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51♡⑥

 俺がどう言われようが構わない。  でも、俺に関わる人達が世間から叩かれちゃうかもしれないのに、そうなんですねって素直に頷くことは出来なかった。  公表した後がこわいよ。  不安でしかないよ。  車内は暖房でぬくぬくなのに、何だか寒気がしてきたよ。  プルっと震えた俺をよそに、聖南は不敵な笑みを浮かべてる。「葉璃が不安なら公表するのはやめとこう」とは、とても言わなそうな雰囲気だ。 「SHDの幹部も笑えるくらい何も分かってなかったけど、ヒナタを演じ切った張本人も自覚が無いってか」 「自覚……? なんの自覚ですか? 俺はただ……」 「〝ハル〟がとんでもねぇポテンシャルを持ってるってこと、業界にも世間にも知らしめてやろうぜ」 「えぇっ!?」  いや、いやいや……っ! 何それ、どういう事っ?  俺にはそんな、知らしめてやるほどのポテンシャルなんて無いから……!  社長さんが事務所間で交わした契約(?)を必死でこなす事しか頭に無かった俺が、業界と世間に許してもらえるはずないって……!  聖南の、恋人の欲目ってやつがひどい。俺のことを買い被り過ぎてる。  それについてはよく考えてほしい、そう言おうと聖南の手をぎゅぎゅっと握った瞬間、聖南がさらに続けた。 「あとな、報道規制の解除と同時にヒナタを公表したい理由がもう一つある」 「は、は、はい……?」 「レイチェルの握ってる切り札を無効化できるんだよ、〝ヒナタ〟ちゃんが」 「…………っ??」  なんでそこでレイチェルさんの名前が……?  俺の頭の中に一気に情報が飛び込んできて、もはやパニック寸前だ。  それはまた時期が迫ってきたら説明する、と言った聖南は、俺のことをよく分かってる。ポテンシャル云々については怪しいけど、パニックになりかけてる俺を察してそれ以上の説明は控えてくれた。  なんで、情報規制の解除と同時に〝ヒナタ〟の事を公表すると、レイチェルさんがチラつかせてる切り札を無意味なものにできるの?  ……さっぱり分かんない。  たとえ聖南の頭の中を覗かせてもらったとしても、俺には到底理解出来る気がしない。  ただ一つ分かったのは、先の先まで考えられた作戦を、聖南はこれから着々と実行し始める……ってことだけ……。 「プランBの共犯者になっちまったな、葉璃」 「プランB? Aがあったんですか?」 「あはは……っ、そこ突っ込む?」 「気になります」  握った手のひらが解放されたと思いきや、豪快に笑う聖南から今度は肩を抱かれた。  グッと抱き寄せられて聖南に寄り添った俺は、そのまま身を任せる。  あ、不思議だ。震えが止まった。 「プランAは、どんな手段を使ってもレイチェルのデビュー話を白紙に戻す。それだけ」 「えぇ!? そうだったんですか!? な、なんでAからBに変わったんですか?」 「そうだなぁ……。レイチェルに悪意が無いってことが分かったから、かな」 「悪意……ですか」 「ん。悪意のある人間のデビューになんか携わりたくねぇもん。コネ使ってデビューする時点でこっちサイドは恐縮するし、世間からも色眼鏡で見られるんだ。相当な実力がないと両者受け入れられるもんじゃねぇ。しかも俺のことが好きだとかぬかしてんじゃん。諸々の裏に悪感情があれば、俺は容赦なくこの話を切ってたよ」  そ、そうだったんだ……。  アレルギーを発症した、とめちゃくちゃ失礼なことを言いつつ、聖南はしっかりレイチェルさんの人となりを見てたってことなのかな。  Lilyのみんなから向けられた悪意を体感してきた俺も、そこは聖南の意見に同意できる。レイチェルさんからは、黒いものをあんまり感じない。  ……とは言っても、俺のことを聖南の恋人だと決めつけてるから、かなり圧の強い対応はされたけど。  まさに、恋敵的な。  それは仕方がないことだと思うんだ。  好きな人の恋人が目の前に居たら、もちろん嫉妬心で心が塞がれて優しくできないと思う。好意的な対応をされたら、それこそ裏があるんじゃないかって勘繰るよ。  まぁ卑屈ネガティブを地で行く俺は、とてもじゃないけどレイチェルさんに共感は出来ない。  好きな人に恋人がいたと分かった時点で身を引くだろうし、俺なんかが好きになっちゃいけない相手だったんだ……といっぱい泣いて、ツライけど諦めなきゃって気持ちの整理を始める。  レイチェルさんが鋼のメンタルを持ってるからこそ、俺に敵意むき出しだったんだよね。  そこに悪意があったのかは正直分からないけど、少なくとも俺にはその他の感情は見えなかったし、実際に何度も好意をぶつけられてる聖南もこう言ってるから、……。 「じゃあ、……レイチェルさんに悪意が無くて、聖南さんに本気だって分かったから、プランBに?」 「そうなる。でもたとえ悪意が無かったとしても、現状かなり卑劣なことやられてっからな。ぶっちゃけ今でも、デビューの件から手を引きたい気持ちは山々なんだよ。リテイク作業のストレス半端無かったし。だけどな、気持ちを暴走させた上に俺たちの切り札を握られたらもう……こっちは舵を切るしか無い。俺の命より大事な葉璃を守るためなら、俺はどんな事だってする」 「…………っ」  思わず照れくさくなった言葉を証明するように、俺のほっぺたが聖南のコートにめり込むくらい強く肩を抱かれた。  俺は、〝セナ〟の恋人が〝ハル〟だってことが世間にバレるのが何よりも嫌で、もしもを考えると恐怖すら覚える。この考えは聖南と付き合い始めた頃から一貫していて、今も当然変わらない。  怖いもの知らずな聖南は公表してもいい派なのに、まったく真逆の考えを持つ俺を尊重してくれてるからこそ、付き合い続けていられるようなもの。  聖南はそんな俺を守るために動いてると、カッコよく断言した。 「要するに、葉璃のためにプラン変更したって感じ。もちろんこれが葉璃にとって最善とは思ってねぇけど、だったら共犯者にしちまえばいいじゃん、ってな」 「共犯者……」 「邪気の無い悪意が、マジで一番……質が悪い。何をどう言っても響かねぇってなんなの。態度でも言葉でも拒否ってんのに、なんであんな強気でいられんの。俺と葉璃のこと何も知らねぇくせに、気持ちは移ろいやすいもの……なんてよく言えるよ。さすがの俺でも理解不能」 「…………」  以前からレイチェルさんの話題が上がる度に、まいった顔をしていた聖南。  だけど今日まで、こんなにもやれやれ感を出しながら本音を溢したことが無かっただけに、俺の顔面からも苦笑いが消えない。  聖南がどれだけ溜め込んできたか、嫌でも察した。 「俺、言ったじゃん。同族嫌悪で苦手なんだって。俺も葉璃にグイグイ迫ってたから、レイチェルと変わんねぇじゃんと思ってた。葉璃が拒否ってんのもお構いなしで、初めてまともに話した日にキスして、気持ちを確かめるような真似までした」 「そう、でしたね……」 「最終的に葉璃も俺のことを好きになってくれたから良かったけど、平行線のままだったらマジでレイチェル化してたと思う、俺」 「レイチェル化って……」  また失礼なこと言ってるよ、聖南。  これは一歩間違えたら悪口になっちゃわないかな。本人が居ないところでそれは良くない……なんて綺麗事を並べようと、聖南はきっと本人の前でも平然と言っちゃうんだよなぁ。  いま、たまたま、本人がここに居ないだけで。

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