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「うーん……」
甘いコーヒーが入った、コーヒーショップならではの縦長の紙コップを両手に持って唸ること数回。
念のため後部座席に座るのが定番になった俺は、運転席の後ろで情報整理に追われている。
俺の家からほど違い、近くに墓地があるせいであんまり人が寄り付かない散歩エリアの駐車場にポツンと停まった、聖南の高級車。
初めての時みたいにどこかに停まって話がしたいって聖南が言うから、ホテルからもそんなに走らなくていいし、じゃあってことで此処に案内した。
外に出れば冬の晴れ間で澄んだ冷たい空気を浴びる事が出来るんだろうけど、さすがにそれは無理だから、こうして車内で密会をしている。
車を停めるなりいそいそと俺の隣の席にやって来た聖南が差し出してくれたベーグルには、ハムとチーズと新鮮なレタスが挟んであって、見るからにとっても美味しそう。……なんだけど、なかなか口をつける気にならない。
ブラックコーヒーをちびちびと飲む聖南が話してくれた〝プラトニックラブ〟の意味が、どうしても理解出来ないんだ。
それに、後部座席の聖南なんてレアだ……とドキドキする間もなく、聖南の挙動がいちいち面白くて会話が進まないというのもある。
ホテルからほど近いコーヒーショップで人生初のドライブスルーをした聖南は、コーヒーを二つとベーグルを二種類、サンドイッチは三種類も買っていた。
そして今、ブルーベリージャムとクリームチーズのベーグルを食べて変な顔をしている。
苦手なら食べなきゃいいのに……。
聖南の行動から目が離せない俺は、思わず吹き出しそうになった。
「甘……」
「よりによってなんでそっち選んだんですか。こっち食べてください」
「それは葉璃のだから」
「俺はどっちでもいいんで」
「一口食ってみ? 見た目以上に甘えから」
「はい、……」
差し出されたベーグルを、聖南の手からパクッと食べてみる。朝は食べなくても平気だから、そんなに食欲はないんだけど……聖南が嬉しそうに買ってくれたものだから、ありがたく頂く。
「あぁ、ほんとだ。聖南さんには甘いかもですね。でも美味しいですよ?」
「クリームチーズだから大丈夫だと思ったんだよ。て事はなんだ、ブルーベリージャムってやつが甘いのか?」
「これベーグルもほのかに甘い気がします」
「あぁ、なるほど。だから余計に甘く感じるのか」
「聖南さん、ブルーベリージャム食べたことあります?」
「……無い」
「でしょうね。ふふっ……」
ジャムっていうくらいだから、どんなに甘さ控えめと謳っていても甘いんじゃないかな。聖南は甘いものが極端に苦手だもんね。
完全に食べる手が止まってしまった聖南から、無言でベーグルを差し出される。それを笑いながら受け取って、俺はぺろりとたいらげた。
クリームチーズが爽やかで、ジャムともマッチしててすごく美味しい。ただ、甘いコーヒーとはあんまり相性が良くない。
「葉璃、もう食わねぇの?」
「朝はあんまり食べられないの、聖南さん知ってるでしょ」
「知ってるけど。じゃあこれ全部持って行きな? 向こうで食えばいい」
「聖南さんは食べないんですか?」
「甘々ベーグルで胸焼けした」
「あはは……っ! だったらなんでジャムのベーグル選んだんですかっ」
「美味そうだったんだよ、見た目が」
「見た目……っ」
面白い……っ! 聖南は相変わらずだ。
カッコいいのに全然気取ってなくて、気さくで、言動すべてに裏が無い。
芸歴を鼻にかけてもいないし、天狗に見せかけてるだけで実は気配りお兄さんだし、あらゆる面でマメだし。
聖南はほんとに、非の打ち所が無い。
だからレイチェルさんみたいに本気で好きになっちゃう人が現れるんだよ……って、いけない。
コーヒーショップで買ったベーグルで盛り上がってる場合じゃなかった。
俺と聖南が、なんでこんなところで二日目の密会をしてるのか。それは、他人に聞かれちゃまずい大事な話の最中だったからだ。
「……聖南さん、あの……」
「ん?」
胸焼け中の聖南は、コーヒーすら受け付けないのか紙コップをドリンクホルダーに置いて、背もたれに体を預けた。
俺たちは午後から仕事だ。いつまでもこうしていられない。
聖南との楽しい時間は、いつもあっという間に過ぎていく。
お互いにとってどんなに気の重い話でも、ちゃんと向き合わなきゃいけない。
「……俺と聖南さんは、プラトニックラブな関係……なんですか? でも……いっぱいしてますよ? いちいち数えてないですけど、……いっぱい……」
その意味が俺たちに当てはまるから、レイチェルさんにもそう説明したと聖南は言うんだけど……これがよく分からない。
スマホで検索してみても、どれもこれも〝肉体的欲望を離れた純粋に精神的な恋愛〟、〝肉欲を伴わない精神的な恋愛〟、などなどとにかくエッチなことは抜きにした関係……みたいな事がたくさん書かれていた。
「そうだよな。でも俺と葉璃は間違いなく、ある意味ではプラトニックラブな関係だ。意味の通り、心の繋がりを何より重要視してる。セックスは二の次になった」
「えー……二の次って、さっきガオーッて襲ってきたじゃないですか」
確かに一理あるというか、まったく理解できないわけじゃないよ。
聖南はある時から『想いを伝える手段はエッチだけじゃない』と言ってて、実際に清く抱き合って眠った日もたくさんあった。
あ、……だから聖南は〝ある意味では〟って言い方したのかな。
ついさっきいきなり獣に変身した聖南に襲われたばかりだから、理解しにくかっただけ……?
「……なんなの、マジで。なんでそんなにかわいーの? 昨日も思ったんだよな。葉璃ちゃんマジかわいー、こんなにかわいかったっけ?って」
「い、いや、俺はかわいくないですよっ」
「かわいーから言ってんだけど。そこ認めてくんないとまた俺のヤキモチが……」
「聖南さん、脱線してます」
「……なんでだ。葉璃ちゃんとだったら俺無限に話せそう」
「ふふっ、俺もです」
「クッ……! かわいー……!」
胸元をガシッと掴んで小さく叫んだ聖南は、大袈裟だ。
俺も、聖南と話してると楽しくて、時間を忘れちゃって困る。
話題があちこちに飛んだり、突然俺のことを「かわいー」と言い出して押し問答したり、かと思えば二人とも急に黙って見つめ合ったり……。
今も、大袈裟なリアクションをした聖南がジッと俺を見てくる。俺も何気なく見つめ返すと、どちらからともなく笑みがこぼれて場が和んだ。
「フッ……。あのな、レイチェルに提案したのは、ざっくり言うと浮気相手になれってことだ」
「…………え?」
「誤解するなよ、よく聞いてくれ。それも表面上だけだ。レイチェルがうまく勘違いしてくれたから、プランBを実行に移すことができる。恋人がいようとお構いなしだったレイチェルは、俺の提案の意味が分かった途端に即答した。浮気相手でもいいと承諾したようなもんだ」
「……悪い殿方ですもんね、聖南さん」
「やめろって。ゾッとする」
ちょっとだけ揶揄うと、あからさまに嫌な顔をした。こんな時に何だけど、聖南は苦笑いまでかっこいい。
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