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今日は聖南が居たから……ていうか聖南の方から「おいで」と声を掛けてきた。
本番まで三十分、十五分、十分、とスタッフさんがいつ呼び込みに来てもおかしくない時間になると、緊張で呼吸が浅くなる俺はカタカタと小さく震えてしまう。
そんな時、いつもは恭也やルイさんがハグして和ませてくれるんだけど、今日は誰よりも心強い先輩兼恋人がぎゅっと抱きしめてくれた。
万が一に備えてパーテーションの裏に連れ込まれた俺は、聖南の匂いと温かさで眠ってしまえそうなほど落ち着いた。
聖南は大きいから、俺を包むように抱くとかなり態勢がキツいと思う。ツラくないかな、と頭の片隅で聖南に申し訳なさを覚えるも、衣装を着て準備万端な俺にはそれを考え続けることなんて出来なくて。
迎えた本番も、はじめは恭也にピッタリくっついていた。
観覧のお客さんの大きな歓声と拍手で呼び込まれて〝セナ〟がスタジオに登場すると、今度は俺は恭也と聖南に挟まれる形で番組が進行していって、その安心感ったらなかった。
だってほとんど、聖南が番組を牛耳ってた。
司会者や出演者の人達も、その番組では激レアな〝セナ〟の存在感に圧倒されて、緊張さえしているように見えた。
番組終盤、聖南はもちろん他の出演者の人達も見守る中での歌披露。それまで空気と化していた俺も、イントロが流れた瞬間に無事スイッチが入った。
今回の新曲は、バレンタインに合わせた恋人たちの何気ないドキドキやワクワクが詰め込まれたハッピーな歌詞と、思わず踊りたくなるような聖南の創るキャッチーな曲調が軸のダンスナンバーだ。
俺たちETOILEの曲は、デビュー曲のsilentから一貫して〝恋〟がテーマになっているらしい。
これは、CROWNでは甘過ぎて表現しきれない曲をETOILEで書きたかったからだと、聖南はインタビューで答えている。
世間の見る俺と恭也の距離感も相まってなのか、発売した曲は軒並み初週一位を頂いていたりする。
だからこうしてプロモーション活動も積極的にさせてもらってる、という訳だ。
何日かおきにプルプル震えなくちゃいけない事を除けば、俺はすごく……すごく、恵まれたアイドルだと思う。
「──お疲れっす! セナさんおるだけで女性陣のテンション爆上がりやったっすね」
早足で楽屋に戻ってみると、ルイさんが三人分のお茶を用意して笑顔で出迎えてくれた。
聖南と恭也に片方ずつ腕を取られた状態で、自分でも真っ白けになってるような気がする俺は、ルイさんのにこやかな表情を見てホッとした。
明るい声が、とても安心する。「お疲れ」が、緊張で震えていた胸に染みた。
「いや今日盛り上がったのは葉璃と恭也のおかげでもあるだろ」
「そういやお二人さん。今日はやたらと仲睦まじいように見えたんやが?」
「マジでな。俺へのあてつけかと思った」
「ほら見てん。セナさんご立腹やで」
そう……? いつもと変わらないと思うんだけど……。
順番にルイさんからお茶を受け取ってその場で飲んでいると、聖南からもじっとり見られて首を傾げてしまった。
「そんな事ないと思いますけど……」
「俺は……少し、意図的なとこ、ありました」
「えっ!? そうだったの!?」
「うん」
「な、なんでっ?」
「セナさんが、密着されてるから、だよ。俺は、目くらましに徹しただけ」
「そうだったの……っ」
相変わらずの本番中、他に気を配れない俺だけが知らなかったらしい。
スタジオの隅でカメラを手に固まった三人組に恭也は気付いていて、必要以上に聖南と俺をベタベタさせないようにしていた……そういう事?
