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55❤︎睦言

─聖南─ ❤︎ ❤︎ ❤︎  ETOILEの新曲プロモーションに同行するのは、聖南にとってはかなりテンションが上がる仕事のうちの一つだ。  割合的には葉璃に会えるというのが半分近くを占めてはいるが、他にも理由がある。  恭也とルイ、そして葉璃の三人での雰囲気を直に感じられる事。スタジオでのパフォーマンスを生で観賞出来る事。  すでにETOILEはデビュー前から携わる作曲家の名が上がっており、専属の広報チームも準備されていた。  しかし二人の歌声と葉璃のダンスに魅了されていた聖南が、『俺が今後もプロデュースする』と直談判し半ば強引にその座をもぎ取ったという経緯がある。  葉璃の誕生日に用意したコテージで、思いつきのように口にした聖南の行動は早かった。  近頃CROWNの曲は、アキラとケイタの出演するドラマや映画のタイアップになる場合が多い。  主に作詞を担当する聖南が台本を読み込み、内容に沿った詞を綴っていく。詞が先行する聖南の作曲スタイルでメロディーも同時に浮かんだ場合は、デモを作ってスタッフに提出する事もある。  このように最近は浮かんだ詞を好きに並べてゆく以前のスタイルでの作曲は、ETOILEに関してが多くなった。  自由に創作できる事に加え、CROWNの三人がパフォーマンスするには少々落ち着いた表現になってしまうメロディーやダンスを、恭也と葉璃ならば違和感なくこなしてくれる。  デビュー曲であるsilentが今もなお多方面の媒体から好評なのも、聖南渾身の王道ポップスである事と、何より二人の表現力と歌声によるものだ。  当初は自身の創ったもので〝ETOILE〟をコケさせるわけにはいかないという、多少のプレッシャーもあった。しかしデビュー曲で一躍人気者の仲間入りを果たした二人は、以降の新曲も聖南の予想を遥かに超える成果を上げてくれ、さらにはキャラクターも申し分ない。  それゆえに、二人の成長や成功の過程を見られる、純粋な創作者の立場でいられる仕事は非常にやり甲斐を感じ、常に関わっていたいと思えるのである。  一つだけ、まったくもって不本意なのは、やる気を出すために葉璃の声を想像して創ったバラード曲が、他者に歌われてしまう事だ。  この僅かな不満は、天地がひっくり返るような出来事でも起こらない限り、おそらくこの先も消える事はないだろう。 「──昨日はありがとな」  聖南は革張りの上等なソファにドカッと腰掛けるなり、デスクの方を向いて感謝を述べた。  レイチェルの突然のテレビ局来訪は、社長にも寝耳に水な話だったようで電話口ですら呆気にとられていたのが分かった。  稼ぎ頭である聖南の手を煩わせるわけにはいかないと、社長は事務所スタッフを早々にテレビ局へと送り込んでくれ、事無きを得たと聞く。 「レイチェルの件か。……すまなかったな、まさか直接出向くとは思わず……」 「理由はどうあれ褒められたもんじゃねぇよ。デビュー控えてんのに何してんだって、ちょっとキツく言っちまった」 「あぁ、レイチェルから聞いている。とても反省していたぞ。しょんぼりと肩を落としておった」 「謝罪はしたんだろうな?」 「講師とスタッフへ、だろう? もちろんだ。そう報告を受けている」 「それならいい」  〝会いたかった〟聖南にはもちろんの事、ルイと恭也にまで好戦的だったレイチェルの態度から、謝罪などするものかと反発心が芽生えていたらいよいよ縁切りしてしまうところだった。  葉璃への態度にも相当に腹が立ったが、番組内での立ち回りに続き機転を利かせた恭也が、聖南の鬱憤を晴らしてくれた。  しかし、レイチェルが聖南の目の前で葉璃を睨むように見ていた、まさに嫉妬に駆られた女性の姿を目の当たりにすると恐ろしくもある。  葉璃は、その見た目や庇護欲を掻き立てる何かが内側から滲み出ているためか、女性からの嫉妬を買いやすい。  