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55❤︎③

❤︎  社長との会話を終え事務所を出た聖南は、ETOILEの新曲プロモーションのためにテレビ局にやって来た。  同行二番組目である今日も序盤から番組に出演し、その構成上中盤からの歌唱披露になると聞いてワクワクしていたが、聖南は楽屋に入るなりルイに詰め寄られている。 「──悪かったって」 「ほんまっすよ〜! そりゃ立ち去り方はむちゃくちゃカッコええ♡てなったっすよ? 振り向き方も「お疲れ」の言い方も完璧でしたわ! でもあの状況で置き去りはエグいっす!」 「ごめんって」 「ふふっ……」  一昨日の件を根に持っているらしいルイが、腰掛けて苦い顔をしている聖南に向かって吠えていた。  聖南の向かいでクスクス笑う恭也と、たった今着替え終わった葉璃が短いネクタイを片手にその様子を唖然と見ている。  次の仕事の時間が迫っていたとはいえ、たしかにあの状況でレイチェルを置き去りにするのはよくなかった。  林はスタッフとの打ち合わせで出払っており、完全に三人しか居なかったあの場で、事務所の者がレイチェルを引き取りに来るまでの間はおそらく地獄のような空気だったに違いない。 「迎えが来るまでどうしたんだ?」 「まぁ……言うてるほど大変やなかったっすけど……」 「ですね。空気は重かったですけど、レイチェルさん、一言も、喋りませんでしたからね」 「ほんまにな。セナさんにガツンと言われて大ショックー! ワタシ悲劇のヒロインー! セナさん助けてー! この男らに用は無いのにー! いう顔はずっとしてたけどな」  事務所スタッフの到着はわりあい早かったと聞いたが、ほんの数十分でも三人には異様な長さに感じた事だろう。  改めて「悪かった」と呟き、ペットボトルのコーヒーに口をつける。薄い後味に不満を覚えるも、事態を見守っていた葉璃の何気ない一言に、思わず吹き出しそうになった。 「ルイさん……レイチェルさんのこと嫌いなんですか?」 「嫌いや」 「えっ!? き、きら……嫌い……! いや、まぁあの……何となく分かってましたけど……」 「ハルポンにあんなキッツい目する奴は誰であっても嫌いや。前にバッタリ出くわした時に、俺言うたはずなんよ。そないにキッツい目で見るなて」 「……言ってましたね」 「そやろ? 恋敵認定して嫉妬メラメラなんは分かるけど、ハルポンはレイレイに一切なんもしてないやん」 「まぁ……」 「ハルポンはどうなん。あんな睨まれて、なんや挑発的なこと言われて、ムカつかんの?」 「……っ、俺は……」  真っ直ぐな瞳で問う葉璃に、真っ直ぐに応じるルイの会話がやけに面白く、聖南と恭也はこっそりと顔を見合わせ笑った。  ハッキリと「嫌い」だと告げたルイに驚きを隠せない葉璃は、自身はどうなのかと問われしばらく逡巡する。  聖南も興味が湧いた。  何しろ彼は、他人をあまり悪く言わない。  よほどの事でもない限り……つまり大事な人が傷付けられたと知った時以外は、悪感情を持たないのだ。  これまでも、いくら聖南がレイチェルについての愚痴を吐こうが宥める側に回っていた。  ルイの勢いで葉璃の本心が聞けるならと、聖南は黙って二人のやり取りを見ていたのだが……。 「ムカつきますよ、そりゃ。だって……俺から聖南さんを奪おうとしてくるし……」 「…………っ!」  ──なっ……こんなの不意打ちだろ!  思いがけず胸がドキッと高鳴るような事を言った葉璃は、本人に至ってその気は無かったらしく、密かに心臓を押さえた聖南には気付いていない。  それどころか俯き加減で安定の根暗モードに入り、この場の男達の注目を集めた。 「聖南さんはあんなに拒否してるのに、どうしてへこたれないのかなって……思います。俺にもいろいろ言ってくるし、すごく睨んでくるから、つい言い返したくなります。……気持ちは分かるんですよ? こんな、男だか女だか分かんない見た目で、裏路地に住んでるみんなの嫌われ者の虫さんみたいな俺なんかが聖南さんと?って。冗談だと思いたい気持ちはよく分かります。だけど一応、俺は人間なんで……」  両手に握り拳を作り、俯いたまま語る葉璃はアイドルらしからぬジメジメとしたオーラを放っている。  そして語った内容も、よく分からなかった。  