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後部座席で軽めのキスをして、俺たちは束の間の密会を終えた。
人通りがほぼ無い、だだっ広い駐車場には車が一台も停まってない、そんな寂しい散歩コースの手前で、まさかアイドル二人が密会してるだなんて誰も思わないだろう。
午後からのバラエティー番組の収録のために聖南が局まで送ってくれたのはいいけど、最後の最後まで手を繋いでたからか、もう寂しくなってきた。
受付で出演番組と名前を告げて、エレベーターに乗り込む。いつもと変わらない、日常的なことだ。
その間も聖南の手のひらの感触が残る右手を、意味もなく閉じては開いてを繰り返した。
コーヒーを飲みながら車内で語り合うなんてあの時以来だから、ほんとに懐かしくて懐かしくて……。
これからまた離れてしまうことを考えると、ツラくてたまんなかった。
離れがたかった。
繋いでた手をなかなか離そうとしなかった聖南も、切ない表情で俺を見てたから同じ気持ちだったんだと思う。
『七日も待てるか分かんねぇから、夜はいつでも空けといて』
年上の恋人らしからぬ発言だけど、そんな聖南の必死さが俺には心地良かった。
いつも聖南は、俺の心がぽかぽかする言葉をくれる。その代わり、名残惜しさが倍増しちゃうのはどうしたらいいのかな。
これから収録があるのに、俺……ちゃんと〝やらなきゃスイッチ〟入るのかな。……不安だ。
でもまずは、気まずい挨拶が待っている。
寝坊してレッスンを休んだ罪悪感が、聖南との密会ですっかり薄らいでしまってたせいで、局の廊下を歩く速度が亀並みだ。
ネームプレートに〝ETOILE様〟と書かれた貼り紙を見つけて、扉を恐る恐るノックする。
「──おはようございます……」
じわ、と扉を開きながらオバケみたいに中を覗くと、すぐに二人が飛んできた。
「葉璃!」
「ハルポンおはようさん〜」
「あ、あの……レッスン休んですみませんでした……!」
ちゃんと謝っておかないと俺の気が済まないから、二人に向かって深々と頭を下げた。
聖南は俺のレッスン欠席の理由を『具合が悪そうに寝てる』と言ったらしいけど、それは半分ウソで、半分真実が混じっている。
俺は体調が悪そうな演技なんて出来ないから、とりあえず二人の表情を窺った。
「ええって。レッスン一回休んだかて地球が滅亡するわけやない。そないショボくれんでも」
「そうだよ。葉璃が居ないのは、寂しかったけど……。体調が悪かったなら、仕方がないよ。もう、大丈夫なの?」
「うっ……」
ルイさんはいつも通りって感じだけど、ひどく心配そうに俺の顔を覗き込んでくる恭也への罪悪感がめいっぱい膨らんだ。
だからってほんとの事を話すわけにもいかないし、「大丈夫」と言って笑顔を作る。それでも恭也は、眉間のシワを残したまま。
俺の体を支えてくれながらパイプ椅子に誘導して、飲み物や食べ物を目の前に置いてくれて、重なった台本を二部手に取ってからやっと俺の隣に腰掛けた。
「ま、大方予想はしてたしな」
「え……?」
「ルイさん、どういう事ですか?」
「ここだけの話や」
「はい?」
「ちょっ、ルイさん……っ」
恭也は今日も過保護だなぁ、なんて笑っていると、ルイさんがまったくもって余計なことを言い始めた。
世間に公表してないだけで、もうルイさんはETOILEのメンバーでもあるんだから、ここにいるのは全然良いしむしろ嬉しいんだけど、余計なことは言わないでほしい。
心の底から心配してる親友が、まさか明け方までエッチなことしてて寝坊しました……だなんて。
「──あぁ……なんだ。そう。そうだったの」
「…………」
「林さんから聞いてん。ハルポン欠席の連絡をセナさんが寄越してきたーいうて。それでピーンッときたんよね」
「それは、そうでしょうね。ふふっ……」
