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54♡⑧

 林さんが申し訳なさそうに、なぜか全身で扉をガードしながらそう窘めてきた。  それに驚いた俺は慌てて聖南から離れて、恭也の背後に隠れる。  ヤバイ……ここ楽屋だった……。  林さんいつ来たの。なんで恭也とルイさんは止めてくれないの。……って、ダメだ。  穴があったら入りたい心境だからって、人のせいにするのはよくない。  完全に二人の世界に入っちゃってた俺が悪いんだ。 「おはようございます、セナさん。仲は順調みたいですね」 「おっす。順調だよん」  恭也の後ろに隠れた俺を気にしながら、聖南は空いてるパイプ椅子にドカッと腰掛けて足を組んだ。  林さんが楽屋に入ってきたの、聖南は気付いてたのかな。  周りが見えてなかったのはやっぱり俺だけみたいだ。……恥ずかしい……。 「セナさん、小耳に挟んだんですけど、再来月までに五曲挙げないといけないらしいですね」 「あぁ、そうなんだよ。CROWNとETOILEの新曲用に二曲ずつ、あと一曲は特番企画用に下ろす。ちょっと考えがあってな」 「約二ヶ月で五曲は……随分とスケジュールがタイトですね」 「いや、年末には言われてたよ。俺の取り掛かりが遅えだけ。ちょこちょこっとやってはいたけど」 「そうだったんですか。次のETOILEの新曲発売予定が十二月ですからね。CROWNはいつ予定なんですか?」  聖南と遭遇するのは珍しいからか、タブレット端末を片手に林さんがいろいろと話を振っている。  俺はこっそり聖南の隣に腰掛けて、恭也は衣装を着替えにパーテーションの裏に回った。  ルイさんはそこが定位置かのように、聖南の前でも平気でテーブルに座ってお茶を飲みながら足をプラプラさせていて、なかなかハートが強い。気を許してる、とも言うのかな。 「CROWNは丸一年空くよ。来年の三月予定だ」 「三人のスケジュール的にそうならざるを得ないのかもしれませんね。ツアーの準備もありますし」 「そうなんだよ。アキラとケイタは二年先までドラマやら映画やら決まってるしな。間にツアーの練習入れたらアイツらのプラベがゼロになんのに、そこに年内新曲は厳しめだろ」 「じゃあセナさんが便宜を?」 「まぁ、特別何か言ったわけじゃねぇけど……。チームのスタッフがCROWNも年内発売いけたらいいとか呑気なこと言ってたから、「俺らを殺す気?」とは言った」 「はは、ははは……」  CROWNの三人が多忙なのは、ETOILEのマネージャーをしてる林さんも何となく分かってるはずだ。  でもスタッフさん達の希望も理解できる社員さんの立場でもあるから、聖南のセリフに苦笑いを浮かべるしかなかった。  俺は、今まさに今週末発売の新曲披露のためにいろんな媒体に露出させてもらってる真っ最中で、それなのにもう次の新曲の発売予定が決まってると知ってビックリだ。  そういうスケジュールはETOILEに関わってるスタッフさん達で決めてるんだろうけど、俺たちはまだ目先の仕事をこなしてくのに精一杯だからなぁ……。  プロデューサーだからって、忙しい聖南に全部仕切ってもらって悪いな。  いつか俺たち三人も、何かを決める現場にちゃんと参加できるようにならなきゃ。  聖南の隣で、俺がこっそり気合いを入れた時、ちょうど恭也が衣装に着替えて戻って来た。 「次のシングルは、ルイさん加入後初、になりますね」 「そうだな。今までの曲の再録は五月だからな。しっかり準備しとけよ、ルイ。俺もバッチリ歌割りしとくから」 「了解っす! どこ任されてもええようにしときますわ!」  笑顔でガッツポーズを決めたルイさんに、聖南が優しく微笑みかけた。  横顔でもうっとりするようなその笑みに、俺が笑いかけられたわけでもないのに照れちゃいそうになる。  咄嗟に視線を恭也に移して、まだ解かれたままのネクタイを手に立ち上がった。 