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55❤︎②
この計画が上手くいったとしても、すべてが万事丸く収まるとは聖南も思っていない。予測不能な事が起きるかもしれない危惧はもちろんある。
だが同時に効果をもたらす事が出来る案も、他には思い付かない。
「それで、こっから社長に通しときたい話に繋がるんだけど」
「なんだ、まだ本題でなかったのか」
少し前に第一秘書の神崎が運んできた煎茶を啜る社長に、聖南は「あぁ」と頷いて見せた。
「ヒナタの公表は、報道規制の解除と同時。時期は六月下旬の特番で、正体を明かすのは大々的にしたいと思ってる」
「特番で大々的に? 具体的にどういう事だ?」
「とりあえず今は、それだけしか言えねぇ。番組側と調整しないといけねぇし。諸々OK出たらそん時にまた社長に報告する。悪いようにはしねぇよ」
聖南の計画が本決まりでない以上は社長に話を通すのは時期尚早かとも考えたが、だんだんとレイチェルの言動が大胆になってきた事が気がかりで、聖南も行動を早めざるを得なくなった。
少しでも早く手を打ち、計画を本格化させ、信頼できる仲間たちに協力を仰ぐ。それは決まった段階ですぐに情報共有できるよう、早めに準備しておくに限る。
計画の前段階で話せる事が少ないとはいえ、社長からの返事を一つしか聞く気がない聖南はやや強引なのかもしれないが。
「……特番でのヒナタの公表……となるとハルが実際に皆の前でヒナタの姿で現れなければ、信じない者も出てくるのではないか? それほどに別人だっただろう」
「そ。だから葉璃にはその場で最後のヒナタを演じてもらう」
「ハルは納得するのか? Lilyとは色々あったじゃないか。ヒナタの姿になるのはほとほと御免だと言いそうなものだが」
「どうだろうな。そもそも葉璃がLilyの復帰を望んでたし、この計画の狙いを説明すればやってくれんじゃねぇかな」
「うむ……」
表向きの狙いは、先程社長が自身でも話していた事がすべてであり、筋が通っている。
聖南の目的にはプラスαが加わるわけだが、まさかそれを今この場で社長に打ち明けるわけにはいかない。
何がなんでもレイチェルを諦めさせ、少々手洗い方法で鋼のメンタルを打ち砕いて生まれ変わってもらわねば、本当の意味でのプランB成功とは言えないのだ。
だが聖南は、すべてを社長に話すつもりがない。
彼は、姪っ子バカかもしれない。後々真意を知ったが間違いなく聖南へ心無い事を言った。
しかし、葉璃との未来しか考えられない聖南に絶望感を抱かせたはずの重たい親子喧嘩は、すでに社長からの度重なる謝罪と、水面下で情報収集を行っていたSHDへの報復で帳消しになった。
どうしても、荒れていた当時の聖南の命を救ってくれた恩がチラつく。さらには芸能界で生きていく術であるCROWNとしての道を、作ってくれた。この恩は計り知れない。
昨年少々ゴタついたものの、社長の事は何があっても、出来るだけ傷付けたくはないのだ。
「ハルにはこれから話すのか?」
「いや、タイミングはあって、話そうとはしたんだけど……別件で色々説明してたら頭ン中パンクしそうになっててな。また別日に話すって言ったんだ」
「別件? 仕事の話か」
「ん〜、まぁそんなとこ。今日は社長のOKもらいに来ただけ」
報道規制をかけた理由は、アイが仲間と共謀し撮影した、聖南とレイチェルのツーショット写真を不確実な証拠としてタレこまれないようにするためだった。
事態を知った康平が、大塚芸能事務所全体を守るよう便宜を図ってくれたので、現在まで世間を騒がせるようなブツは流れていない。
その報道規制を解除するタイミングは、当然ながら聖南に一任されていたわけではなかった。
そのため聖南は、ヒナタの公表をするには前述の計画がある事を社長に伝えておかなくてはならず、わざわざこうして出向いたのだった。
ヒナタの正体の公表は、同時に葉璃の功績を称え、Lilyの復帰や業界への報道規制の意味までをも成す事が出来ると説明すれば、社長がNOと言うはずがないと睨んでいた。
「そんな事を言って、すでに腹は決まっておるんだろ。セナの考え通りに実行して構わん」
「フッ、ありがとな」
そんな聖南の真意まで悟っている社長は、何とも複雑な笑みを浮かべた。
無論、さらにその裏に潜むプランまでは知る由もないだろうが、それでいいと聖南も笑み返す。
温くなった煎茶に口を付け、ひとまず事務所の長への義理は通したと胸を撫で下ろした聖南へ、「ところで……」と社長が切り出した。
「……セナ。レイチェルからのアプローチはまだ続いているのか?」
「言っていいの?」
「……続いているんだな」
「……ん」
頷いた聖南に、今度はまいった顔を浮かべた社長も、これまであまり口を挟んではこなかったが気になっていたのだろう。
叔父である社長から直々に『セナには恋人がいるから諦めろ』と忠告されたにもかかわらず、レイチェルはその後も聖南を追う事をやめない。
むしろ聖南がプランBを捻り出すほど拗れている……とまでは言わなかったが、苦笑いをする社長に聖南も困り顔を隠さなかった。
「昨日局に突撃したのも、セナに会うためだったのだろうな……。ETOILEを労いに行くと勇んで出て行ったが……」
「社長には悪いように言いたくないんだけど、葉璃と恭也を労いに来たようには見えなかったよ。実際、二人に「お疲れ様でした」の一言も無かった」
「そうか……」
「別にな、それをどうこう言うつもりはねぇんだよ。ただ自分のやるべき事をしてほしいだけ。デビューするっつっても、何ヶ月もかけて準備してる人間が大勢いるって事を忘れてほしくない。これは日本だろうがレイチェルの母国だろうが関係ねぇだろ? 臨む姿勢だけ間違えんなって事」
聖南は、社会人として当たり前の事を言っているだけだ。
一万歩譲って、聖南に会いに来た事はまだいい。
だがボイストレーニングをすっぽかした事や、事務所スタッフを足代わりに使った事はどうにも怒りを抑えられず、そこまで分別を失くしてしまっては駄目だという思いで聖南はあの場でレイチェルを戒めた。
日本人のようにはなれないと豪語していたからには、殊勝にしろとは言わない。無闇に畏まる必要も無い。ただ最低限のマナーやルールだけは、デビューさせてもらう〝新人歌手〟として保っていてほしい。
好意どうこうに関しては聖南にも考えがある。
社長にはそれについてよりも、デビューするにあたっての心構えを教えてやってほしいと、聖南は視線で訴えかけた。
「あぁ、……伝えておこう」
深く神妙に頷いた社長に、聖南は笑いかけることなく湯呑みを空にした。
──これで遠回しにでも釘を刺した事になればいんだけど。……どうなんのかねぇ。
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