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54♡⑤

 聖南に連れられて朝のルーティンを順番にこなしてくのは、ここ最近で一番ワクワクしたかもしれない。  歯ブラシも使い捨てのが準備されていて、着替えが無いなと呟いた俺に、なんと聖南は新しい俺用の私服をこっそり買ってくれていた。  俺に似合うと思ったものを買うのが癖になってる……そんな事を言われてときめかない人は居ないと思う。  俺が実家に帰ってからもその癖が続いていて、クローゼットの奥深くにはあと五着、新しい私服のセットがあるらしい。  そんなに俺にお金を使わないでほしいから、毎度そう言ってるんだけど聖南はやめる気がなさそうだ。  各部屋への移動中は常に手を繋いで、まるで付き合いたてのカップルみたいだ……とニヤついてしまった。 「はぁ、美味しい……」  懐かしいコーナーソファの角に座って、聖南お手製の甘いコーヒーに口をつけると、思わず吐息が漏れる。 「苦くない?」 「はい、全然。美味しいです……」 「そ。良かった」  左隣にぴたっとくっついて座る聖南が、安心したようにふわっと微笑んだ。その笑顔にハッとした俺は、すぐにマグカップを持ち直すフリで視線を外す。  わぁ……朝にはちょっと眩しすぎる……。  聖南の存在そのものが輝いてるから、今さらって感じなのにな。  いつになったら慣れるんだろ。  やっぱり毎日聖南と暮らして、少しずつ慣れていかなきゃいけないのかな。  去年の俺は、どうしてた……? 「葉璃、知っといてほしい事があるんだけど」 「……はい?」 「俺、嫉妬してるからな」 「はい。……はいっ?」  ブラックコーヒーを飲む聖南から突然そう言われて、つい二度見してしまった。  どうすればドキドキを減らしていけるかを考えてた俺には、「嫉妬してる」というセリフはもちろん、飲み口の広いマグカップを片手で持って、長い足を組んだ様にもキュンとする。  ……ダメだ。懲りないな、俺。  直視するからいけないんだ。  少し目線を下げて、聖南の膝だけ見とこう。 「来月末から一ヶ月も、恭也とルイの三人で住むんだろ」 「あぁ……そうですね」 「で、葉璃のことだから、なるべく三人で居たいとか言って実家に帰るつもりはねぇんだろ」 「……よくご存知で……。でも仕事ですから」 「分かってる。俺との密会はどうなんの?」  な、なんだ。その事か……。  あんまり乗り気じゃなさそうなのは、俺が聖南じゃない人と住むからなんだろうけど、それは相手が誰でも関係なくてただちょっと拗ねてるみたいに感じる。  妬いてるのと拗ねてるのでムッとしてる聖南が、ずいっと近付いてきた。  俺達の間にもう隙間はない。  着替える時にまとっていた聖南愛用の香水の匂いが、俺に染み付いちゃいそうなくらい距離が近くなった。  ドキドキするのは聖南の姿だけじゃないから、いくら視線を彷徨わせても無駄だってことに今さら気付く。 「なぁ葉璃。聞いてる?」 「あの、そ、それなんですけど、俺は……二人には、一週間に一回は家を空けることになるかもって言いましたよ」 「それマジ!?」 「えっ? はい、もちろん。密会したいので……聖南さんにその時間があれば、ですけど……」 「そっかそっか! それなら良かった!」  俺も聖南も、『時間が合えば会いたい』から『時間を合わせて会おう』に気持ちが変わった。  前回の密会でお互いがいろんな意味で限界に達してたと知った聖南からの嬉しい提案に二つ返事だった俺は、たとえ仕事だとしてもどうにかして〝時間を合わせる〟。  恭也とルイさんにそれを言った時、二人は全然驚いてもいなかったし、むしろ『だろうな』って笑ってて。  俺が居ない間の二人の様子が気になるから、別でカメラ回してほしいと言ったことに対しては盛大に拒否されちゃったのを思い出す。  その仕事で聖南との密会を我慢しなきゃいけないのは、ツラいもんね。  俺の返事に喜んでる聖南を見てると、早く言ってあげれば良かったと思った。 「ふふっ、安心しました?」 