「いよいよなんだなぁって、なんか感慨深いよね」 「そうだね。楽しみ、だよね」 「うんうん。三人でのレッスンもすごく楽しいし! ルイさん、俺たちとは色が違うからって最初は加入渋ってたけど、違うからこそいいんだよね」 「その通りだよ。俺たちと同じ色だったら、誰が、ツッコミ役するの」 「ほんとほんと」  話しながら恭也のそばまで行くと、するりとネクタイを奪われた。  お願いする前から察してくれた恭也が、俺の後ろに回って短いネクタイを結んでくれる。  聖南とルイさん、林さんの三人がそんな俺たちを黙って見てるのには気付いてたけど、これはわりといつもの事だ。 「なぁなぁ、お二人さん。俺にツッコまれるようなこと言うてる自覚はあったんか」 「え? うーん……」 「え、まぁ……多少は……」 「二人とも微妙そうやん! 絶対分かってへんやろ、それ。自分らマジでツッコミどころ満載やからな!? 俺毎日大忙しやねんで!?」 「忙しい方がいいじゃないですか。ルイさんも楽しそうだし。でもたまに顔真っ赤にして騒いでる時あるかも……」 「それそれ! そん時はもうカンベンしてくれ〜いう時や!」 「葉璃、俺たち、ツッコミどころ満載、なんだって」 「うん。……どこをどう治したらいいか分かんないけど」 「そうだね」  三人での語らいはただの和気あいあいだと思ってたのに、ルイさんがあまりにも声を張るから俺と恭也は何回も顔を見合わせることになった。  「カンベンしてくれ〜」な時がいまいちピンとこないせいで、もっとルイさんをヒートアップさせてしまう。 「いやいや何の解決にもなってへん! セナさん、どう思います!? いっつもこの二人こんな感じなんすよ! おとぼけが過ぎるっちゅーか、ふわふわ〜っと会話してウフフッみたいな! 俺蚊帳の外なこと多いんすよ!」 「それをまとめんのがルイなんだろ。バランス取れてんじゃん」 「俺もふわふわ〜っとした会話してウフフッしたいんすけど!」 「それはルイの性格上ムリだろ。大体な、葉璃と恭也のふわふわウフフは今に始まった事じゃねぇ。はじめは俺も戸惑ったよ、そりゃあもう盛大に」 「ですよね!? 俺も慣れるまでめちゃめちゃ時間かかりましたもん!」 「ま、俺の場合は二人の仲に嫉妬して、だけどな。最初から距離感がダチじゃなかったんだよ、この二人は」 「あぁ……二人て高校からのダチやったっけ?」 「はい」 「そうです」  俺と恭也は、頷きながら同じことを思った。  今は俺たちが蚊帳の外じゃない?……と、顔を見合わせて笑う。  ルイさんの剣幕とは反対に、聖南がやけに冷静な対応してるのも何となく可笑しい。 「な、今も俺がいんのにあんなに密着して立ってんだろ。葉璃も恭也も、それがダチの距離感じゃねぇってことに気付いてねぇっつーか、少しもおかしいと思ってねぇんだ」 「ほぉん……」 「だから諦めろ、ルイ。二人の距離感に慣れれば、多少は疲労も減るぞ」 「俺やっぱ疲れ感じてるんすかねぇ?」 「かもな。さっきマジでちょっと声荒げてたじゃん。発散したかったんじゃねぇの」 「そうかもっす……」 「話ならいつでも聞いてやっから、電話してこい。ルイは俺に気兼ねなんてしねぇだろ」 「はい。通う間隔決めてお願いしよかな……」 「通う間隔って。俺メンタル専門の医者ではねぇよ」 「……っ、あはは……っ!」  二人のやりとりを見ていた俺は、最後の聖南のセリフでとうとう笑いをこらえきれなかった。  だって、俺たちのツッコミ役のルイさんが、最終的には聖南にツッコまれてたんだもん……!  やっぱり〝ボス〟には口達者なルイさんですら敵わないし、むしろボケ役に回ってる気がするよ。  少しも笑ってない、キリッとした真顔の聖南の切れ味はかなりのもので、それが余計に面白かった。

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