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 黙ってる聖南が今どういう顔をしてるのか分からないけど、きっとどんなお偉いさんもビビっちゃうくらい冷たい無表情でレイチェルさんを見てると思う。  もう会話すらしていたくないって、背中からそんなテレパシーが送られてきた気がした。  だけど俺も恭也も、この空気をどう繕えばいいのか分からない。  ウソは吐いてないって言い張ったレイチェルさんは堂々と聖南を見つめてるし、黙りこくった聖南は扉の方を睨んでるように(後ろ姿しか見えないけど……)見えるし、……。  どうしたらいいの、この空気……! 「なぁレイレイ、セナさんの仕事について行くんは誰であっても素人はムリやと思うで」  ……ただここに一人、重たい空気をものともしない頼れる仲間が居た。  平然とした態度と口調で聖南の隣に並ぶルイさんは、腕を組んでレイチェルさんをジッと見下ろした。 「……どうしてですか?」 「セナさんの仕事はな、俺らみたいにハイハイ言うこと聞いてたら終わるような仕事ちゃうねん。セナさんは、言うたら話し合いから本番、本番終わりのスタッフ連中との談笑にも最後まで残っとかないけんような立場なんや。そこにレイレイおってみ? ぶっちゃけ仕事の邪魔でしかないて」 「……以前も言いましたけれど、あなたの言葉は難しくて聞き取れません」 「それはあんまりにも都合が良過ぎんか?」 「どういう意味ですの?」 「る、ルイさん……っ」  一歩前に出たルイさんの喧嘩腰に、まったく怯まないレイチェルさん。  方言が聞き取れないなんて言ってるけど、応戦してるレイチェルさんはほぼ理解してそうだ。  今さらそれはないんじゃないのって、俺でも思った。だけど喧嘩はよくないよ。  ところが、あたふたしながらも仲裁に入ろうとストップをかけた俺に、まさかの矛先が向いた。 「ハルさん……あなた昨夜はセナさんのご自宅に泊まったようですね。ハルさんのお住まいはいったいどちらになったのかしら? お引っ越しされたの?」 「えっ……」 「おかしいわ。つい最近までセナさんのご自宅の隣に住んでいるというお話だったのに。近頃は別の場所に……」 「レイチェルさん、葉璃のプライベートを詮索しないでもらえますか」 「あら、あなたは……」  少し離れたところからキツい眼差しを向けられていた俺は、返答に困ってただただ狼狽えることしか出来なかった。  そんな俺を見かねてか、今度は恭也までも聖南の隣に並んでレイチェルさんに近付いて行き、スッと右手を差し出した。 「初めまして。ETOILEの恭也です」 「はじめまして。よろしくお願いいたします。先ほどのTVショーでのハルさんとのかけあい、素敵でしたわ」 「そうですか。俺たちは普段からアレなんで、素敵と言われると嬉しいですね」 「うふふ、あなたがハルさんのステディだったら良いのですけど」 「俺はそのつもりですよ」 「まぁ。ますます素敵!」 「なので、葉璃のことをアレコレ詮索しないでください。ついでにその高圧的な感じもやめていただきたい。俺も良い気がしないんで」 「…………? ごめんなさい、少し言葉が難しくて……」  何かの役にでもなりきってるみたいに、普段のおっとりした仮面を脱いだ恭也はすごくなめらかに喋っていた。  少しだけ声と言葉に棘があるように感じたけど、レイチェルさんはルイさんの時とは違って笑顔で会話をしている。  突然俺に矛先が向いた時はどうしようかと思った。  あのまま言われっぱなしだと、いくら卑屈ネガティブを自負する俺も、少しずつボルテージが上がって爆発してたかもしれないよ。  ……なんでだろう。レイチェルさんの綺麗なブルーの瞳に睨まれると、ビクッと体が縮み上がりはするのに反発したくもなってくる。 「……あ、社長? 俺だけど」  そうこうしていると、いつの間にか聖南は手にしたスマホでほんとに社長さんと通話を始めてしまった。  きっと、ルイさんと恭也の援護射撃にも〝言葉が分からない〟という言い訳で怯まなかったレイチェルさんは、こちらでは手に負えないと判断したんだ。  丸く収めるには、たぶんその方が早い。  ギョッとして目を見開いてるのはレイチェルさんだけだから、それはどうやらうまくいきそうだ。 「……あぁ、うん。……うん。てか今レイチェルがこっちに来てんだけど、呼び戻してくんない? 俺の仕事に同行するとか言ってるから。……それマジ? あぁ、そう、……じゃあ頼む」 「セナさん!? おじさまに何を……!」  途中、あんまり聞いた事のない聖南の低い声にドキッとした。  何かとんでもないことを聞かされて、ただでさえ悪かった機嫌がついに地を這ったような、そんな声。  キレてる時の聖南はめちゃくちゃ怖いけど、滅多に見られないからちょっとだけキュン……だ。  いやいや、俺ってば何を考えてるの。怒ってる聖南にキュンは、不謹慎だよ。 「……おいレイチェル、午後からボイトレ入ってんのにこっち来たのか?」 「それは……!」 「再来月にデビュー控えてんのに、事務所のスタッフに社長の名前出して無理を通すのはよくねぇよ」 「……ごめんなさい……。ですが私はどうしてもセナさんにお会いしたかったの! だっておかしいわ! いつだって私は除け者なんですもの! 私は、春まで待てない、そう言いました!」  えぇぇ!? レイチェルさん午後からボイトレ入ってたの!?  て事は、俺のボイトレについてくれた先生が、今頃あのブースで待ちぼうけしてるって事!?  えぇ……っ。また開いた口が塞がらないんだけど……。  そこまでして聖南に会いたかったんだ、レイチェルさん。  社長さんから聖南がこの番組に出演する事や、ここには〝ハル〟がいる事をも聞いたレイチェルさんがいても立ってもいられなくて無茶をした……。  もう、感情が追いつかない。  ビックリというか、呆れちゃうというか、やっぱり俺にはとても理解できない凄まじい行動力。  その裏には聖南への恋心があって、俺たち三人の前でも平然と想いを隠そうともしない。  どんなに聖南から塩対応をされてもめげないのは、レイチェルさんにとって〝あの提案〟がとてつもない原動力になってるからなんだろう。  社長さんの姪っ子であるレイチェルさんの存在は、誰もNOと言えない雰囲気がある。  実質的には聖南よりも無理が通ってしまうから、レイチェルさんはこうして暴走してしまうんだ……。 「……っ、セナさん! 黙っていないでなんとか言ってください!」 「また連絡するって言ってるだろ。少しは慎ましくしてくれ」 「私には日本の文化は馴染みません!」 「だったら馴染ませてくれよ。さすがにボイトレ蹴ってここに来るのは度が過ぎてる。レイチェルのデビューに向けてどれだけの金と人間が動いてると思ってんの。マジで何考えてんだ」 「セナさん……!」 「すっぽかして迷惑かけたボイトレの講師と、ワガママ言った事務所のスタッフにはちゃんと謝罪しろ。その報告聞いてからじゃないと、レイチェルとは今後一切口利かねぇからな」 「そんな……!」  冷たくそう言い放つと、聖南は一度だけ振り返って俺たちに目配せし、「お疲れ」と言って楽屋を出て行った。  置き去りにされたレイチェルさんは、愕然と斜め下を見つめて固まっている。  俺と恭也とルイさんも、この気まずい空気の中で取り残されてどうしたらいいか分からなかった。  だけど一つ、俺はこっそり思った事がある。  レイチェルさん……あんなに早口だった聖南の難しい言葉、ちゃんと理解してるじゃん。

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