「あぁ、かなり」 「やきもち、しないですか?」 「それはしてる。嫉妬してるって言っただろ」 「えぇ……っ」 「でも俺との密会を忘れてなかったって知って、聖南さん嬉しい」 「へへ……忘れるわけないです」  嬉しそうな聖南から肩を抱かれた俺は、そのまま寄りかかって「ヘヘへッ」と笑った。  聖南の香りも男らしい体つきも寄り添って初めて体感できる、今は俺だけの特権だ。  心臓がドキドキする。自分でも恥ずかしいくらいにキュンキュンもする。  出発まであと……十五分くらいかな。  それまではこうして、甘いコーヒーを飲みながら世間話をしていたい。  大きな窓から射し込んでくる強い朝陽を浴びて、聖南からも体温を感じて、ほっこりぬくぬくしてたいな……。 「おっ、と。きたきた」 「え?」  俺の肩を抱いたまま、聖南が急に体を起こした。  左手に持ってたマグカップをガラステーブルに置くと、ポケットからスマホを取り出して画面を見せてくる。  俺はその時点で、嫌な予感がした。 「ほら」 「……あっ」 「出てもいい?」 「は、はい、すぐに出てください!」 「……ん」  うわぁ、うわぁ……! ほんとに連絡してきた!  昨日アキラさんが言ってた通りの展開だよ……!  見せられて目に入った画面には、〝レイチェル〟とあった。  まさに昨日、レイチェルさんと繋がってるらしい記者の人たちからこのマンションまでを尾行されてたから、朝必ず連絡が入るだろうって、聖南とアキラさんは話してたもんな。  スマホをスピーカーに切り替えた聖南が、ぎゅっと俺の肩を抱いて背もたれに沈む。 『おはようございます! セナさん、いったいどういうことなんですの!? 昨夜セナさんのご自宅にどなたかがお泊まりになったの!?』 「あぁ、泊まったよ」 『そんな……! 私というものがありながら! セナさん、ひどいわ。昨夜、私には食事をご一緒することも許してくださらなかった! そのうえどなたかと一夜を共にするだなんて……!』 「…………」 『当然、その方はもうご一緒ではないんでしょう!? お帰りになったわよね!?』 「隣に居るけど」 『え!? そ、そんな……!』  えぇ……! そんなこと言ったら逆上しちゃうんじゃないの!?  ただでさえ、レイチェルさんの剣幕がすごいんだ。  食事を断られた上に、聖南が〝誰か〟と一晩過ごしたことをマスコミの人から知ったらしいレイチェルさんは、愕然としている。  左手でスマホを持った聖南は何とも飄々としていて、俺の方がハラハラしてきた。 「なぁレイチェル。俺言わなかった? 諸々バレるとめんどくせぇから、レイチェルとの関係を始めるのは春先だって。意味分かる? 伝わってる?」 『……意味、分かります』 「事を急ぎ過ぎだ。あんま追うと逃げられるぞ」 『セナさんが私から逃げるというの?』 「かもな」 『けれど私……不安なんです。セナさんとハルさんが一夜を共にし、こうしている今もご一緒にいらっしゃるだなんて……信じたくないのです』 「…………」  え、えぇ……?  聖南、今俺と居ることレイチェルさんに言ったっけ?  またうっかりがポロッと出ちゃってない?  聖南があの食事会のあと〝誰か〟と帰宅したって、なんで知ってるの?  なんで知ってるのかってことを追及されないことに、疑問を持たなきゃダメじゃない? 『セナさん……一度会いたいわ。春まで待てません』 「来月会えるじゃん」 『え!? よ、よろしいんですか!?』 「事務所のパーティーに来たら会えるよ。レイチェルも呼ばれてんだろ?」 『そうではなくて……私は二人きりで……』 「あ、悪い。もう出ないと。また連絡する」 『セナさん!』  予想以上に、盲目に拍車がかかってる。  この手の事に疎い俺でさえ、聖南に対するレイチェルさんの態度がほんの少し変わったのが分かった。  一方的に通話を切った聖南だけど、続けて振動を始めた着信には応じない。  高い天井を仰いでくるくる回るシーリングファンを、ただジッと見つめている。

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