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54♡③

 俺にとっては恐ろしい交換条件まで出しといて、聖南は固まったあげく、しばらく黙り込んだ。  そんな聖南に抱きついてる俺は、沈黙が続けば続くほど気まずくてしょうがない。  そして致し方ないネガティブな思考が始まる。  さすがに気持ち悪いと思われたのかもしれない。  今さらドキドキするな、とか……。  世の中のカップルは三年目ともなるとそんなの無くなって、堂々としてるもんだぞ、とか……。  ていうか男の恋人からそんな事言われても嬉しくない、むしろ何言ってんだって鼻で笑いたくなる、とか……。  ……だよね。気持ち悪いよね。  いつまでドキドキしてんだって、冷ややかに見られてもおかしくないよ。  初々しい、なんて言葉でイチャイチャ出来るのは付き合いたてのカップルだけなんだ。きっとそうだ。  俺はそういう経験はもちろん、恋そのものも聖南しか知らないから、〝普通〟が分からない。  こんな事、言えと言われたからってバカ正直に言っちゃいけなかったんだ……。 「…………」 「……なんか、……すみません。俺……」  火照ってしょうがなかった体が、瞬間的に冷めてくのが分かる。  抱きついてた腕を解いて、聖南の胸元を押した。  気持ち悪がられてるのにずっと抱きついてるだなんて、そんな厚かましいことは続けられないと思った。  だけど、そんな俺の思いを見透かしたように、聖南が「待て」と言って俺の腕を掴んだ。 「ネガティブ発揮するな。もう少し浸らせろ」 「……はい、……?」 「はぁ……」 「…………っ」  俺……何も言ってないんだけど……。  脳内でマイナスなことばっかり考えてたの、俺の内面をよく知る聖南には当然見抜かれていた。  掴まれた腕が、『抱きしめろ』とでも言うように聖南の背中に回される。  いいのかな、と思いつつも情けない顔を見られたくないから、とりあえず聖南に従っておく。ぴたりと密着した俺たちはもちろん裸で、間近で聖南の香りを嗅ぐことになって緊張した。  ネガティブ思考に引っ張られて、今や俺の心臓はよくないドキドキに支配されている。  聖南に何て言われるのか分からない恐怖が、逆に目をつむっていられなくした。 「あのさぁ、マジで……」 「…………っ」 「マジで……マジで何なの?」 「え、……」 「仕返しなわけ?」 「はいっ? し、仕返し、……?」  ため息混じりのそれに、俺の頭の中にたくさんのクエスチョンマークが現れた。  これはよくある事で、俺にとってはおなじみ。  すぐには理解出来ない発言をされたり、理解に苦しむ言動をされるとたちまち現れては思考の邪魔をする。  だからなのか、ふと聖南が俺の体を離して顔を覗き込んできても、平気だった。  仕返しの意味がさっぱり分からなかったんだ。  聖南は、俺の発言を気持ち悪いとは思ってなさそうだった。怒ってもいなさそう。  でも到底嬉しそうには見えなくて、不安になった。  覗き込まれた瞳は色っぽく濡れてるし、ため息も呆れた時に出るようなものじゃなかった、と……思うんだけど……。  訳も分からず近いところで見つめ返してみると、真面目な顔でもう一度ため息を吐かれた。 「はぁ……。俺が葉璃にドキドキしてないとでも思ってんの? これが余裕のある男の顔に見える?」 「…………」 「葉璃だけじゃねぇよ。俺だって葉璃にドキドキしてる。今ので完全にノックアウトされた。仕返し成功だ、葉璃ちゃんの勝ち」 「勝ち……? ……え? 聖南さん何言ってるんですか?」  どうしよう。クエスチョンマークがたくさん増えた。  俺だけがずっとドキドキしてると思ったから、沈黙されてネガティブを発揮したんだよ。  それなのに突然俺は、勝ったことになった。  何の勝負なのかは不明だけど、とにかく聖南は俺の気持ち悪い発言に負の感情を抱いてないってことだけは分かった。 