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51♡⑦

 聖南が〝レイチェル化〟してたら、どうなってたんだろう。そもそも〝レイチェル化〟っていうのが具体的に何なのかが分かんないけど……。  殻に閉じこもっていた俺に好き好き攻撃をやめなかった聖南は、確かに強引だった。  でも嫌だと思ったことは無かった。  なんで俺なのって戸惑うばかりで、答えを見つけてもなかなか気持ちを伝えられなかった俺は、聖南の言葉と強引な駆け引きのおかげで……堕ちることができた。  性別なんか関係ない。葉璃だから好きなんだ。……そう言ってくれた聖南の気持ちに、いい加減応えなきゃって思わされた。  枷ならいくつもあって、思い込んでぐるぐるすることが未だに治らない俺だけど、あの頃とは状況が変わったからこそ、聖南のそばを離れたくないんだ。  聖南は、好意だけをひたすらぶつけてきたわけじゃなかった。  アイドルとしてデビューする俺に、迷わないようまっすぐな道を用意して、力強く手を取って導いてくれた。  レイチェルさんと聖南は、似てるようで似てないよ。  引く時は引いて、気持ちが育つまでジッと耐えて、初めての恋に混乱しないよう相手を気遣うことができる聖南は、レイチェルさんと同族なわけがない。 「けどそんな事になんなくて良かったよ。こうして葉璃と居られる俺は、幸せ者なんだよな。……俺を好きになってくれてありがとう、葉璃」 「え、……っ」  言いながら頭を撫でてくる聖南の声があまりに優しくて、初々しいドキドキが胸を高鳴らせる。  その言葉で、あの時の聖南がどんなに必死だったか、不安だったか、分かった気がした。  恋をしている人みんなの想いが成就するわけじゃない。ETOILEのデビュー曲であるsilentみたいに、片思いのまま終わっちゃうことだってきっとたくさんある。  俺は、初恋が聖南だった。  何もかもにドキドキする甘酸っぱい気持ちを、毎日感じることが出来ている。  こんなに幸せことはない。  だから……恋を諦めなきゃいけないツラさや悲しみを、本当の意味では理解しきれない俺は、レイチェルさんの気持ちに寄り添うことも出来ない。  口には出さないけど、『俺なんかが聖南の恋人でごめんなさい』と、心の中で詫びることしか……。 「葉璃のことを好きになった日から、気持ちが全然変わんねぇの。てかもっと大きくなってて収拾がつかねぇ。どうしたらいい?」 「え……っ?」 「フッ……」  どうしたんだろ、聖南。なんでこんなに嬉しいことをいっぱい言ってくれるの。  俺の方が、『俺のことを好きになってくれてありがとう』だよ。  いつか聖南の気持ちが離れて捨てられちゃったら、俺は死んだ方がマシだと今から思うくらい、大好きだよ。  想いが膨らみ過ぎてどうしたらいいか分かんないのは、俺もだ。  毎日たっぷりの愛情をくれてる聖南に、俺はその半分も返せてない。  でもそれは、今に始まったことじゃないよね。  聖南は気付いてないのかもしれないけど。 「聖南さんは変わらないです。……ずっと」  甘いコーヒーを飲み干して、空のカップを抱き締めてからピタッと聖南に寄り添う。  聖南へ想いのお返しをするには、なるべく顔を見られないようにしたかった。 「そう?」 「初めて会った日からずっと、グイグイきてました。強引でした。すごく」 「……うん、それ着地点大丈夫そ?」 「ふふっ、大丈夫じゃないです」 「はぁ?」  急に何を言い出したんだ、って聖南の狼狽え方が可愛かった。  聖南が始めた回想に、俺も付き合ってるだけだ。  こうして車内で語らっていると、ほんとにあの時の事が鮮明に蘇ってきて胸が熱くなる。 「俺が拒否ってもお構いなしで、初めてまともに話した日にキスまでしてきました。しかも、……濃いやつ。俺……はじめてだったのに。あの時のコーヒーの味、まだ忘れてないです」 「いやそれはさっき俺が言った……てかマジでごめん」 「春香と間違えてますよって、俺なんかやめた方がいいですよって、何回も言ったのに。ちゃんと俺は、聖南さんの間違いを正そうとしてたんですよ。何でしたっけ、……あぁ、そう。気の迷いってやつだ」 「……葉璃、何が言いてぇの」 「え? いや、俺は……俺は、聖南さんがグイグイきてくれたおかげで、幸せなので……それを伝えようとしました」 「えっ?♡」  下手くそなのは見逃してください、と付け加える。  言葉って難しいなぁ。  やっぱり俺は、想いを口にするのが苦手だ。  あれもこれも言わなきゃって気持ちが急いて、伝えたいことの半分も言えない。  レイチェルさんと聖南が似てないって事と、俺も大好きだって事をいっぺんに伝えるにはどう言えばいいのかな。 「俺めちゃめちゃ強引だった自覚があんだけど。今はそれも許されてる感じ?」 「だって聖南さん、俺が本気で拒否してないの分かってたと思います。もしほんとに俺が迷惑そうだったら、聖南さんは……諦めてたでしょ?」 「んー……そう思う?」  聖南が、車の天井を見上げた気配がする。  ピトッと聖南にくっついてる俺は、あの時から優しかった聖南を思い出してほっこりしていた。  許すも何も、聖南のことを好きになった俺には返事は一つだ。 「はい」  好きな気持ちは止められるものじゃない。  出来れば振り向いてほしい。想いが伝わってほしい。いつか……抱きしめてほしい。  そう考えるのは当然のこと。  でも、時と場合による。  聖南にはちゃんと分別があったじゃん。  俺の気持ちを最優先に考えて、たくさん……ほんとにたくさん、あったかい想いを伝えてくれたでしょ。  相手─俺─が嬉しいと思えば、それはもう二人にとって必要な強引さだったんじゃないかな。 「そっかそっか。あー……焦った。いきなり昔話始まったからさ、当時どんだけイヤだったかをたっぷり聞かされんのかと思った」 「そんなわけないですよっ」 「あはは……っ! てか葉璃ちゃん。まだまだだな」 「は、はい……っ?」  空のカップを奪われて「あっ」と声を出した時には、俺は後部座席で押し倒されていた。  その素早い身のこなしはさすがの一言で、戸惑う隙すら与えてくれない。  長い足で俺の体を跨いだ聖南が、やけにニヤニヤとごきげんに笑ってるのが気になる。 「俺は何が何でも葉璃を手に入れてたよ。拒否られても迷惑がられても、一旦引くフリだけして、葉璃が油断したところに食いついてマーキングするのが俺だ」 「えぇぇっ!? く、食いつく!? マーキング!? 聖南さん猛獣じゃないですか!」 「だから言ってんじゃん。俺とレイチェルは同族なんだよ」 「…………っ!!」  前言撤回。  聖南は、レイチェルさんと似てる。自分で言うくらいその自覚がある、完璧に同族だ。  そりゃあ嫌悪して当然かもしれないって、俺はやっと、やっと、聖南の気持ちを少しだけ理解することが出来た。

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