レイチェルの事が嫌いなのかどうかを聞きたかった男達は、結局その答えが謎なまま、一度皆同時にやや斜め上を見る。  考えてみたのだ。  果たして今のはルイへの回答なのだろうか、と。 「……なんの話をしてんの」 「プッ……!」 「ふふっ……」  我慢出来なかったルイの一言に、聖南と恭也は吹き出した。  しかし真顔の葉璃とルイの手前、揶揄するように大笑いも出来ない。 「え、いや……レイチェルさんのこと、嫌いとまでは言わないけど、良くは思えないってことが言いたかったんです。俺も人間だから」 「ハルポンが人間なんは分かってるわ」 「そうですか? ちょっと薄目で見てください。だんだん見えてきませんか? ほら、生命力が強くて薄っぺらくて黒光りしてて、ちょっと気持ち悪いから出てきた瞬間に叩き潰されちゃう、あの虫さんに……」 「それさっきからGのこと言うてんの?」 「当たりです!」 「あはは……っ」 「あはは……っ」  手のひらで笑みを隠すのがやっとな二人をよそに、真顔組が真剣に会話した結果、何ともおかしな正解を導き出した。  葉璃が根暗モードに入った時から、この展開をある程度予想していたとはいえ、聖南と恭也は堪えきれるはずがない。  お腹を押さえて笑う二人を、ルイはじっとり見ている。一方の葉璃はきょとんとしており、それにも可笑しくなった聖南は手招きして彼を呼んだ。 「葉璃、おいで」 「……はい?」  ゆっくりと歩んできた葉璃を、聖南は膝の間に立たせ両手を握った。  根暗な葉璃も可愛いけれど、あまり周囲を戸惑わせるのはよくないと優しく説教をしようとしたのだ。  ところが聖南は、気付いていない。  癒やしのオーラを放つ葉璃に説教しようとするなど、百万年は早かった。 「恭也はもう葉璃の謎発言に慣れてるからいいけど、ルイはまだまだなんだ。あんま戸惑わせないでやってくれ」 「なんで戸惑うんですか。ほんとの事を言ってるだけですよ」 「そう……おかしいな。レイチェルの話をしてたんだけど、いつの間にかGの話になってんだよな。なんでだろ?」 「ほんとですね。あ、Gと言えば……俺わりと平気なんで出没したら任せてくださいね」 「えっ? そうなの? 葉璃、G平気?」 「さすがに素手でパシンッは無理ですけど、スリッパとか叩くものがあればいけますよ! 処理もお任せください!」 「へぇ……すげぇじゃん。俺ムリ。今の家は高層階だから出てこねぇけど、前のワンルームん時はたまにひょっこり現れてたんだよな」 「わぁ、Gは薄いですからね。どんな隙間も入ってこれます。退治は自分でしてましたか?」 「するしかねぇじゃん。でもスプレーあってもムリだった。いっつも取り逃がしてた。アイツらありえねぇスピードで逃げるし、たまに飛ぶ奴もいるだろ。向かってくる奴もいるし」 「そうなんですよね! でもあれって確か、あの瞬間に初めて自分が飛べることに気付くらしいですよ」 「マジで!? それまで自分が飛べること知らなかったっての!?」 「らしいですよ。身の危険を感じて、ヤバイ!ってなって捨て身で飛んで、あっ飛べた!みたいな」 「あはは……っ、そうなんだ!」  両手を握り合い、そこはさながら二人だけの空間かのように聖南と葉璃は語らい、笑い合った。  内容が内容でなければ、キスの一つや二つ始まってもおかしくないほどの熱々ぶりに、それを直に初めて見たルイはひたすら呆気にとられていた。 「……完全にハルポンのペースに巻き込まれてんな、セナさん」 「ふふっ、なぜかいつも、葉璃のペースに、なっちゃうんですよね。それが俺は、楽しくて楽しくて」 「てかよりによってGの話してんのに、なんであないにイチャついてるように見えんのやろな」 「ラブラブですよね、二人。微笑ましい……」 「恭也、目ぇ覚ませ。あの二人が盛り上がってんのはGの話やで」 「ふふふふ……っ」  メディアでは絶対に見られない聖南の優しげな笑顔と、それに応える葉璃のイチャイチャにあてられたルイは、胸元をさすって静かにお茶を飲み干した。  聖南はそれを横目に立ち上がると、目前の葉璃をぎゅっと抱き締める。  内容が何であれ葉璃との語らいは楽しいばかりで、いても立ってもいられなかった。

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