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51♡②
「……ん?」
俯いてこぼした俺の声に、聖南がめざとく反応した。
朝陽をバックにキラキラ度が増してる聖南から顔を覗き込まれて、俺はついポッとなってしまう。
そこを深掘りするとぐるぐるしちゃうから、朝からこんな話はやめましょうって意味で無理に笑って見せた。
「……ま、まぁいいじゃないですかっ」
だって、時期がきたら、聖南はレイチェルさんとプラトニックラブってやつをするんでしょ。
そうなったら俺は完全な邪魔者になる。
身の程を知れって言われるのはイヤだから、早めにそれとなく、なるべくやんわりとした言葉で教えてもらえるとありがたいな……。
事情を知ってるからって、あんまり傷付きたくはないし……。
ずっと聖南をひとり占めしてたい、なんて図々しい願望に気付いた後に、離れなきゃならないのはツラいよ。
プラトニックラブするのは俺だけにしてほしいな……って、もっと図々しいことを考えてしまうよ。
「何、なんかイヤな言い方すんじゃん。いつか俺捨てられんの?」
「そんな……っ、捨てられるのは俺の方ですよ! 聖南さんの恋人でいるうちは、俺のことは好きにしてくださいって、そういう……っ」
「まーたそんな事言ってんの。どした、昨日からネガティブ発言連発してる」
「そんなことないですよっ」
ほっぺたをさらりと撫でてくる聖南に、俺は咄嗟に言い返した。
ネガティブ発言はしてるかもしれないけど、それはわりといつもだもん。
俺にとっては日常っていうか、物事をプラスに考えられないんだもん。
しかもレイチェルさん絡みだと、余計にそうなっちゃうって。
……わわっ……! 思い出したくない声が、脳内で再生されてしまった。
聖南に言い放っていた「愛しています」と、すべてが美しかったその姿まで思い出してしまうと、無意識に自分と比較してどうしようもない気持ちになる。
ぷるぷると頭を振って記憶の中のレイチェルさんを追い出そうとしていると、聖南から両方のほっぺたに手を添えられた。
「何考えてるか知らねぇけど、そんな事あるから言ってんだぞー」
「いぃっ、いひゃい! へなはんっ、いひゃい!」
「あははっ、今日もかわいーな、葉璃」
「むぅ……!」
摘まれたほっぺたが痛かった。手加減してくれてるのに、聖南はナチュラルに力が強いからあんまり意味が無い。
……でも嬉しい。
この他愛もないやり取りも、聖南からの「かわいー」も、今は俺だけのものだ。
嫌な気持ちになることは、あんまり考えないようにしなきゃ。
せっかくこうして聖南と二人きりで居られるんだ。
ぐるぐるしてたらもったいない。
俺は、ほっぺたを触りながらそっと聖南から離れて洗面所に向かった。足を踏み入れてすぐに目についた、袋に入った歯ブラシを開けて歯を磨く。
分かりやすいように聖南が気を回してくれたみたいで、洗面台には歯ブラシ、歯磨き粉、洗顔フォームが綺麗に並べて置いてあった。
相変わらず聖南はマメだ。
「あ、康平?」
『我らが聖南じゃないか! 昨日ぶりだねぇ、おはよう』
うがいをして、今度は洗顔を……と準備していると、俺のすぐそばまで来て聖南が電話を始めた。
スピーカーで話してるから、俺にもその相手がすぐに分かる。……聖南のパパだ。
「おっす。頼みがあって」
『いいよ〜なになに? 聖南の頼みとあらば! 何でも言って!』
「昨日取ってもらった部屋あるじゃん。何点か破棄した方がいい状態になっちまって」
『破棄……あぁ、なるほど! お盛んだねぇ。フフッ』
「二週間ぶりだって言っただろ。そりゃ燃える」
『フフフフッ! アツアツなんだね、二人。そこに葉璃くんもいるのかな? 葉璃くーん、おーい!』
洗顔用の石鹸を手のひらに乗せたまま、急に名前を呼ばれてハッと聖南を見上げる。
返事をした方がいいのかな。視線でそう問うと、聖南がニコッと笑った。
「あ、お、おはようございます、……パパさん」
『パパ、でいいよ! おはよう葉璃くん』
挨拶だけ交わすと、聖南が俺の頭にポンと手のひらを乗せてそのままヨシヨシしてくれた。
なんのヨシヨシか、何となく分かる。
挨拶してくれてありがとう……って、たぶんそういう意味。
なぜか俺にパパって呼ばせたがる、聖南のお父さん。とんでもなく偉い人なのに全然そんな風に感じないのは、色々あった聖南の前だからなんだろうな。
二度と会わなくていい、父親だと思えない、と闇深かったのに、二人は今やこんなにフランクに会話をしている。
聖南と聖南パパの関係修復は順調みたいだ。
「それでな、俺たちもう出るから後処理を頼みたい」
『オッケーオッケー、任せておきなさい! そのまま出て大丈夫なように根回ししておくから、出る直前にもう一度パパに連絡してね。非常階段から出るんだよ』
「あぁ、分かった。ありがとう」
『おっ!? と、とととんでもない! 聖南からの「ありがとう」なんて……パパ、聖南の役に立ててうれしいよ!』
「あ、あぁ、そう。それじゃよろし……」
『あぁ、聖南。ちょっと待って』
通話を終わらせようとした聖南の言葉を遮った聖南パパの声が、突然、緊張感のあるピリッとした声色に変わった。
ほんの二年前まで連絡すら取り合ってなかったなんて信じられない、確執があったとはとても思えない二人の会話に聞き耳を立ててほっこりしていた俺は、パパッと顔を洗ってしまう。
びしょ濡れのまま手探りでタオルを探していると、すかさず聖南が手渡してくれた。
「何?」
『あのねぇ、パパのところにまた例のブツが届いたんだけど〜』
「……うん?」
『これは……日付けは昨日だな。撮れたてほやほやみたいだねぇ』
「お、見たい。送って」
『オッケー。メッセージに送るからすぐに保存してね、三秒で消去するからね』
「了解」
そう言った聖南は、通話を繋いだままササッとスマホを操作し始めた。
何だか俺が聞いちゃいけない会話のように感じて、タオルで顔を拭きながら洗面所を出る。それなのに、スマホに視線が落ちた聖南が後ろからついて来た。
あ……この感じ、懐かしい。
一緒に暮らしてた時みたいだ。
書斎で仕事をする時以外は常に俺といたがって、俺が移動すると自然についてきてたもんな。
朝起きて隣に居ないと大声で俺を呼んで、返事をしなかったらドタドタと怒りの足音を立てて俺を探し回る。「なんで返事してくれないんだ!」、「隣に葉璃がいなかった!」、「起きるなら俺も起こせよ!」と大きな体で小さな子どもみたいなことを言う。
それがあまりにも可愛くて、わざと返事をしなかったのは一回や二回じゃない。
『時刻は二十二時三十九分。ご苦労なことだねぇ、そんな時間に接触するだなんて』
「俺と話した後だからかもな」
『おや、昨日このレディーと話をしたのかい? どんな? ……っと、聞いていいのかな。葉璃くんは……』
「葉璃にはもう話してある。会話録ってたの聞かせたし」
『それ本当? その録音ってパパも聞けたりする? 送ってくれない?』
「康平に有益な情報は無いと思うけど……あとで送っとく。容量デカいから別ツールで送るわ」
『オッケー』
何の話をしているのか、俺にはさっぱり分からない。昨日の録音の話が出たってことは、レイチェルさん絡み……なのかな?
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