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❤︎ ❤︎ ❤︎  聖南の恋人として名を連ねるとするならば、番組共演者など僅かでも関わりのある女優やタレント、モデルといった面子に偏るものだが、それは単にマスコミの憶測でしかない。  しかし康平のもとに届いた情報は、そうではなかった。あげく、例の画像は偶然の産物なのだろうが、護衛の者による決定的瞬間を激写されてしまったがために、レイチェルは康平から疑惑の目を向けられる羽目になっている。  息子である聖南に〝ヤバイ話だ〟と情報を共有されている事など、彼女は知る由もないだろう。  とはいえ、彼女の術中に嵌ってしまっている感が否めない。  いくらこちらがレイチェルの尻尾を掴もうと、根本的な事が解決しなければ横槍は入れ続けられる。  〝レイチェルを諦めさせるまで── 〟  この康平の一言が、聖南の気持ちを揺らしていた。  確かにそうだと思ったのだ。  苦手だから、不気味だから、と同族嫌悪を丸出しにレイチェルを遠ざけていても、葉璃との関係を探られている今そんな事は言っていられない。  あまり彼女を刺激しては、もっと酷い状況になってしまう。  康平の言うことは一理ある。遡ってみると、あの時の社長も同じことを言っていた。  余計な事まで付け加えられたせいで激怒した聖南だが、あの時のことを思い返せば、社長も一応は二人のことを考えた上で最善策を打ち出してくれていた……と、今になって思う。 「……それもまぁ、今さらなんだけど」  苦笑した聖南は、自宅の書斎にてとあるイメージソングを捻り出していたのだが、まったくと言っていいほど作業が進んでいなかった。  数時間前の康平との通話が原因で、葉璃との楽しい夕食時もどこか上の空だった聖南は時刻を確認し、静かに立ち上がる。 「ふぅ……」  鬱々と書斎を出て、リビングドアのガラス窓からちょこんと覗いた葉璃の後頭部を見てしまうと、ただでさえ重かった足がその先を拒んだ。  聖南が「書斎で作業をする」と言うと、葉璃は間髪入れずに「がんばってください!」と両方の手でグッドサインを作って応援してくれる。  その可愛らしい激励によって創作意欲が上がり、マグカップ片手に鼻歌混じりで書斎へ向かえている日々を思うと、葉璃が居なければ聖南の毎日は成り立たないと言い切れてしまう。  出来れば、葉璃には常に聖南の目の届くところに居てほしい。だがプライベートまで葉璃を縛りたいとも思わない。  大好きな恋人から、「がんばって」を貰えているのだ。  それだけで聖南は〝頑張れる〟。  聖南が書斎にこもっている間、葉璃はストレッチをしたり、録り溜めた番組を観たり、好きに時間を過ごしている。  今日はどうやら、ケイタがW主演の一方を務めているメロドラマを観賞中だ。  毛足の長いフサフサのクッションをひっしと抱き、画面に齧り付いて観ている葉璃を聖南はしばらく眺めた。その回のクライマックスと思しきシーンまで、ジッと待つ。  エンディング曲が流れても、CM明けの次回予告を終えるまで葉璃は動かない。  それを知る聖南が声を掛けたのは、葉璃が身動ぎをしたタイミングだ。 「── 葉璃、ちょっといい?」  リビングの定位置で、葉璃が聖南の声に振り返った。 「はい?」  ソファの背もたれに手を添えた葉璃と、リビングドアに背を預けた聖南はパチッと目が合った。  二言目を考えていると、クッションを抱いたままの葉璃がトコトコと近付いてきてくれる。 「どうしたんですか? お仕事は順調ですか?」 「いや……集中できなくてな」 「そうなんですね。でもそういう時もありますよ。あっ、俺コーヒー淹れてきましょうか! 聖南さんみたいに上手じゃないですけど、コーヒーバックなら俺にも淹れられ……っ」  パフっとクッションを叩いて名案を閃いた葉璃が、嬉々として聖南から離れようとした。  聖南はその腕を掴み、思いきり引っ張る。  よろけた体を受け止めると、そのまま葉璃を腕の中にしまい込んだ。  