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今日は日曜だけど、俺のスケジュールを考慮した林さんが十時からボイトレを入れてくれている。
ただでさえ朝一番のボイトレは負担がかかるから、あんまり喉を酷使したくはなかったんだけど、聖南に言わせると「喘がなきゃいいじゃん」だって。
そんなの無理なのに。分かってるくせに。
そもそも喘がせようとしてくるのは、聖南なのに。
おまけに解放されたのが四時過ぎだった。
まだ足りないとぼやいてた聖南に、スタミナ切れした俺は「もう無理」も言えなかった。
「ふぁ……」
あぁ……今何時なんだろ。
昨日のうちからセットしたアラームの時間が正しければ、八時を過ぎてる。
だとしたら三時間くらいしか寝てない。でもおかげさまで深く眠れたから、二度寝しようとも思わない。
あくびをすると、それに気付いた大きな猫チャンが「おはよ」と言いながら鼻先を俺の後ろ髪に擦りつけてくる。
「おはよ、……ございます……」
「よーしよし、可哀想に。……ったく。誰だ、俺の葉璃をこんなに疲労困憊にしたあげく寝不足にした奴は」
「……聖南さんでしょ」
他に誰がいるの。
思いっきり自分だって分かってるのに他人事なのは、ちょっと面白いけど。
ていうか聖南、また寝てないのかな……。
エッチの後の俺の世話からベッドメイクまで全部聖南がしてくれて、記憶が正しければ聖南は気絶するように寝ちゃった俺よりあとに眠ったと思う。
それなのに元気だ。
聖南の方に体を向けてチラッと覗き見た顔も、全然疲れてない。
「だよなぁ、俺なんだよ。困った野郎だ」
「……なんで嬉しそうなんですか」
「嬉しそう? やっぱそう見える?」
「……ルンルンに見えます」
「そっかー。そう見えるってことは、俺浮かれてんだよ。満足……はしてねぇけど、葉璃ちゃんをたっぷり可愛がれて、こうして俺のベッドで一緒に寝てる。最高の気分だ」
「……そうですか……」
聖南が嬉しそうだから、まぁいっか。
そうですか、なんて照れ隠しに冷たく言った俺も、聖南に負けじと嬉しくてルンルンな気持ちで胸がいっぱいなんだ。
ドキドキする度に報告してって言われたから出来るだけ守ってたのに、結局は聖南が照れちゃって報告制度は無くなった。
『やっ……せな、さん……っ! ドキドキする……! やらしい顔、やめ、て……っ』
『なっ、ンな事言われても! やらしい顔になるだろ! 葉璃の中が気持ちいーんだから!』
『だめ……っ、その顔も、ドキドキする……っ』
『どんな顔だ!』
『やら、しくて……っ、カッコいい……! あっ……ドキドキする、から……っ』
『やっぱナシ! 報告しなくていい! 俺までドキドキして照れんだろ!』
『なん、っ……! あぁ……っ!』
──ていう感じで、イチャイチャしながら言い合った。
俺が余計な事ばっかり言うせいで、聖南は気が散ってなかなかイけなかったみたいだし、俺もいちいち口に出すと恥ずかしさが倍増して集中出来なかった。
ただ、……楽しかった。
頭がおかしくなりそうなくらいドキドキしまくって、その気持ちを聖南と共有できて、すごく嬉しかった。
照れた聖南は、頻繁に天井を仰いでいて可愛かったし。
……これが毎日だったらいいのになって、贅沢者が復活しそうになった。
こうしていい匂いのするふわふわな毛布に包まれて、体温の高い聖南にぎゅっと抱きしめられながらまどろむ朝の時間が、どれだけ貴重かを思い知らされる。
「──葉璃、今日のスケジュールは?」
「あ、えっと……十時からボイトレ、一時からN局で収録、十八時から取材で、帰るのは二十一時を過ぎるかもです。……って、聖南さん把握してますよね」
「フッ、まぁな」
「聖南さんは今日、お仕事何時からなんですか? ゆっくりしてますけど……」
俺は少しゆっくり出来るからいいけど、一緒にまどろんでる聖南にも当然仕事があるわけで。
時間が合わないなら、俺はタクシーの手配をしなくちゃいけない。聖南の手を煩わせたくないもん。
「俺は十時から事務所でツアーの会議だ。その後は一時からの葉璃達の収録に同行する」
「え!? 聖南さん来てくれるんですか!?」
「スケジュールが合えばって話だったんだよ。ちなみに水曜の昼の生にも同行して、別番の再来週放送分のクロスプロも一緒に撮る予定」
「えぇ!? そうなんですか!」
それは嬉しい……! 嬉しいこと聞いちゃった!
