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「トントンッ、二人の衣装持ってきたよー! あっ、ハルくんおはよう! 体調は大丈夫?」  ノックを口で言いながら楽屋に入ってきたのは、俺と恭也の衣装をスタイリストさんから受け取って来た林さんだった。  俺は慌てて林さんのもとまで駆け寄ると、わっと頭を下げて朝の失態を詫びる。 「林さん! おはようございます、大丈夫です、休んですみませんでした、ごめんなさい」 「えらい早口やな」 「ふふっ……」  事あるごとにすぐに結託する恭也とルイさんに揶揄われても、関係ない。  林さんが「元気そうで良かった」と笑顔を向けてくれてやっと、俺の罪悪感も落ち着いた。  ふぅ……もう二度と寝坊しないようにしなきゃ。  こんなの何度も味わいたくない。  最後に、林さんに連絡を入れてくれた聖南への罪悪感は、夜の通話で詫びようと心に決める。 「二人には急な話なんだけど、今日は二本撮りらしいんだよ。司会の西川さんの都合でね。僕はラストまで居てあげられないから、ルイくん……」 「大丈夫よ、俺そのつもりやったから。任しとき」 「ありがとう、ルイくん。君ももうETOILEのメンバーなのにマネージャー業務を頼んで申し訳ない」 「これも立派な仕事なんやからそんなん言わんでよ。新メンバーとして二人との距離縮めとかんと、いびられたら敵わんし」  ニヤッと笑いながら俺と恭也を見てくるルイさんが、本心を語ってるとはもちろん思ってない。  林さんは本来のマネージャー業務で忙しいし、何より会社員だから働き方改革ってやつであまり長く残業も出来ない。  その点、ETOILEの新メンバーとして契約し直したルイさんは自由が利く。  それに俺たちとの距離を縮めたいっていうのも、ずっと前から暇さえあれば現場に来てくれてる事からも、本音だと思う。本人がそう言ってたし。  あんな言い方して、ただ冗談を言ってるだけだって恭也と俺はちゃんと分かってる。 「ルイさんってばまたあんな事言ってるよ、恭也」 「俺たちが、新メンバーをいびるような人に、見えます?」 「どちらかというと俺と恭也の方がいびられる側だよね。俺たちは陰キャ組で、ルイさんは明らかに陽キャだもん」 「うん。俺たちが、何も言わないのをいい事に、ルイさん節で、あれこれ難癖付けたり、ね」 「ルイさん節こわいもんね」 「うん。こわい」 「おいおーい! なんでそうなんねん! そっくりそのままお返しするわ! 俺がハルポンと恭也をいびるようなヤツに見えるか!?」  ヒートアップしてるルイさんをチラッと見た俺は、恭也を振り返って視線で会話をする。  冗談には冗談で返さないとね。  俺たちの仲だから、これはただのじゃれ合いで終わる話だ。 「いえ……そうは言ってないですよ」 「俺たちの方が、いびられる側だって、言っただけです」 「そうそう!」 「いや難癖付けたり、とか言うてたよな!? 俺そんなんせえへんから!」 「ふふっ……分かってますよ」 「ふふっ……分かってますよ」 「なんやねん、二人して!」  打ち合わせなんかしてないのに、俺と恭也は視線の会話だけでお互いの考えが読めてしまう。  揃ってルイさんを興奮させてしまったけど、俺はこういうやり取りをするのが案外嫌いじゃなくて。  見た目はちょっと話しかけにくい陽キャなルイさんだけど、おばあちゃんの教育が良かったのか中身はとても純粋だから、陰キャ組な俺たちでもすぐに打ち解けられた。  ほんとに苦手だったのは最初だけで、ルイさんを知れば知るほど魅力的な人だと考えを変えられたのは、俺だけじゃないはずだ。  真顔が厳つくてルイさんより近寄りがたい印象の恭也が、目を細めて屈託なく笑うくらいなんだもん。  もっともっと仲良くなりたいと思ってる〝新メンバー〟をいびる人なんていないってば。 「はいはい、三人が仲良しなのは分かったよ。ハルくんと恭也くんはこれに着替えて、……おっともうこんな時間だ。十分後には隣の控室で打ち合わせ入るよ。十四時から収録開始だからね」 「はい」 「はい」  俺たちのじゃれ合いをすぐそばで見ていた林さんが、笑顔でパンパンと手を打った。  ここがバラエティー番組の収録を待つ楽屋だってことも忘れてられるほど、楽しい時間だった。  