葉璃の気持ちがたっぷり入ったコーヒーもそそられるけれど、出来れば一生切り出したくない話を喉奥に潜ませている聖南は、とにかく離れ難かった。 「……葉璃」  抱き締めて柔らかな髪に鼻を埋めると、自分と同じ香りがした。  髪だけではない。  葉璃は毎日、全身が聖南の匂いに包まれている。 「せ、聖南さん……? どうしたんですか?」  ただ抱き締めるだけの聖南を訝しんだ葉璃が、胸元でまごついた。  離れ難いだろう。  離れ離れになれば、葉璃はたちまち聖南の香りでなくなる。  可愛い激励ポーズも見られなくなるし、したいと思った時に抱き締める事も、キスをする事も、容易でなくなる。  共に暮らし始めるまではそれが当たり前だったのだが、聖南には〝今〟が常になっていた。 「葉璃、俺……やっぱ浮かれ過ぎてたのかな」 「え? 何がですか?」  腕の力を緩めると、葉璃が心配そうに聖南を見上げた。  自身でも情けないほどに弱気な声色になってしまったが、葉璃の前で強がれなくなった聖南は苦しげに思いを吐露する。 「俺、毎日すげぇ楽しくて、幸せで、寝るためだけに帰る家がこんなに明るいなんて初めて知ったんだ。どんなに大事な人が出来ても、誰かと暮らすなんて俺には絶対ムリだと思ってたし、同じ空間で生活するとお互いの小せぇ粗が見えたりして、結局はうまくいかなくなったりとか……よくあんじゃん。それが怖かったんだけど……」 「……はい?」 「でも、そんな事なかった。葉璃と暮らし始めて、俺はマジで毎日幸せなんだ。案外ルーズなとことか、言わなきゃ髪乾かさないとことか、全部に手がかかんのかと思ったら寝付きと寝起きは俺よりいいとことか、俺がみっともないとこ見せても笑って許してくれるとことか、色んな葉璃を知っても、なんか……全部好きなんだよ」 「えっ!? あ、あの……聖南さんっ?」  聖南の腕の中で、クッションを抱いている葉璃が一歩後退りした。  言わずにいられなかった事をつらつらと話し、前置きにしては未練がましく本当に情けない限りなのだが、現段階の最善策がそれしかないとなるとどうしても伝えたくて仕方がなかった。  事情が事情だからといって、葉璃が聖南の提案をネガティブに捉えないとも限らない。  同棲が嫌になったわけでなく、聖南は渋々、不承不承、その決断に至ったという事をはじめに言い聞かせておきたかった。  自他共に認める、逃げ癖のある葉璃の事だ。  〝同棲解消=別れ話〟と勘違いし、会話の途中で家を飛び出すかもしれない。 「葉璃に短所なんて無い。長所だけ。知れば知るほど、かわいくてたまんねぇんだ。四六時中ずっと、葉璃のことを考えてる。仕事中だろうが何だろうが、葉璃のことしか考えてねぇ。そんくらい好きなの、俺」 「ちょっ、えっ? えっ……と……?」  聖南の気持ちは毎日伝えているし、照れて真っ赤になった葉璃もきちんとそれを受け取って彼なりに返そうとしてくれる。  現に今も、戸惑いの声を上げながら二歩、三歩と後退りし、クッションで顔を隠している葉璃は耳まで真っ赤だ。  突然の熱烈な告白に初々しい反応を見せる葉璃を、数歩分離れたところから聖南は目尻を下げて見詰めた。  だがやはりそれだけでは足りず、ゆっくりと彼に近付きクッションごと抱き寄せる。 「好きだよ、葉璃」 「は、はいっ? はい、……あの……はい……」 「葉璃は? 俺のこと好き?」 「すっ……!? すっ、好きです、はい、俺も……もちろん、その……っ」  表情を見たかったけれど、その狼狽っぷりが葉璃らしくもあるので無理に顔を上げさせるような事はしなかった。  葉璃の気持ちを確認するような真似をした聖南だが、冷静なようでいてこれでも必死なのだ。  〝もちろん、好き〟  こう即答してもらえて嬉しかった。  一時でも離れ離れになる事を、聖南だけが寂しいと感じるわけではないと分かってホッとした。 「いきなりごめんな。ワケ分かんねぇよな。でも……駄々こねたってしょうがねぇんだけど、言うだけは許してくれ」 「えっ? はい……?」 「葉璃ちゃんと……離れたくねぇなぁ……」

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