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51♡③

 片時も離れない聖南が真後ろにいる状況で、俺はバスローブを脱いだ。するとすぐに抱きついてきて、慌てて俺は聖南のやらしい手を掴む。  ──なっ、何考えてるの、聖南……っ!  それでもモゾモゾと動く手は止まらず、指先で乳首をサラッと撫でられた。でもまだ通話はつながってるし、声を出すことが出来ない。  サラサラ、サラサラと指先でのイタズラをやめない聖南から、せめてもの抵抗で体をくねらせて避ける。 「……ちょ、……っ」 「マジで昨日じゃん、これ」 『撮った者の証言によると、ここで合流してすぐそばに停めてあった車に乗り、十分ほどで解散したそうだよ』 「ふーん。少なくとも、両者すぐに連絡を取り合うことが出来るってことだな」 『そうだねぇ。大塚の姪だってことを盾にしているなら、記事放出までは大塚の耳に入らないように細心の注意をはらっているだろうし。なかなかうまくやっているねぇ』 「だからこそ厄介なんだよ」  これは絶対にレイチェルさんのことを話してる……! と確信を持った俺は二人の会話の内容が気になって、好きにイタズラさせていたのがよくなかった。  調子に乗った聖南の手付きが、どんどんやらしくなってくる。  指先で乳首をつまんでくりくりと動かして、思わず前屈みになった俺の首筋をペロッと舐めた聖南は、知らん顔で喋り続けていた。 「…………っ」 「じゃ、とりあえず出る直前にもう一回連絡入れるわ。悪いな、面倒かけて」  非難の目を向ける俺を真顔で見下ろすと、今度は手のひらでガシッと薄っぺらい胸元を掴んでもみもみしてくる。  聖南パパの軽快な『オッケー!』を最後に通話が切れると、スマホをサイドテーブルに置いた聖南が今度はぎゅっと抱き締めてきた。 「あっ……聖南さん、もう……っ! 何してるんですか!」 「目の前にこんな美味そうな体があったら、触りたくもなるだろ」 「触るだけじゃなかったですけどね!」 「ん、あとは何された?」 「えっ、いやそれは……っ」  なんで俺に言わせようとするの……っ?  しかも真顔で、あとほんの少しでキスしちゃえそうなくらい至近距離で、「なぁ」と俺の返事を急かすイタズラっ子みたいな聖南に不覚にもドキドキしてしまうのは、ただただ俺が聖南のことをめちゃくちゃ好きだから。  顔がいい、声がいい、スタイル抜群でかっこいい、そんなのはみんなが知ってること。  俺が好きなのは、甘えるみたいに抱きついてそっと俺の顔色をうかがいながら意地悪する、素の〝日向聖南〟だ。 「な、何されたって……舐められたり、つままれたり、……揉まれたり……?」 「うん。続きしたい」 「えっ!? なっ、何言ってるんですか、もうチェックアウトするって……!」 「ンなの分かってる! でもこれからまた一週間会えないんだぞ!? もう気が狂いそうなんだ! 時間いっぱい葉璃とイチャついてたってバチは当たらねぇはずだ!」 「…………っ!!」  いきなり大声でまくし立てられて、勢いに圧された俺はグッと押し黙るしかなかった。  振り返ると、唇がムムッと結ばれている。眉間にも濃い皺が寄っていて、いかにも不機嫌ですと言わんばかりの表情だ。  イタズラしてた事を必死になって正当化しようとする、大きな子どもみたい。  時間の許す限り俺とイチャイチャしてたいって、そんなの俺も同じ気持ちだよ。  週に一回はデートする、そう決めたものの、その一週間が俺たちにはとっても長く感じる。  二週間で限界がきた聖南には、それがたとえ半分の七日だとしてもツラさは同じで、明日以降またコーヒーを主食に睡眠不足と戦わなきゃいけない。  体に悪いですよと叱っても、〝葉璃不足〟は俺にしか治せないって七日後今と同じ顔して言うんだよ、きっと。 「聖南さん、……寂しい、ですか?」 「寂しい。泣きそう」 「あはは……っ、聖南さんかわいい」 「葉璃と離れたくねぇ。