俺と恭也はすぐさま衣装に着替えて、林さんに連れられて打ち合わせに向かう。それが終わるなり今度はメイク室で顔と髪を整えてもらって、ルイさんの居る楽屋に戻る間もなく前室へと向かった。  ほぼレギュラー的扱いで呼んでくれるこの番組は、VTRを見てクイズに答えたり、ストーリーテイストの映像をジッと観て最後に感想を言ったりと、ほとんどストレスの無い収録になる。  ずっと恭也の隣に居られるし、スタッフさんが厳選したVTRは見応え抜群で面白いしで、二時間くらいの収録があっという間に終わった。 「──お疲れさん」 「お疲れさまです」 「お疲れ様です。あ、俺、トイレ行ってきます」  楽屋に戻ると、すぐにルイさんが労いの言葉と共に出迎えてくれた。  同じ姿勢でいたからか、ちょっとだけ肩が凝って首を回していると、マネージャーに徹しているルイさんが飲み物を手渡してくれる。  トイレに行った恭也の分の新しいお茶も、ちゃんと机に用意されていた。 「あ、すみません。ありがとうございます」 「次は三十分後開始やな。林さんは一足先に帰りはったよ。社長に呼び出されて」 「えっ、社長さんに?」 「ん〜なんかなぁ、俺もチラッと内容聞いてんけど……」  受け取った緑茶のペットボトルに口をつける。  あー美味しい……。喉乾いてたんだな、俺。そんなに喋ってないんだけど……と収録内容を振り返っていると、何やらルイさんの歯切れが悪い。  林さんが社長さんに呼び出されたと聞いても特に違和感を覚えなかった俺は、首を傾げた。 「ルイさんがモゴモゴしてるの珍しいですね」 「いやモゴモゴは全然してない。てか俺はわりと嬉しい話やったし」 「え、何ですか? 嬉しい話なら聞きたいです」 「そうやろ? でもこれ話してええんかな……」 「えぇっ?」  なんかそれ、つい何時間か前に俺が言ったセリフじゃない?  言いたいけど訳あって言えない、という空気を感じた俺は、トイレから戻って来た恭也にもさっそく情報共有をする。 「ねぇねぇ恭也、ルイさんがモゴモゴしてる」 「……モゴモゴ?」 「してへん言うてるやん」 「さっきの俺みたいに、言っていいか分かんない話があるんだって。林さんが社長さんに呼び出されて帰っちゃったのと関係ありそうだよ」 「え、林さん、社長さんに呼び出されたの?」 「そうみたい。でもルイさんにとっては嬉しい話らしいよ」 「…………?」  そわそわしてる俺の目の前で、ルイさんが恭也にもお茶を手渡した。  そんな些細な事にもほっこりしつつ、嬉しい話が気になる俺はその場で小さく足踏みする。  恭也だったら聞き出してくれるかもと思ったんだけど、落ち着きがない俺を見てなぜか笑いをこらえ始めた。 「嬉しい話なら、今急いで聞かなくても、いいね」 「そう? 俺すぐ知りたい。嬉しい話聞きたい」 「ふふっ……。葉璃、可愛い。悪い話だったら、ムズムズしちゃうけど、嬉しい話だから、ルイさんは、モゴモゴしてるんだよ」 「そっか。悪い話があるって聞かされたらすぐにでもスッキリしたくなっちゃうけど、嬉しい話は後で聞いても嬉しいかも」 「ん、……ん? うん、そうだね。そういう事」  そっか、そうだよね!  さっきも俺は、二人には話しておきたいと思ったけど一応聖南に確認を取ったくらいだし、ルイさんも同じ状況なら軽はずみなことしちゃダメだ。  しかもその内容は、ルイさんいわく嬉しいこと。  だったら言える時が来たらでいっかと、恭也の言葉に頷いた俺はパーテーションの裏に回った。  ルイさんのことだから次の衣装を用意してくれてると踏んだんだけど、やっぱりあった。  俺はこういう事がサラッと出来ない人間だから、助かるんだよね、こういう些細な気遣い。  ありがたいな、ほんと。 「……恭也、あんまハルポン甘やかすのもどうかと思うで」 「いいんですよ。……ほら、葉璃納得して、鼻歌まで歌ってます」 「すぐそばに全肯定してくれる人間がおって良かったな、ハルポン」  二人の会話が聞こえていた俺は、よく分かんないながらもほっこり気分が抜けずに「はい!」と返事しておいた。  それが正しいのかどうかは、もはや関係なかった。

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