「……すみません……ごめんなさい……」
身軽で早口なルイさんを、俺が止められるわけない。
『昨日ハルポンとセナさんが二週間ぶりにホテルで密会したんよ。これで分かるやろ?』
恭也の耳元でコソコソ話をするルイさんの声が、俺にまで届いてきていたたまれなかった。
なぜか分からないけど、恭也の納得したような声で顔が熱くなってきて、今ちょっとだけ透明人間になれないかな……とバカな考えが浮かんだ。
ていうか、ルイさんは昨日俺たちの密会をアシストしてくれたんだから、ピーンッときてもおかしくない。
それを俺の居ない場で第三者に話すのは違うと思ったのか、恭也が知らなかったことだけは見直した。
俺が来た途端に暴露しちゃうのはどうかと思うけど。
「それなら、良かった。葉璃がまた、体調崩したのかって、心配だったから」
「恭也……」
「ここまで内緒にせず、俺には、教えておいてほしかったですけど」
「それはごめんやん。うわ、睨むのやめてくれるか」
恭也は、俺が不埒な理由でレッスンを休んだことよりも、内緒にされていたことが気に食わないみたいだ。
気配を消そうとしてる俺の頭を撫でながら、恭也がルイさんに非難の目を向けてるのを見ても、当事者の俺にはどうする事も出来ないよ。
「とりあえず、これ。今日の台本ね」
「あ、ありがとう」
「今日は、長丁場に、なりそうだね」
「……ほんとだ。通常回なのに予定時間長いね?」
「打ち合わせで、詳しい話、聞けると思うんだけど。こんな事、初めてだよね」
「うん」
手渡してくれたのは、ホッチキスで簡易的に留められた今日収録の台本だ。
パラパラと捲るだけ捲って、閉じる。表紙の部分に番組名と出演者一覧、収録予定時間が書かれてあって、俺は恭也の声に頷いた。
一時間番組でも三時間近く拘束される現場だとはいえ、今日は〝十四時~十九時予定〟とあった。いつもよりかなり長い。
特番なのかな? でも前回の打ち合わせでは何も言われなかったよね? と、視線で会話する俺たちの間に、ルイさんがズイッと割り込んでくる。
「いやいや、何言うてんのお二人さん。天然炸裂せんでよ。そこに書いてあるやん、今日は二本撮りやって」
「あぁ、ほんとだ!」
「本当だ……」
「大丈夫かいな」
ルイさんの指差した所を見ると、番組タイトルの少し下に確かにそう書いてある。
なんだ、二本撮りかぁ。……って、拘束時間は変わんないんだよね。
今日はこれから夜まで、ここに缶詰めってやつになっちゃうんだ。
大御所司会者さんの都合でこういう事も無くはないから、腹を括って〝ハル〟をがんばらなきゃ。
「それで? 密会はどうやったん?」
聖南に持たされた紙袋から食べ物を机に並べていると、ふとルイさんに問われた。
恭也は俺の行動を不思議そうに見ていて、ルイさんはニヤニヤしながら机に腰掛けている。
何気ない三人の空間に罪悪感が薄らいでいた矢先に、そんなダイレクトな質問をしてきたルイさんは自他ともに認める〝S〟だ。
「ちょっ、み、密会ってルイさんっ。こんなところで言うわけ……!」
「慌てんでええやん。この楽屋にドッキリのカメラ無いこと確認済みやし」
「いやそういう事じゃなくて……! そんなペラペラと喋っていい内容じゃなくてですねっ?」
「誰が事細かに話せ言うたんよ。ざっくりでええんよ、ざっくりで」
「ざっくり……!?」
ワンちゃん顔でニコニコしてるルイさんが何を聞き出したいのか知らないけど、話すのが苦手な俺は順を追って思い出しながら喋ることになるよ。
それだとレイチェルさんの録音とプランBのことまで話さなきゃで、その間には聖南とのあれこれも……って、え?
ルイさんってば俺と聖南のあれこれが聞きたいの?
恭也、俺どうしたらいいの?
ざっくり喋るって、どこからどこまで?
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