からないんだよ。どうして、聖南の恋人がレイチェルだって噂が回りまくっているの? パパのところにくる情報、全部そうなっているんだよ? あまりにも妙じゃない? ってことで、聖南にあの画像を共有したんだけれどねぇ』
葉璃との関係を知っている康平は、さぞかし不思議でたまらなかったのだろう。
なぜ相手が〝レイチェル〟なのか。その情報ばかりが届くのは何故なのか── 。
こうも同一人物の名ばかり取り沙汰されるのは、明らかにおかしい。康平の〝なぜ〟、〝どうして〟の抜本的要因は、聖南へのレイチェルの想いからきている。
康平に言うべきかは迷ったが、それを教えておいた方が話は早いだろう。彼は聖南以上に頭の回転が速い男だ。
「レイチェルから告られたんだよ、俺」
『えっ? 聖南が? ……それ、本当?』
「あぁ。でも俺には恋人が居るからって断ってんだ。誰とは言ってねぇが世間にも公表してるって」
『ほう……それで?』
「多分まだ、諦めてねぇんだと思う」
『── なるほど。すべて理解した』
聖南の思惑通り、康平の理解は異常に早かった。
告白を断ったものの、以降も彼女が諦めきれていない── つまりはそれこそが、諸々の彼女の原動力になっている。
『理解した』と言った康平は、一分ほど沈黙した。そしてわざとらしい咳払いをすると、あまり聞きたくなかった父親のトーンで康平は語り出した。
『……聖南、大塚の片棒を担ぐようですごく気が引けるんだけれど、君たちのためを思って言いたいことがある。聞いてくれるかい?』
「何となく分かるけど、……何?」
『せめて、レイチェルを完全に諦めさせるまでは、葉璃くんとの同棲はやめておきなさい』
「…………」
『このままでは連鎖的に、葉璃くんとの交際が世間にバレてしまうかもしれない。マスコミの興味は一過性だ。聖南は超超超超スーパーアイドルだから、そりゃあもちろんこの事が下火になる事はないかもしれない。だが年がら年中聖南だけを追うほど、ヤツらも暇ではないだろう。少しの間だ、聖南。ほんの少しだけ、離れていなさい。葉璃くんを守りたいならそれしかない』
分かっているのだ。
それが現時点での最善策だという事は。
レイチェルが葉璃の存在を突き止めているとなると、それがどのタイミングでマスコミに流れてしまうか分からない。
彼女の逆鱗に触れたり、もしくは聖南から決定打を与えられた場合、その報復として彼女独自で集めた証拠と共に聖南の恋人の存在が明るみになる確率は、極めて高い。
そしてここで、成田の言葉が脳裏を掠めた。
〝今この仕事を断るのは得策じゃない〟
聖南には、密着取材のオファーも入っている。延ばしてもらった返事の期限は、なんと明後日だ。
考えたくなかった最善策を、葉璃と話し合うべき時がきてしまった。
「……考えとく」
聖南はそう言うと、二週間の出張に向かう〝父〟に労いの言葉をかけ、通話を切った。
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