俺のボイトレも、事務所の隣にあるレッスンスタジオ内で行われる。聖南も事務所で会議なら、一緒にお家を出られるって事だ。
しかもお昼からのETOILEとしての収録にも来てくれて、水曜も仕事が被ってるなんて……!
こんなことめったにないよ。
聖南はETOILEのプロデューサーだから、新曲のプロモーションに同行したって何もおかしくない。むしろ番組側もその方が嬉しいと思う。
それに、クロスプロ(クロスプログラム)っていう五秒くらいの短い番宣にも出演するなら、俺達もスタッフさんも心強いよね。
やったー……今日は夕方まで聖南といられるんだ……。
「嬉しそうじゃん」
「……っ、……見ないでください」
「うわ、またそんな俺を邪険にして」
「ち、違……っ! ドキドキするからやめてくださいって、そういう意味で……!」
「あはは……っ、分かってる。報告しねぇから揶揄っただけ」
「……意地悪ですよ、聖南さん。やっぱドキドキしてるのは俺だけなんだ……!」
何時間か前に、報告制度を自分で無くしたはずの聖南が、あたふたする俺を見てクスクス笑っている。
揶揄ってるのも分かるし、別にイヤな気持ちになったりはしないんだけど、どう見ても聖南はドキドキしてるようには見えない。
「そんな事ねぇって。ほら、見ろよこの顔。……余裕ありそうに見える?」
「…………っ! み、見ないでくださいってば!」
「あはは……っ。葉璃、ギリギリまで寝るか? 朝イチのボイトレだともう起きといた方がいいと思うけど」
「もう寝られません……」
「じゃあおいで。コーヒー飲も」
「あ、……」
「ん? どした?」
聖南には足りなかったかもしれないエッチで、俺はぐっすり眠れたからもう寝なくても平気だ。
とはいえ喉の調子は微妙だから、ボイトレが不安ではある。
聖南の言う通り、起きといた方がいいと思った俺が体を起こそうとすると、ふと懐かしいルーティンが蘇ってきた。
「いや、懐かしいなって思って……」
「コーヒー?」
「……はい。聖南さんは、朝どんなに急いでても必ずコーヒー飲んでから仕事に行ってたなって」
「今も変わらずだよ」
「みたいですね。……たった三週間なのに……」
「……葉璃、寂しい?」
「…………」
「俺はなぁ、ずっと言ってるけどガチで寂しいよ。引っ越し考えてるくらい」
「引っ越し? なんでですか?」
「この部屋広過ぎんだよ。葉璃が居ないだけで殺風景に見える。それに、ベッドも広過ぎ。葉璃と寝らんないならこんなにデカいベッド要らねぇし」
「……ふふっ」
聖南が考えそうなことだ。
懐かしさと寂しさがちょっとだけ襲ってきた俺の心に、ぽかぽかした温かい気持ちが生まれる。
俺と住んでたここで独りで寝る聖南が寂しいのは当然で、そういう考えになっちゃうのもよく分かる。
たった九ヶ月かもしれない。
でも、二人きりで過ごした何気ない日常の思い出がたっぷり詰まったこの部屋に、俺はいつか戻ってきたい。
引っ越しはその後でもいいんじゃないかな。
その間、聖南には我慢させてしまうから……それだけは申し訳ないと思うけど……。
「聖南さん、俺が戻ってくるまでは、出来れば引っ越さないでくださいね」
「なんで?」
「だって……少しも懐かしくないお家に帰ってくるの、切ないです」
「あ、あぁ……」
そうだな、と優しく笑う聖南が、両腕を広げてきた。
俺はその腕に、迷わず飛び込む。
「コーヒー、もうちょっとだけ待ってください」
「ん?」
「ちょっとだけ、……ちょっとだけこのままで……」
「葉璃……」
むぎゅっと抱きつくと、聖南の体温と匂いで満ち足りた気持ちになった。
ほんとは、ちょっとだけ、なんてイヤだ。
ずっとこのままがいい。
優しくてあったかい時間が、ずっと続いてほしい。
プチ遠距離恋愛は、楽しいけど切なくなる。
苦しいくらいドキドキするけど、……会いたい気持ちが膨らむと悲しくて泣きたくなってしまう。
広い胸に顔を埋めると、すかさず頭と背中を撫でてくれる聖南に、とろとろに甘やかされていたいと……思ってしまう。
「葉璃、好きだよ」
「俺も……大好きです。……聖南さん、……大好きです」
「……葉璃っ」
大好き。聖南、大好きだよ。
いつも優しくしてくれてありがとう。
あんまりカッコいい顔で見つめてほしくはないから、目を見て言えなくてごめんね。
ドキドキしちゃうんだよ、もう三年目なのに。
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