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54♡⑥

 昨日の通話の時点で、レイチェルさんは親しげな雰囲気を醸し出していた。  まさに聖南からの提案を嬉々として受け入れて、それが実行されるのを今か今かと待ち侘びてるのが嫌でも伝わってくるような、独占欲まで感じた。  記者さんから情報を聞いて、すぐに聖南に確認の電話を入れるところがもはや彼女みたいだ。 「……わざとなのかってくらいボロ出してくんな。これ裏読んだ方がいいのか?」  俺の肩を抱いてる聖南が、そう言いながら指先で耳にこちょこちょとイタズラしてくる。  くすぐったくてモゾっと体を動かすと、離れるなとばかりに肩を抱いてきた。  貴重なまどろみの時間を潰された、こう思ってるのは俺だけじゃないらしい。  だって聖南の言った事を、俺もそっくりそのまま感じちゃったからだ。  邪険にされてると逆上してたレイチェルさんは、我を忘れてるみたいにまくし立てていた。  でもそれがほんとにレイチェルさんの真意なのか、はたまた何か考えがあっての事なのか、すぐには判断出来ないくらいポロポロとボロを出してたから、安易にただの嫉妬心で動いてるとは思わない方がいいかもしれない。 「さぁ……どうなんでしょう……」 「警戒しねぇとなぁ」 「聖南さん、こないだの録音の時から思ってたんですけど……俺とのこと否定も肯定もしないんですね。この際きっぱり否定した方が……」 「嫌だね」 「えっ」  さりげなく気になってた事を聞いてみると、聖南は半笑いで即答した。  マグカップを手に取り、少しぬるくなったコーヒーを水みたいにゴクゴクと飲み干す。  その様をジッと見ていた俺も、甘いコーヒーに口をつけた。 「葉璃との関係を否定するなんて、嘘でも嫌なんだよ。そりゃ否定した方が向こうもちょっとは大人しくなるかもだけど、それは俺が嫌なの」 「でも……」 「もし万が一、世間に俺達の関係を勘繰られる事になっても、俺は今のスタンス貫くぞ」 「え、そんなのダメですよ! その時は否定しないと……!」 「否定は葉璃がしたらいい。俺は否定も肯定もしない」 「えー……」 「その方が有耶無耶に出来る。もしかしたらそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないってあやふやにしとけば世間が勝手に判断する。葉璃が一番怖えのは、俺達の関係を公に認めた後の世間と業界の反応だろ? ハッキリした情報さえ与えなきゃ、ンなの俺達には関係無え。真実は俺達と、俺達にとって大事な仲間が知ってればいい事だ」 「聖南さん……」  そんな……。  聖南が否定しなかったら、その勝手な判断が一人歩きする事になるんじゃないの?  俺との関係が取り沙汰されて、聖南のこれまでのキャリアと未来が失くなってしまう事が、俺にとって一番の恐怖だって散々言ってきたのに……。  たまらず聖南を見上げると、まったく気にもとめてない様子で俺のほっぺたをムニムニといじってくる。 「一番のポイントは、葉璃がガッツリ否定する事。これで葉璃の恐れてる事態にはなんねぇから」 「……そう、ですか……?」 「あぁ、絶対に」  そ、そういうもんなの……?  聖南は否定しないけど、俺はしていいって……それは聖南、すごく自分を犠牲にしてない?  俺だって、ウソでも俺達の関係を否定するなんてヤダよ。  でもそれが必要な時がくるって、ずっとずっと前から覚悟はしてた。  だから俺は、聖南がそう言ってくれるならどんなウソだって吐くよ。  聖南を守るために、俺だってそのスタンスは変えられない。  聖南の言う通りにしていいなら、真実は俺達が知ってればいいんだもんね。  業界を知り尽くした聖南が〝絶対〟と言うなら、俺はそれを信じる。  覚悟を決めてる最終的な判断も、聖南に任せる。  それでいいのかもしれない。 「さーて、そろそろ行こうか」 「はい。……あ、マグカップ洗っとくんで、聖南さんはコート着てきてください」 「ん、ありがと。頼むわ」  わぁ……! 笑顔の破壊力……!  二つの色違いのマグカップ(聖南は濃い青で、俺は薄い黄色だ)を持った俺に向けてくれた聖南の笑顔の向こうに、一瞬でキラキラのエフェクトが見えた。  