そういえば今日の恭也は、隙あらば俺の隣を死守して笑いかけてくる聖南に続くように、たくさん笑顔を見せてくれていた。
俺は、それが恭也の機転だとも知らずに「二人がいて頼もしい」とだけをのほほんと思ってたよ……。
番組が終了してから、あれが聖南を密着取材している人達なんだと知ったんだけど、だからと言って今ここにあの人達は居ないし、深く考えもしなかった。
そっか……聖南と俺がやたらと接触してたら、視聴者も密着取材の人達も不思議に思うかもしれないもんね。
恭也、さすがだ。
周りを見て行動するのが当たり前になってて、ほんとに頼りになる。
「意図的だろうが何だろうが、俺の前で他の男とイチャイチャすんのはどうなんだ。なぁ、葉璃? これは立派な浮気だよな?」
「お、俺ですかっ? お、俺……っ?」
「恭也はしっかり務めを果たした。葉璃も相変わらず見事なパフォーマンスだった。二人とも、プロデューサーとして鼻が高かったよ。だから責めるつもりはねぇ」
「そ、そんな……っ、えへ……っ」
「えへっ、じゃねぇよ。このっ」
「ムムッ……!」
ちょっとだけ褒められて気を良くした俺は、近寄ってきた聖南を見上げてヘラヘラ笑って見せた。すると、三白眼の聖南から鼻をむぎゅっと摘まれる。
──コンコン。
痛いですよ、と聖南の手を払いのけようとしたその時、控えめなノック音がした。
扉から顔を覗かせたのは、本番前に呼び込みに来たADさんとは違う人だった。
「……失礼します。あのー、事務所から激励に来たと仰る方が見えているんですが……お通ししても構いませんか?」
「は? ……誰?」
……えっ、えっ……! あの髪……!
振り返った聖南が訝しむ返事をしたと同時に、お伺いを立ててくれたADさんを押しのけるようにして金髪のアノ人が現れた。
「こんにちは」
「…………っ!」
「…………っ!」
「え、……」
「うーわ……」
ニコッと美人スマイルで現れたその人に、俺たちは一様に反応を見せる。
俺と恭也は絶句、聖南は小さく戸惑いの声を上げ、ルイさんは呆れ返ったような声で天井を仰いだ。
「おじさまから、今日はETOILEがTVショーに出演すると聞いて、労いに来ました」
えぇ……! 労いに来ましたっ? 労いにっ? ほんとに!?
誰も何も聞いてないのに、レイチェルさんはADさんに『バイバイ』とでも言うように手を振って追い出すと、そう言って笑顔を見せ続けている。
絶対に労うつもりなんか無いよね、とそこに居た俺たちはたぶん同じ思いを抱いた。
でもそんな事をズバッと言うわけにはいかないから黙ってるだけで、そうなると対話をするのは聖南しかいない。
先頭に聖南、その後ろに恭也とルイさん、一番後ろに俺と、自然と三人が防波堤を作ってくれて、隙間からチラッとしかレイチェルさんの姿が見えなくなった。
「番組は終わったよ」
「ええ、存じております。事務所の方の車内で拝見していましたわ」
「……俺ら次は別々の現場に向かわないとだから」
「はい。私はセナさんとご一緒するつもりで、……」
「無理だって。今は車で待機してもらってるけど、さっきもずっとスタジオに密着入ってたんだよ」
「でも……おじさまが……」
「何? 社長が俺と同行していいって?」
「…………」
「確認するからな?」
「…………」
前科のあるレイチェルさんの発言に、聖南はすぐさまポケットからスマホを取り出した。
社長さんの名前を出せば聖南を納得させられると、そう味を占めたレイチェルさんがウソを吐いてる可能性は高い。
さっそく社長さんに電話をしようと指を動かし始めた聖南に、レイチェルさんが慌てて待ったをかけた。
「待ってください! おじさまは関係ありません! 私がセナさんと二人きりになりたくて……!」
「社長出して嘘吐いたっての?」
「……いいえ、ウソは吐いていません。私は「おじさまが……」としか言っていませんもの」
「…………」
えぇぇ!? えぇ……っ!?
開いた口が塞がらない。
こういう時は素直に、とりあえず形だけでもごめんなさいするものじゃないのっ?
それどころかレイチェルさんは、開き直って揚げ足を取った。
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