本人はまったくの無自覚なので周囲が気を配るしか無く、その点がやはりネックだ。  彼の人となりさえ知ってもらえれば、もう少し厄介事が減るのだろうが……葉璃は恵まれた外見と天性の実力、そして聖南に見初められるという強運まで持ち合わせているので、他者の嫉妬からは逃れられない運命なのかもしれない。 「……それでな、今日来たのは社長に話しときたい事あって」 「何だ? レイチェル絡みか?」 「いや違う」  仕事の合間を縫いここまで出向いたのは、レイチェルが謝罪したかどうかを探るためではない。  愛する恋人の頑張りに終止符を打つための晴れ舞台計画を、聖南は社長に報告しにやって来たのだ。  はなから異論は認めないつもりである。 「俺、ヒナタの正体は追々公表するって言ったじゃん」 「そうだな。時期がきたら、と」 「そう。報道規制を解除するタイミングと合わせようと思ってんだ」 「ほう……やはりそうか」 「何? やはり?」  前もって話していたっけ……と、聖南は有名ブランドのバングルを弄びながら首を傾げた。 「SHDの幹部らと直接対決した後にな、自宅までルイに送ってもらったのだがそういう仮定の話をしたのだ。実際にSHDエンターテイメントは実質機能しなくなり、ほとんどのタレントが移籍や退所に乗り出しているだろう。ハルが携わったLilyも相澤プロへと移籍し、巷では様々な憶測が飛び交っていると聞く。そうなった場合は、状況を鑑みつつ事態収拾のためにセナがヒナタの公表にGOを出すだろう、とな。なぜ報道規制を敷いていたかの理由も、言わずもがなになる」 「へぇ、そこまで読んでたんだ」 「あの場でセナは、ヒナタの正体を公表した場合にはメリットしかない事を大笑いしながら話していたからな。むしろ公表して、ハルの功績を世間に示したいのだろう?」 「分かってんじゃん。全部お見通しってか」  したり顔の社長から視線を向けられた聖南は、フッと笑って背もたれに体を預けた。  無茶な任務を投げ出さずにいた半年間、葉璃はどれだけの我慢をし、どれだけの実害を受けたか分からない。  現にシャワー室で倒れていた葉璃の姿を反芻すると、未だ血の気が引く。おでこから血を流し、真っ青な顔で意識は無く、冷たくなった体は声を掛けても抱き上げてもピクリともしなかった。  一昨年の事件を彷彿とさせる葉璃のピンチにも、後手後手に回っていた聖南はどうしてやることも出来なかった歯痒さが、まだ尾を引いている。  ……にもかかわらず、葉璃は特大級のお人好しを発揮した。  事務所の倒産と共にLilyを解散に追い込むのではなく、新しくやり直す道を聖南に託した。  その点に関してだけは、葉璃がどんな結論を出そうと考えに従うつもりだったが、まさか諸々の主犯格であったアイの復帰までも条件に入れるとは思わず、我が恋人ながら腹が据わっていると聖南は感心したものだ。 「まぁ……ヒナタへの問い合わせが一件や二件どころではなかったらしいからな。素性や正体を明かさぬまま事務所を移籍し、一つも説明がない状態でそのまま復帰、というわけにはいかんだろう。ファンは当然、納得しない」 「そこなんだよな。アイも無事復帰してるみたいだし、だったらヒナタはどうなったんだって別の問い合わせがジャンジャンきて相澤プロに迷惑かけることになる。それは避けたいんだ。樹には相当負担かけちまってるし、こっちで処理出来る事はしてやりたい」 「その方が良いだろうな」  聖南の思惑としては、例のプランにも通ずるヒナタの正体の公表は大々的に行うつもりでいる。  それは多分に葉璃へのはなむけの気持ちと、手を焼きそうなLilyを樹に丸投げする形となった詫びの気持ちを込めたいと考えた。  ヒナタの件さえスッキリしてしまえば、自ずと葉璃の株は上がり、心を入れた替えたと印象付けたいLilyの復帰も歓迎してもらえ、レイチェルが抱くであろうこれ以上ない敗北感を味わわせる事が出来る。

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