マジであと三ヶ月もなんて無理だ。俺壊れる」 「聖南さん……」  体ごと聖南を向くと、息苦しくなるほど強く抱きしめられて切なくなった。  本心からそう言ってるのが、体全体から伝わってくるんだもん……。  聖南は、単に〝続き〟がしたいわけじゃないのかもしれない。俺と離れたくなくて、この二人きりの空間で少しでもイチャイチャしてたいだけなんだ。  ……なんてかわいい人なんだろう。  ストレートな言葉が、心に響いた。  状況的にお互い納得の上の別居でも、寂しい、耐えられないという思いとは常に隣合わせだ。  一緒だよ、聖南……。  俺も寂しいよ。  当たり前になった二人きりの時間に制限がついちゃって、寂しくないわけないよ。  俺だって聖南と同じ気持ちなんだってことを伝えるために、広い背中に腕を回して思いっきり抱きついた。  うん。そうだよ。この毎日の日課だった〝ぎゅっ〟が無いのは、やっぱり寂しいよ……。 「葉璃ちゃん特大の勘違いしてるから早く話もしてぇんだけど、名残惜しくて……」 「……俺もですよ」 「ほんと? なんか平気そうに見える」 「平気じゃないですよ。……平気じゃないです、全然……」 「葉璃ー……」  いつもだったら、「だよな」とか言って軽く同調して照れ隠しのようにニコッと笑う聖南が、今日はほんとに弱ってる人のそれだ。  離れがたい、を体現されて素直にならないほど、俺は頑固じゃない。  こんな聖南を前にして寂しい気持ちを隠してられるほど、俺の聖南への好意はそんなに小さくない。  弱ってる聖南に触発された俺は、「それに……」と少しだけ躊躇したあと、本心を打ち明けた。 「せっかく聖南さんとエッチしてたのに、途中で飛んじゃったの……もったいなかったなって……思うくらいですから……」 「葉璃……っ♡」  ほんとに、ただ俺は、伝えたかっただけなんだ。  聖南だけが寂しいわけじゃない。  いろんな思いでぐるぐるしてても、俺は聖南から逃げたいとは思わなくなったんだよ。  それどころか、『出来れば一緒にいたい』と究極にワガママな思いが育ってしまってるんだよ。  触れ合っていたい。  頭がぼんやりするくらい、抱き締めていてほしい。  ワガママで図々しい願望は次から次に湧いてきて、そのぜんぶを聖南に叶えてほしいなんて……思っちゃってるんだよ。 「ダメだ。そんなかわいーこと言われて我慢できるかよ。……挿れねぇから。素股で甘んじる。ヤるぞ」 「あ、甘んじるって、やるぞって、ダメですよっ! チェックアウトするって言っ……」 「十分……いや二十分だけ」 「えぇっ!? あ、い、いやでも、ほら、汚れちゃうから……っ」 「葉璃が出さなきゃいいだけの話」 「そんなのムリですよ!」 「……なんで?」 「へっ!?」 「なんでムリなんだよ。なぁ、なんで?」 「〜〜っっ!」  後先考えずに俺が本心を打ち明けた時、聖南がどんな反応をするか、俺はたぶんどこかで分かってた気がする。  意地悪な笑顔を向けてくる聖南が、とことん俺に甘えてるのが分かって、それがかわいくてかわいくて、とても繕えなかった。 「聖南さんとするの、き、き、気持ちいいからですよ!」 「模範解答だな♡」 「ちょっ、もう! 聖南さん〜っ!」  ほんとにするの!? チェックアウトどうするの!? ドライブは!? 大事な大事なお話は!?  言いたい事は、頭の中でかけ巡っただけで口に出すことは出来なかった。  さっきまで寝てたベッドの上に押し倒された俺は、熱烈なキスを受けた瞬間に頭が真っ白になったからだ。  服を着たまま俺を襲う聖南から、いつもの香水の匂いがしてクラクラした。その匂いだけでたまらなくて、その気になってしまった。  ──マスクと帽子で変装した怪しげな二人組が非常階段を降りたのは、甘んじた素股開始から一時間後の事だった。

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