「俺は一生、葉璃に勝てる気しねぇよ」 「えっ、聖南さんっ? うわわわ……っ」  離された体が、聖南に抱かれてもう一度ふわりと浮く。それからぎゅぎゅっと力いっぱい抱きしめられて、俺は中腰の変な態勢になった。  寄りかかるようにして聖南にしがみつくと、後ろ髪をさらさらと撫でられて心臓が跳ねた。  聖南に自重してもらいたいのは、ポッと照れちゃうような発言だけじゃない。  こうやって俺を甘やかすようにヨシヨシしてくれるとこも、ドキドキの引き金になるからほんとに……控えてほしい。 「こんなに愛してんのに、全然愛し足りない。そう思わせてんのは葉璃なんだからな?」 「…………っ?」 「こないだから葉璃の様子がおかしいのは気付いてたけど、それってプチ遠距離恋愛のせいなんだろ? 離れてる時間が長いと、会った時めちゃめちゃ新鮮で緊張するよな。俺も思ってたよ、〝葉璃こんなに可愛かったっけ〟って」 「えぇ……」  いやいや……えぇっ?  返す言葉が見つからないよ。  我慢をがんばらなきゃいけないくらい、ほっぺたが熱くなるようなことを言わないでって言ってるのに……聖南、話聞いてた?  俺が可愛いかどうかはポイッとあっちにやって、聖南も俺にドキドキしてると知ったからには、もっと顔を見られなくなった。  愛し足りない、……。  愛し、足りない……。  聖南ってば、すごいことを言ってる。  聖南にしてはめずらしくない言葉だけど、この状況で言われるとクるものがある。  やっぱり俺は贅沢者だった。  初めてじゃない〝愛し足りない〟を、「えへへ」と照れ笑いで返せてた俺を全力で叱咤したい。 「見た目の話じゃねぇよ? なんか葉璃そのものがすげぇ可愛く見えんの。言葉だけじゃちょっと伝えらんねぇくらい、胸がいっぱいになるんだよ。葉璃への好きが溢れに溢れて、「好きだー!」って叫びたくなる」 「…………っっ!!」  もういい、分かった、分かりましたからっ、と手のひらで聖南の口を塞ごうとした俺は、いきなりの絶叫にビクッと肩を揺らした。 「……ビ、ビックリした……」 「あはは……っ、声量間違えた」 「……夜中なんで……」  しかも隙間なく密着して抱き合ってる今、鍛え上げられた腹筋から出る聖南の声を超間近で浴びることになって、耳から脳まで驚いた。  いくら壁の厚い高級マンションだからって、こんな深夜に叫ぶなんて……。  聖南の笑い声はとっても素敵だし、叫んだのが俺への「好き」だし、あんまり言いたくは無いんだけど自重してもらいたいことがもう一つ増えてしまった。 「な、ドキドキしてんのは葉璃だけじゃねぇよ。それを我慢もしなくていい。俺は出来ねぇし。潔くドキドキして、その都度俺に教えてよ」 「え……ドキドキした報告するんですか……?」 「プッ……! ん、そうだな。報告して」 「それも恥ずかしいんですけど……」 「理由は何でも、葉璃の我慢は許せねぇから」 「えぇ……」  そんなの報告制にするなんて、余計に恥ずかしいよ?  それに、聖南にドキドキする度に報告しなきゃだとしたら、まともに会話できなくなるよ?  ていうか、報告って何? なんて言えばいいの? 「葉璃。そんなかわいー我慢して俺をノックアウトするのはやめろ」 「…………っ」  ついさっきと同じように体を離された時から、ヤバイって分かってた。  聖南はどこまでも甘ったるい声でそう言うと、また鼻先同士をくっつけて、至近距離でじーっと見つめてくる。 「返事は?」  これ、……こういうことなんだよ、聖南……。  唇が微かに震えるくらい、鼓動が早くなる。  見つめ合ったまま、一回、二回と唾を飲み込んで、促された返事を考えた。  頷くだけでいいのか、何か言った方がいいのか、クエスチョンマークで埋め尽くされた脳みそはきちんと働いてくれなくて。  咄嗟に出たのが、……。 「ドキドキ、しました……」

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