「頼むわ」が嬉しくて俺も聖南に笑いかけると、ちょっとだけ照れたように目を細めて衣装部屋に消えていく背中を見てると、ポポッとほっぺたが熱くなる。  これを毎日、平気な顔していられたのが信じられない。  黒のお洒落なロングコートを羽織った聖南が、俺用にと買っておいたチェックのトレンチコートを持って戻って来ると、俺がマグカップを洗い終わるまでジッと見つめてきた。  ただカップを洗ってるだけなのに、異様に緊張する。  それから新品のコートに袖を通してみると、ビックリするほどピッタリで着心地が良かった。  これもきっと、俺の目玉が飛び出そうなくらい高いものなんだろうな……と、金銭感覚だけは変えられない俺はついついそんな事を考えながら聖南に手を引かれる。  埃一つ落ちてないピカピカな玄関で、靴を履く直前にふと聖南は立ち止まった。 「もうお別れか……」 「え、でも今日は夕方まで一緒にいられますよね? 午前中は離れちゃいますけど」 「違う、そういう意味じゃねぇ。密会が終わっちまうのが寂しくて悲しいんだ」 「あ……」  見上げると、聖南が子どもみたいにムムっと唇を歪めて俺を見下ろしていた。  葉璃は寂しくないの、という心の声が聞こえた気がする。 「葉璃、次はいつ会おうか。スケジュール的には金曜日辺りがベストだけど。……どう?」 「大丈夫です。聖南さんとの密会より大事な予定なんて、無いですから」 「葉璃……っ♡ 嬉しいこと言ってくれんじゃん。でも家族との時間はそっち優先しろよ」 「それは、まぁ……その時に応じて……」 「コラ。俺のことも家族のことも、同じくらい大事にしろ。俺は葉璃の家族まるごと大切なんだからな」 「……っ、聖南さん……っ」  聖南も、俺にとってすごく嬉しいことを言ってくれた。  たまに手がつけられないくらいヤキモチ焼きで、そうかと思えば心がとろけるくらい甘やかしてくる聖南は、ある意味では俺に盲目ってわけじゃない。  ちゃんと俺の周りのことも見てくれていて、ヤキモチを焼く場面や状況をかなり広く捉えてくれるようになった。  俺の家族に関しては特に、初めて対面した時から聖南は誠実に対応してくれている。  大事な息子を預かっている上に、将来貰いに来なきゃならないから、不誠実なことは出来ないって……聖南は言ってた。  ……うぅ……胸が苦しい。  聖南の気持ちが嬉しくて嬉しくて、こういう事をサラッと言っちゃうところに懲りずにキュンキュンする。 「なに、そんなかわいー顔して。俺そんな胸キュンなこと言った?」 「聖南さんはずるいです……。いちいちカッコいいの、ほんとに勘弁してください……。何なんですか、もう……。俺の家族のことまで大切に思ってくれてるなんて……。どうしてそんなに優しいんですか……? なんでそんなに……ドキドキさせるんですか……」 「葉璃のことが好きだからじゃね? それ以外に理由なんて無ぇよ」 「か、か、カッコいい……っ!」  俺は、胸を押さえて大袈裟によろけた。  どうしようもなく照れて、誤魔化す意味もあった。  だって聖南は、思ったことを口にしてるだけ。  そこには裏も表も無くて、当然ながら俺に媚びてるわけでもない。  だからよくないんだよ。  心臓がいくつあっても足りないんだよ。 「ちょっ……おい、葉璃ちゃん。大丈夫?」 「すみません、ちょっとめまいが……。聖南さんが俺のHPを奪うから……」 「そりゃごめん。今からもっと奪いにかかるけど、今さらだよな」 「へっ? んっ……!」  言うなりすぐに、目の前が真っ暗になった。そのすぐあとには唇が塞がれていて、舌で前歯を舐められた。  ……こういう事まで、いつも聖南は颯爽と、サラッとしちゃう。  俺の気持ちを分かってて、余裕なんて無いとうそぶいて、揶揄ってくる。 「俺はそのトロ顔で、ドキドキしまくり」 「……っ、聖南さんっ」 「あはは……っ、照れてる葉璃ちゃん最高にかわいーな♡」 「むぅ……!」  確信犯聖南は、腰が抜けた俺を軽々と片手で支えて優雅に笑った。  姿や匂いだけじゃなく、笑い声までカッコいいって何事なの。  俺は聖南と居る限り、このキラキラなトップアイドル様に慣れることは出来ないかもしれない。  大勢のファンを夢中にさせてる聖南が、俺一人をメロメロにするなんて容易いだろうから。

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